7
「リセットできるんだ」
聞こえてきた言葉が、わたしの中で繰り返される。
リセットーーーーーー。
「キミが雑居ビルの屋上から飛び降りたという事実は、残念ながら変えられない」
男の子は、ポンとあたしの肩を叩いた。
「けど、その先はまだ変えられる。このまま死ぬか、今の〝綿谷育子〟という存在を消して、新しい自分に生まれ変わるか」
だんだん辺りが薄暗くなっていく。
全くピンとこない。
今、この目の前で聞かされている話がも、この景色もまるでピンとこない。
これはホントのことなの?
今実際に起こっている出来事なの?
信じられない。
これは、もしかすると〝夢〟なんじゃないだろうか。
わたし、夢を見てるんじゃない?
「言っとくけど、これは夢なんかじゃないよ」
わたしの心を見透かすように、男の子がにっこり笑った。
「信じられないかもしれないけど、こういう不思議なことが、時たま……いや、けっこうあるんだよ。世の中には」
信じがたいけど……。
やっぱり夢を見てるんじゃないかと思ってしまうけど。
だけど。
今、実際にこうしてちゃんと起こっていることなんだ。
こうして起こっている、出来事なんだ。
「育ちゃん。暗くなってきたよ」
太陽が、もう海にどっぷり浸かっている。
「あの……。新しい自分になったら、わたしは赤ちゃんになる……の?」
わたしはおそるおそる聞いてみた。
「いいや、今の歳のまんまの育ちゃんだよ。でも、育ちゃんの外側は変わる。つまり、中身は変わらず、育ちゃんの外見だけが変わるってこと。基本的に人も街も環境も全部そのまま。でも、キミは新しい育ちゃんとしてそこに存在する。言ってることわかる?」
「……えっと……。つまり、街や学校やクラスメートやその他の人達はみんなそのまんまってこと……?」
高杉くんも……?
「そう!街も店も学校もみんなそのまま。生まれ変わった新しい育ちゃんのことは、初めからそこにいたようになんの違和感もなくみんな生きている。ただし、キミと深く関わっていた人達は今とは違う新たな人間関係になっている」
「え……?」
「つまり、家族だけはまるっきり違う人達になる。だけど、間違いなく正真正銘キミのホントの家族だ」
「家族が違う?」
みんないなくなっちゃうの?
「そりゃそうだよ。育ちゃん自身が別人になるんだから。当然深い繋がりのある家族も別人になるよ。でも、大丈夫。名前と歳は変わらないし、みんなにとっては新しい育ちゃんがもともと最初から存在してて、ちゃんと普通にホントの家族だから。キミにとっては知らない人でも、家族の人達はそうじゃないから」
そうなんだ……。
お父さんやお母さん、それに直子姉ちゃんに翔平。
みんないなくなっちゃうんだ。
消えちゃうんだ……ーーーーーー。
「育ちゃん、どうする?」
辺りは暗く、太陽がもう少しでいなくなろうとしている。
ーーーーーーあのまま死ぬのは。
やっぱりやだ。
わたしが死んだそのあとだって、悲しんでくれるのはきっと家族だけ。
そんなの……そんなの悲し過ぎる。
デブで冴えないまま寂しい人生をひとり寂しく終えるのはやっぱりやだ。
もし、本当に変われるのなら……。
もし、本当にやり直せるのなら……。
痩せてカワイイ女の子に生まれ変わりたい!!
「育ちゃん、もうタイムリミットが近いよ」
「……………」
わたしは、ぐっとこぶしを握りしめた。
「……ケ、ケンくん!!わたし………!!」
わたしは顔を上げ、思い切って口を開いたんだ。
「わたし……。わたし、違う自分に生まれ変わりたい!!」
「オーケー!さ、時間がないから急いで!」
「ど、どうすればいいの……⁉︎」
「簡単だよ。自分がなりたい女の子を強くイメージするんだ。こんな風になりたいって」
イメージ……?
えっと、えっと……。
「急いで、育ちゃん!ほら、あそこのトンネルをくぐるんだ!イメージしながら!」
いつの間にか、真っ白なトンネルがぼわんとそびえ立っていた。
「急いで!太陽が沈み切らないうちにトンネルをくぐって!」
ぽん!
背中を押されて、わたしはトンネルの入り口。
えっと、えっと……!
「早く!」
更にぽんっと背中を押されて。
わたしは真っ白なトンネルの中へ。
「きゃっ」
さ、坂⁉︎
なぜかいきなり下り坂になっている。
足が勝手に進む。
えっと、えっと!
わたしがなりたい女の子は………!
痩せてて。
すっごく細くて。
スタイルがよくて。
髪もサラサラ長くて……。
それから、それから!
勝手に進んでいく方向の前方が明るくなってきた。
黄色い光が見えてきてる、
あ、ヤ、ヤバイ!
トンネルが終わっちゃうっ。
えっと、えっと……!
それから、それから。
肌はつるつるで。
鼻もつんと高くて。
唇はキレイなピンク色で。
まつ毛はくるんと長くて。
えっと、えっと!!
と、とにかく、モ、モデルさんみたいな。
とっても女の子になりたいですっ!!
心の中で叫んだその瞬間。
目を開けていられないほど
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