6

だ……。


「だ………れ?」



ようやく声が出た。


「オレ、ケン」


にっこり笑う男の子。


いや、あの、そういうことじゃなくて。



「な、なに……ーーーー???」



ホントにわけわかんないよ。


だいいち、ここはどこ?


わたしは生きてるの?


それとも死んだの……?


ここは天国?


そうすると、この子は……??


どういうことーーーーー?



「ひっでーなぁ。オレ、キミに呼ばれて来たんだぜ?」


え?


「わ、わたしが呼んだ……?」


男の子は肩をすくめながら。


「そうだよ。さよならしたかったんだろ?今の自分から」



え……ーーーーーー?



サラッと言った男の子の言葉に、わたしはスッとするような、一気に目が覚めたような、そんな感覚になった。


「別に珍しいことじゃない。けっこう多いんだ。そういう人。違う自分になりたくて、あっちの世界からさよならしようとしてここに来る。キミのようにね」


え……。


「オレ、そういう仕事してんだ」


仕事……?


「で?ご注文は?どんなカンジにする?」


え、え?


「ま、待って、あの……」


男の子は、なんだよって顔してあたしの顔を見つめた。


「育ちゃん。違う自分になりたいんだろ?それでここへ来たんだろ?早くしないと、時間がなくなっちゃうぜ」


時間……?


「ほら、あの太陽を見てごらん。だんだん沈んでいってるだろう?」


ホントだ……。


ついさっきまで抜けるような青空が広がっていたのに。


気がつくと、いつの間にかすっかり夕方の空になっている。


「あの太陽が完全に沈んだ時がタイムリミットだよ。それまでに、あっちの世界に戻るか、死ぬか。どっちかだ」


あっちの世界に戻るか、死ぬかーーーー?



ど、どういうこと……?


「今、キミは生きてもいない、死んでもいない、その真ん中にいるんだよ」


えっと……。


なに?どういうこと……?


ちんぷんかんぷんのわたしの前で、男の子は話を続けた。


「つまり。簡単に言うと、育ちゃんがビルの屋上から飛び降りた瞬間、あそこでストップウォッチを押したようなもんなんだよ。育ちゃんの時間は、あそこで止まったままなんだよ」


ーーーー時間が、止まってる……?


「キミは今の自分を消してしまいたいって思っただろ?だから、今ここにいるんだ。物理的に肉体ごと死んで消えてしまいたいとは意味が違う。キミは、今の自分を変えたいって強く心の中で願って叫んでいたんだよ。そういう風に、自分を変えたいと強く思ってる人には、この先の道を選択することができるんだよ」


「選択……?」


「そう。今、あっちの世界では育ちゃんはいない。ここにいるんだもん。あの太陽が沈んだ時、育ちゃんがこのままここにいたら、あっちの世界で飛び降りた瞬間に戻る。そして死ぬ」


死ぬ……。


背筋がゾクッとした。


「だけど。キミがまるっきり違う自分になって、あっちの世界で新しくやり直すなら、死なないーーー。というか、消えるんだ。あっちの世界にいたキミが。この今の〝綿谷育子〟という存在自体が、初めからなかったことになる」


わたしが、消える……?



わたしという存在が……ーーーーー?






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