11
ガラッ……ーーー。
わたしは、おそるおそる教室のドアを開けた。
気のせいか、ガヤガヤしていた教室の雰囲気が一瞬静かになった気がした。
そして、なんだかみんなわたしを見ているような気もした。
ど、ど、どうしよう……。
緊張して歩く足が震える。
大丈夫、大丈夫。
わたしは変わったんだもんね……?
もう、あのデブなわたしじゃないんだもんね……?
だから、もし視線を感じたとしても、それはもうデブをからかう冷ややかな視線では……きっとないと思う。
うん、そうだよね。
それに……。
ちら。
ちょっとだけ顔を上げて教室のみんなの様子を見る。
ほら……視線を感じたのは気のせい。
誰もそんなにわたしのこと見てないじゃん。
よかった……。
わたしは、今までいい意味での視線を浴びたことがない。
視線を浴びる時は、いつも冷たい笑いの混じった冷ややかな視線だけーーー。
だから、見られるのが……コワイ。
わたしはぎゅっと抱えたカバンで顔を隠しながら、いつもの自分の席に向かって早歩きで向かった。
の、だが。
床のかすかな割れ目につまずいて。
「わっ」
べちゃ!!
わたしは、みんなの目の前で見事にすっ転んでしまったのだ。
まさかの事態。
自分の席まではほんの数メートルだというのに。
こんなところで転ぶなんて。
痛いっ……。
膝を思いっ切りぶつけてしまった。
っていうか………。
わたし、なにやってんの?
どうしよう!
めちゃくちゃ恥ずかしいことしちゃった!!
ぼっ。
我に返った自分の顔が一気に顔が熱くなり、真っ赤になってるのがよくわかった。
ど、どうしようっ。
慌ててガバッと起き上がろうとして、バランスを崩し、足首グキッ。
ふにゃっと再び転ぶわたし。
わたしの顔、もはや真っ赤なゆでダコ状態。
思わずへたり込んだままカーッと熱くなる顔を押さえていると。
頭の上から、声がした。
「おいおい、大丈夫かよ」
……え?
顔を上げる。
するとそこには、さっきおはようと声をかけてくれたあの高杉くんが、再びわたしの目の前に立っていたんだ。
た、た、た、高杉くんっ……!!
こ、こんなわたしに二度も声をかけてくれるなんて、なんて優しい人なんだろう……。
わたしが驚いて彼を見上げていると。
「綿谷って意外とドジなのな。っつーか、起きてる?もしかしてまだ半分寝てる?」
高杉くんがちょっと笑いながらそう言った。
そして、すっとわたしに手を差し出して。
ぐい。
腕をつかんでサッとわたしを起こしてくれたの。
ドキン!!
チカチカチカ。
目の奥で火花が散って、思わず気が遠のきそうになった。
「た、た……大変ありがとうございましたっ」
焦って口にしたお礼の言葉。
言い回しが微妙に変。
ペコ!
真っ赤な顔のまま、わたしは高杉くんに向かって勢いよく頭を下げた。
すると、高杉くんがおかしそうに笑ったの。
「綿谷って、おもしれーのな」
そう言って、仲のいいクラスの男子達のところに歩いていった。
今のは、夢……?
わたしは自分のほっぺたを思いっ切りつねってみた。
「いたっ……」
やっぱり夢じゃない。
そう思いながらほっぺたをさすっていると、ふふっと笑い声が聞こえてきた。
振り向くと近くにいたクラスメートの女子がにこにこしながらわたしを見ている。
「あ……えっと……。ちょ、ちょっとまだ頭が起きてないみたいだから、ほっぺたつねって目を覚まそうと……」
とりあえず笑ってごまかしてみると。
「綿谷さんおもしろい。目、覚めた?」
彼女は笑顔で話しかけてきてくれた。
え。
「……ま、まぁ……」
あははと笑って返すと。
「ふふ、おはよう」
そう言って、わたしに笑いかけてくれたんだ。
「………お、おはよう!」
わたしも笑顔で言って、そして高鳴る胸を押さえながら自分の席に着いた。
『おはよう』ーーーーーー
高杉くんと、そしてクラスの女子と『おはよう』の挨拶を交わしたわたし。
こんなこと、今までなかった。
学校で『おはよう』なんて言ったことも言われたこともない。
なんだか胸の奥がほんわりあったかい。
嬉しい。
かすかに目の奥がじんわり熱くなって、泣きそうになった。
そんなことで?って人は笑うかもしれない。
だけど。
いつもひとりぼっちだったわたしにとって、『おはよう』と笑いかけてもらえるそのことが、どんなに嬉しい出来事か。
わたしは涙が出そうになるのをぐっと堪えて、静かに深呼吸した。
そして、カバンの中から教科書を出して机の中にしまう時。
ふと、教科書を持つ自分の手に目を止めた。
色白で、すらっと細く長い指。
キレイな手。
昨日までのわたしの手とはまるで違う。
顔も、体も、そして周りのみんなの態度も、まるで違う。
挨拶してくれたり、話しかけてくれたり、笑いかけてくれたり、転んだわたしを助けてくれたり。
なんだかみんな、優しいーーーー。
見た目が変わると、みんな好意的に接してくれるんだ。
ーーーもう、昨日までのデブで可愛くないわたしじゃない。
新しい自分に生まれ変わったんだ。
だから、自信を持って堂々としていよう。
わたしは、静かに小さくにうなずいた。
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