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だ……。
「だ………れ?」
ようやく声が出た。
「オレ、ケン」
にっこり笑う男の子。
いや、あの、そういうことじゃなくて。
「な、なに……ーーーー???」
ホントにわけわかんないよ。
だいいち、ここはどこ?
わたしは生きてるの?
それとも死んだの……?
ここは天国?
そうすると、この子は……??
どういうことーーーーー?
「ひっでーなぁ。オレ、キミに呼ばれて来たんだぜ?」
え?
「わ、わたしが呼んだ……?」
男の子は肩をすくめながら。
「そうだよ。さよならしたかったんだろ?今の自分から」
え……ーーーーーー?
サラッと言った男の子の言葉に、わたしはスッとするような、一気に目が覚めたような、そんな感覚になった。
「別に珍しいことじゃない。けっこう多いんだ。そういう人。違う自分になりたくて、あっちの世界からさよならしようとしてここに来る。キミのようにね」
え……。
「オレ、そういう仕事してんだ」
仕事……?
「で?ご注文は?どんなカンジにする?」
え、え?
「ま、待って、あの……」
男の子は、なんだよって顔してあたしの顔を見つめた。
「育ちゃん。違う自分になりたいんだろ?それでここへ来たんだろ?早くしないと、時間がなくなっちゃうぜ」
時間……?
「ほら、あの太陽を見てごらん。だんだん沈んでいってるだろう?」
ホントだ……。
ついさっきまで抜けるような青空が広がっていたのに。
気がつくと、いつの間にかすっかり夕方の空になっている。
「あの太陽が完全に沈んだ時がタイムリミットだよ。それまでに、あっちの世界に戻るか、死ぬか。どっちかだ」
あっちの世界に戻るか、死ぬかーーーー?
ど、どういうこと……?
「今、キミは生きてもいない、死んでもいない、その真ん中にいるんだよ」
えっと……。
なに?どういうこと……?
ちんぷんかんぷんのわたしの前で、男の子は話を続けた。
「つまり。簡単に言うと、育ちゃんがビルの屋上から飛び降りた瞬間、あそこでストップウォッチを押したようなもんなんだよ。育ちゃんの時間は、あそこで止まったままなんだよ」
ーーーー時間が、止まってる……?
「キミは今の自分を消してしまいたいって思っただろ?だから、今ここにいるんだ。物理的に肉体ごと死んで消えてしまいたいとは意味が違う。キミは、今の自分を変えたいって強く心の中で願って叫んでいたんだよ。そういう風に、自分を変えたいと強く思ってる人には、この先の道を選択することができるんだよ」
「選択……?」
「そう。今、あっちの世界では育ちゃんはいない。ここにいるんだもん。あの太陽が沈んだ時、育ちゃんがこのままここにいたら、あっちの世界で飛び降りた瞬間に戻る。そして死ぬ」
死ぬ……。
背筋がゾクッとした。
「だけど。キミがまるっきり違う自分になって、あっちの世界で新しくやり直すなら、死なないーーー。というか、消えるんだ。あっちの世界にいたキミが。この今の〝綿谷育子〟という存在自体が、初めからなかったことになる」
わたしが、消える……?
わたしという存在が……ーーーーー?
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