第8話

翌週の土曜日。

頭上を時速150kmで疾走するジェットコースターの騒音と、そこかしこから聞こえるパークのテーマ曲にまったく合わない歓声や雑談の混じり合う喧騒。

M県K市の沿岸部は古くから温泉街として栄えていた。しかし、時代の移ろいと共に客足が遠のきはじめ、それを危惧した同地を所有するK観光会社が、テーマパークと温泉の掛け合わせという老若男女問わず楽しめる一大レジャー施設を打ち立てようと企図した。

その結果として誕生したのが、この『オートマトンランド』だ。

私は、そのランドのゴミを主食に稼働するロボットマスコットキャラクター『ダストン』の背後に隠れていた。

「次はメタルドラゴン乗ろうよ!ジェットコースター世界一の高さって奴に挑戦しよ!」

「良いね!北エリアだって。すぐそこだし、早速行こう!」

「ね、前から聞きたかったんだけど。湊って何でも付き合ってくれるよね。どうしてなの?」

「二つあるんだ。単純にその方が楽しそうだ、って思ってるのと」

「もう一つは?」

「東野さんが望むなら、例え世界の果てだって一緒に行こうと思っているからだよ」

「気障すぎてキモいー‼……でもちょっとそれ、良いかも」

「えー結構本気なんだけどな?」

デジャブ、という単語が頭を掠めていた。視線の先には、先週に引き続きまた密かに警護の網から抜け出して呑気にデートを楽しむ土岐湊の姿があった。しかも、傍らにいるのは先週とは別の女子だった。

髪はピンクゴールドに染め上げられ、釣り目気味の大きな目と小さな顔が与えるクールな印象とは裏腹に、ころころとよく笑う姿が親しみを覚えさせる子だった。

早朝に土岐家を監視している家お抱えの警備隊から再度彼の姿が見え無い旨の連絡で叩き起こされ、追跡用のGPS信号を頼りに来てみればこれである。

あきれ果てながらも、ひとまず無事で見つかったことへの安堵を覚えた。次いで、自分でも意外なほど強い怒り。無事で見つかったのだから、別にこのまま監視しつつ後で説教でもしてやればいいという考えとは裏腹に、なぜかすぐに走って行って蹴りの一発でも叩き込まなければ気が済まない気がした。

「あのボケナスゥ……‼」

怒りに任せてカップルに突進しようとしたが、私よりわずかに先にカップルに近づく人影があった。

「彼女がありながら……って、平坂さん⁉……いや、ちょうどいいわ。この浮気性の駄目男に今日こそお灸を据えてやりましょう」

先週もショッピングモールで偶然一緒になって、土岐の浮気現場を抑えた黄さんが土岐を見つけて説教を始めようとしていた。

「いや、黄さん落ち着いて……あと、東野さん?だっけ、ごめんなさいやけど、ちょっとそこの男に用があるの。渡してもらっていい?」

「えー……なんだ、湊君彼女さんいるんじゃん。そのくせ私にちょっかい出してたわけ?」

「ちょっかい?楽しい時間を一緒に過ごす相手が君だったら良かったなって思って誘ったんだけど」

私と黄さん。そして東野さんは顔を見合わせる。

「まずウチから」

「次私ね」

「じゃあアタシは最後で」

言い終わるや否や、私、黄さん、東野さんの順で小気味よく土岐の顔にビンタを浴びせていった。

「まさか一日で3発も全力ビンタをもらう羽目になるとは……」

その日の夕方。オートマトンランドからの帰りの土岐家所有自家用車内。3人の女性から連続で本気のビンタをもらって真っ赤になった頬をさすりながら、土岐は呟く。

「自業自得や阿保。……君、実は誘拐されること期待してたりせえへんか?」

「それは無いけどさ……っ痛てて……やっぱり君の奴が一番効いたなぁ」

「そりゃ、全力でしばいたったからな」

「ほかの二人が腕だけなのに、君腰が入ってたもんね。武術の心得でもあるの?」

「いや、浮気男ひっぱたくのにそんなもん使わんし。武術の無駄遣いにも程があるわ」

「あ、やっぱ心得はあるんだ……そういえば、学校で男に囲まれた時もすごい勢いで投げ飛ばしてたもんね。ブラジリアン柔術的なやつ?」

どうやら、私の潜入初日の失態はしっかり目撃されていたらしい。

「というか、アンタもあの野次馬の中におったんかい……伊賀流忍術に含まれる拳術の技の一種や」

「へぇ、忍術か。一撃必殺みたいな技は無いのか?経絡秘孔を突く、みたいな」

「そんなもんあらへんし、あったとして教える訳ないやろ……」

「忍術だっていうぐらいだから、そういうのもあるのかなって期待を込めただけだよ。じゃあさ、素人でもすぐできる技とか無いの?」

「生兵法は怪我の素いう日本語があってやな?」

「……わかったってば。そんなに怒んないでよ。武道とか得意そうだからそういう話興味あるのかなって思って振ったんだよ」

どうやら、彼は私の機嫌を取ろうとしているらしかった。少しばかり反省の色が見えたからか、抱えていた苛立ちはいつの間にか立ち消えていた。

「まぁ、すぐできる技とかは無いけど……例えば、人間を正面から見て縦に二分する線が引かれていると見るとする。その線上にあるのが股間、鳩尾、心臓、喉、額……これ全部人間の急所や。正中線言うんやけど、万が一、ナイフとかで刺されそうになったらこの辺は最低限守ることやな」

「そうなる前に君が助けてくれるんでしょ?」

「……アンタがもう少しまともに協力してくれたらな」

「善処します……」

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