3

更衣室でセーラー服に着替えたわたしは、ひとり教室に戻った。


みんなカードを見せ合いっこしたり、おしゃべりしたりと、教室はガヤガヤ賑わっていた。


休み時間もまだ5分ほどある。


高杉くんも教室に戻ってきていて、みんなと楽しげになにかしゃべっている。


わたしは、いつもの壁際の後ろの席に座り、体操着の入っている袋を机の横にかけた。


そして、さぁ、本でも読もうかなと思ったその瞬間。


わたしはハッとしたんだ。



ない。


カードが、ないーーーーーーー。



さぁーっと血の気が引いていくのがわかった。


な、なんで?


なんでないの?


ど、どこにやったんだろっ。


あるハズもない机の中や、セーラー服のポケットをあさった。


体操着の袋の中も探した。


だけど、全てが記入されているあのカードは、どこにもなかった。


や、やだ。


どうしよう。



どっかに落としちゃったのかな。


もし、そうだとしたら。


誰かに見られて………



「あ。誰かの落ちてるぞぉーーーー」



しまう………!!


「!!」


わたしの耳に飛び込んできた声。


声の方を見る。


高杉くん達のいる席らへんだ。


ひとりの男子が、白い身体測定カードを入り口付近で拾い上げた。


ド…クン。


鈍い心臓の音が、大きく響いていた。


背中に冷たい汗が流れてくる。


そして。



「女子のだ。うわ、すげー。体重78.6キロだって。オレよりある」


「マジ?どれ見せて」


「女?女?」


ヒソヒソ話している声が、小さく聞こえてくる。



わたしの、カード……ーーーーーー。



「おい、あんまり見るなって。早く返してやろうぜ。誰のだよ、それ」


真っ白な頭の片隅に、かすかに響く声。


高杉くんの声だ……。


やだ……。


見ないで。


見ないで。



「ーーーーー綿谷育子わたやいくこ?』



「ワタヤー?」


カードを覗き込む男子。


そして。



「オレらのクラスにいたっけ?」



ーーーーーーーーーーー。



高杉くんの声が。


空っぽになったわたしの頭の中で、何度もリフレインしていた。



ーーーオレらのクラスにいたっけ?ーーー



やっぱりね。


思ったとおりだね。


誰も、わたしのことなんて視界の隅にも入っていなかったんだ。


名前を聞いても、『誰それ?』っていう存在なんだ。


高杉くんも……名前を見ても、わたしのことわからなかった。


同じクラスで。


同じ教室で。


クラスメートなのに。


体はこんなにデカイのに。


わたしは、なんて薄い存在なんだろう。



おまけに。


絶対知られたくなかった体重まで。


みんなに知られてしまった。


わたしの憧れの高杉くんにまで……。



最悪だ。


ガタ……。


静かに立ち上がったわたしの方を、みんな一斉に振り向いた。


目の前が真っ暗で。


クラスのみんなが歪んで見える。


みんな、わたしのことをせせら笑っているかのようにーーーーー。



「おい、やべーよ。アイツのなんじゃねーの?」


「もろ聞こえてたよ。絶対。オレ、知ーらね」


「おまえが拾ったんだから返してこいよ」


ヒソヒソ。


カードをなすりつけ合ってるのがうっすら見える。


「かわいそぉー。早く渡してあげなよー」


茶髪の女子が、痛々しそうな目であたしを見ながら男子の輪の中でうっすら笑ってる。



手が……震えてた。


足も……震えてた。


みんながわたしを哀れんだ目で見ていた。



死んでしまいたい。


今すぐ、ここから消えてしまいたい。



こんなわたしの気持ちを、人は大げさだと笑うだろうか。



「貸せよ」


視界の片隅で、高杉くんがなすりつけ合っているカードを取った。


そして、座っていた机から下りて、わたしに向かって歩いてくる。


教室中がしーんと静まり返った。



高杉くんが、わたしを見てる。


一緒のクラスになって、初めてあたしを見てくれてる。


だけど。


だけど。


こんな風なわたしを………。


こんな惨めなわたしを………。


見てほしくなかったよ。



体重、78.6キロの綿谷育子ーーーー。



そりゃ……見た目で太ってることくらい誰が見てもわかるけど。


でも……わたしだって女の子なんだよ。


デブで可愛くなくても女の子なんだよ。


だから、好きな人にだけは……高杉くんにだけは知られたくなかった。



知られたくなかったーーーー。



「……ごめんな。教室の入り口のとこに落ちてたみたでいで……」


そっとカードを差し出した。


わたしは、それを受け取ろうと手を出した。


その手が、あまりにも震えていることに自分でも驚きながら。


でも、頭の中は真っ白で。


今、自分がどんな顔をしているのかもわからない。


そんなわたしの様子に高杉くんも驚き、そして戸惑った様子で。


「あ……。ホントごめん。ホント……」


慌てて必死で謝ってくれて。


そして、優しい瞳でわたしを真っ直ぐに見たの。


心底申し訳なさそうな瞳で……。


そんな優しくしないでよ、高杉くん。


高杉くんは、なにも悪くないじゃない。


そんなに優しくされたら、わたし、なんだかもっと惨めだよ……。


気がつくと。


わたしの目から、大粒の涙がこぼれていた。



ザワザワ……。


教室中がどよめいた。


「ちょっとー。泣いてるよぉー」


「なにも泣くことないじゃんねー」


「高杉の優しさにしびれたんじゃねーの?」


「あり得るー」


半分あざ笑うかのようなヒソヒソ声が、クラス中に広まった。



「ーーーーーーーーーー」


消えてしまいたい。



気がつくと。


わたしは、カードを握りしめたまま教室を飛び出していた。


あとからあとから溢れ出てくる涙。


階段を駆け下りながら、わたしは泣いていた。


この気持ちをどう言えばいいだろう。


悲しい、切ない、悔しい。


そんなものじゃない。


こんな……感じに近いかもしれない。


世界中で、ひとりぼっちのような。


そんな……そんな気持ちかもしれない。


わたしなんて。


こんな自分なんて、いなくなってしまえばいい。



死んじゃいたい。



本気でそう思っていた。







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