5

一瞬。


ほんの一瞬、身も心も綿のように軽くなって、わたしは宙に浮いた。


そして、次の瞬間。


そこにあるハズもないものの上に、わたしは落ちていたの。


そう、こんな所に、そんなものがあるわけないのに。


絶対あるわけないのに。


でも。


でも、確かにそれはあったんだ。


確かにあったんだ。



ザブンッ………!!



「ぶはっ!!」


わたしは水面から顔を出して声を上げた。


そう。


それはなんと、海だったのだ。


気がつくとわたしは、広い広い海のど真ん中で必死で犬かきというか、とにかく必死で溺れないようにもがいていた。


頭の中は真っ白。


だけど、そんな中でもこの言葉だけが何度もわたしの中で繰り返される。


ただ、ひと言。



ーーーーーな、なに⁉︎ーーーーーーーー



一体ぜんたい、どういうことなのか。


どうして、海なの⁉︎


なんで⁉︎


なにがどうしてこうなったのか。


そんなことを考える余裕なんて全くなく。


自分の意識とは裏腹に、体だけは必死にもがいていた。


冷たい。


体が重い。


苦しい………。


やがて、わたしの体力も尽き果て。


この広い海の奥深くへと。


わたしは、


静かに沈んでいったんだーーーーーーーー。



ーーーーーーーーーーーーーーー


ーーーーーーーーーー





てっきり、わたしは死んだんだ、と思っていた。


なぜなら。


なんにも感じないんだもの。


暑くも寒くもなく。


悲しくも嬉しくもなく。


痛さも苦しさも全くない。


そして、なによりも真っ白だ。


壁も天井もわからない。


とにかく、ここは真っ白だった。



えっと……。


わたしは……そう、わたしはさっき、雑居ビルの屋上から飛んだんだ。


あれ……?


でも、さっき海……だったよね………?


下は硬い地面なハズなのに。


わたしは、海に落ちたの。


確かにザブンッ……て。


あ……でも、もしかして幻を見たのかな。


なんていうか、死ぬ直前にきっと気が遠くなって。


それか、神様が気をきかせてくれたのかもしれない。


硬い地面より柔らかい海に……って。



それにしたって。


なんて静かなんだろう、ここは。


死ぬとみんなこんな感じを味わうのかな。


よく言うよね、お花畑があるとかなんとかって。


そんなの全然ないし。


そもそも、ここはどこなの?


天国……?


それにしては、ずいぶん殺風景よね。


だけど、こんなものなのかな……。


……これからわたし、どうなるんだろう。


まさか、ずっとここにいるの?


そんなことを考えていると。


ふと、なにかがあたしのほっぺたに触れたのを感じたんだ。



ピタ、ピタ。


ん……?


なに……?



ピタ、ピタ。


また。


さっきよりも、少し強い感じで。


どうやら人の手の感触っぽい。


それと同時に、こんな声も聞こえてきたんだ。



「育ちゃん……育ちゃん……!」



かすかに頭に響いてくる。


なに……?


誰……?


わたしを呼ぶのは。


「育ちゃん!!」


と、ものすごいデカイ声が聞こえてきて、あたしは弾かれたように飛び起きた。


そしてーーーーーーー。


目に映った、目の前の景色に唖然とした。


だって、ついさっきまで真っ白だと思ってたから。


だけど、わたしの目に映った景色は信じがたいほど美しい、青と白のコントラストの……



海だったーーーーーーーーー。



……どういうこと……?


サラ……。


足下の感触。


下を見ると、あたたかいサラサラした白い砂浜が一面に広がっている。


青い海に、青い空。


そして、ぽっかり浮かぶ白い雲。


だけど、わたしはいつもの特注のセーラー服を着ている。


どこも濡れたり汚れたりもしていない。


わたしは、必死で考えをまとめようとしていた。



学校を飛び出したわたしは、雑居ビルの屋上に行き、そして……飛び降りて………。


だけど、なぜか海で溺れてて……。


そして、今、ここにいる………?



なんで……ーーーーーーーー???



全くどう考えたって、つじつまが合わない。


というか、理解できない。


どうして、わたしはこんなところにいるの?


なんで、生きてるの……?


死んだんじゃないのーーーーーー?


そして、そんな混乱してる頭のわたしを更に驚かせる声がした。



「気分はどう⁉︎」



「!!」


わたしのすぐ横で、元気のいい声。


おそるおそる声のする方を見る。


そして、わたしは驚きのあまり声も出せず、ただ静かに息を飲んだ。



だって。


一体いつからそこにいたのか、ただわたしが気がつかなかっただけなのか。


いつの間にか、そこにひとりの男の子が座っていたんだ。







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