第12話
「これが、私の秘密。私の過去で、私の罪や」
話はじめるまでは口が重くて仕方がなかったが、話し終える頃には、喉に痞えていたものが取れたような心地だった。
「幻滅した?」
「いいや。して欲しいの?」
「そうやないけど……」
「罪を背負っている自分が誰かと生きていくなんてできないなんて考えてる?」
「まぁ……」
「だったら、その罪を背負った君と一緒に生きさせて欲しい。君がその罪とどう向き合うのか、それを隣で見させてほしい」
「……何でそこまで」
「君に惚れているからだよ」
「……ごめん、何で惚れてくれたんかもようわからへんねん。やから、今は答えられへん」
「そっか。僕も何で惚れたのかはよくわからないよ。でも、惚れるって絶対にわかりやすい理由がなきゃいけないって誰が決めたわけでもない。そういうもんだと思ってるよ、僕は」
「……そっか」
それから、私たちはしばらく無言で星を眺めていた。
気づくと、湊は頭上の夜空ではなく、私の顔を見つめていた。
「平坂ってさ。この役割ってやりたくてやってるのか?」
「え、なんなん急に……任務やねんから、やりたいやりたくないなんか関係あらへんよ」
「何で」
「だから、任務やし、自分の意思なんか関係あらへんよ。当たり前やろ」
「じゃあ、そもそも任務に就いて時には誰かのために死ぬ事も、自分で望んだ事なのか?」
「そりゃあ……」
もちろん、と答えようとした。でも、それは声にならなかった。
「わからへん……物心ついた時からくノ一の訓練を続けてきて、この生業に就くことが決まってた。それが当たり前やと思ってたし、それ以外の生き方なんて知らんし……まぁ、アンタみたいに生まれてからずっと温室育ちやった人にはわからんやろうけどね」
そこまで言って、はたと気づいた。要するに、私はこの男が羨ましく妬ましく、そしてどうしようもないほど憧れたのだ。
私だって、普通の子供のように授業を受け、自分の好きな事を好きな人と分かち合い、何の変哲もない夕日が二度と来ない奇跡みたいに思える日々が欲しかったのだ。
「……勘違いしているかもしれないから言っておくけど。
僕は自分の意思で今の日々にたどり着いた。そりゃ、恵まれてたことは否定しないけどね。
学校なんて親に反対されまくって、言う事聞かないからって折檻された事なんて数えきれないぐらいあるし、今回みたいな誘拐やら暗殺騒ぎなんざしょっちゅうさ。そんな僕と友達になろうなんて人はいなかったしね。こんな境遇の人間なんて皆煙たいし下手に関って余計なとばっちり喰らいたくないってわけさ」
「……」
「でもね。僕は自分の人生をあきらめたくなかった。友達を作って遊びたい、学校の授業に出てみたい、恋人を作って人生の時間を共有したい。見たことのない風景や食べたことの無い物を食べてみたい。そんな一つ一つはちっぽけな願いでも、あきらめたくなかった。……だから僕は、抵抗を始めたんだ。自分の能力で自分の自由にできる資金を集めたし、家の人間や護衛連中と長い時間かけて信頼関係築いて、いざって時に家の内外で自由が効くように協力してもらったりね」
「そりゃあ、君にはできたのかもしれんけど。私には……」
「そうやって、自分を殺し続けて、その先に何があるっていうんだ」
「……わかったような口聞いてんちゃうぞ!じゃあどうしたらよかってん……私はしょせん人を欺いて殺すことしか脳の無い子供やったんや!そんなガキが、他でどう生きていけば良かってん!」
「どうしたら良かった、か……そんなもの、あるわけないよ。どうしようもないさ」
「……はぁ?」
こいつは何が言いたいのだろう。本気でわけがわからなかった。
「あるのはどうするか、だけだ。過去にとらわれることでも、来てもいない未来に怯える事でもない。今、何をするかじゃないのか」
「……」
何の事はない。要するに「ビビってないで、今すぐ賽子を振ってみろ」とこの男は言っているのだ。それだけが、お前が望むものを手に入れる唯一の方法だと。
「……最悪やな自分。新興宗教の教祖でもできるんちゃうか」
「実は僕もそんな才能あるんじゃ無いかって思ってたよ」
「よう言うわホンマ……」
私は湊の胸倉を掴むと、久しぶりに自然とゆるんだ頬と一緒に脅迫を口にする。
「偉そうな説教垂れられて、それに絆されてもうた阿保がおんねんから、その責任はとってもらうで?」
湊はさすがに面食らっていたようだが、すぐにいつもの笑みを取り戻す。
「もちろん。喜んで」
その翌日の放課後だった。土岐湊の消息が途絶えたとの連絡が入ったのは。
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