第15話

飛苦無を、黄の目に向けて投擲する。

黄はそれを難なく避けて見せた。

「目くらましにもならないね……‼」

しかし、その時すでに私はそのまま黄の懐にまで潜り込んでいた。

太ももに忍ばせていた大苦無を用いて、黄の喉笛から下あごを逆袈裟に切り上げる。

喉笛を切り裂くことはできたが、刃は符呪となっている舌にわずかに届いていなかった。

黄は糸の切れた人形のように上体を倒れこませながら、しかし左足だけでバランスを取り、右足をハンマーのように繰り出した。私はそれを避けきれず、そのまま屋上の端まで蹴り飛ばされた。

「……そんな動きアリか」

「できるんだよなぁ……殭屍だからさぁ!」

倒れた身体を跳ね上げながら、黄は凄絶に微笑んで見せた。

「どうした?もう少し遊ぼうぜ?」

「なら……」

私はゆっくりと、自分の下顎に大苦無を突きつけた。

「……ま、そうなるよなぁ。自他の損傷を任意の相手に写せる身代わりの術を極めたくのいち……敵の前に姿を晒すんだ。切り札ぐらい掴んでいるさ」

夏の始まりの正午。車に轢かれかけた少女を助けるために使った切り札。一対一の対象同士の間で生じた損傷を移動できる、伊賀流遁走術の秘儀。

当然だ。頭を吹き飛ばしても、両手両足をもいでも、その符呪が壊れない限り動き続けられる化け物を殺すのだ。

「だったら、こっちはこうだ……」

黄は、湊の首を乱雑に左手で掴み上げると、右手を手刀にして、彼の胸元に突きつけた。

「……ここまでの手間をかけた標的を殺せるんか?」

「本国からは確保に失敗した場合は任務を暗殺に切り替えよ、とのお達しだ。殺すさ」

「……アンタはそれで良いんかい」

「……これも仕事だ。良いも悪いもない」

そう答えた黄の面は、文字通り死人のように虚だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る