第7話

「有坂浩はやっぱ良いよね。図書館虐殺とか……」

「楽しそうやん湊。私も混ぜてや」

「……やぁ、輝」

ショッピングモールから少し離れたビル街の一角にある喫茶店。楽しそうに談笑を続けている二人の前に、私と黄さんは躍り出た。私たちの姿を視認した瞬間、土岐はいたずらがバレた子供のようなばつの悪そうな顔をした。

「……私と付き合う条件って覚えとる?」

「一つ、連絡の間隔を睡眠以外で1時間以上開けない事。

一つ、家族以外の人間と、私の許可無く出かけない事。

一つ、週に一度は私をデートに連れて行く事。

一つ、常に自分の居場所について私に知らせる事」

「頭と終わりの二つはまあええわ。残り二つどないなっとんねんなぁ?」

これを機に身辺警護をする上での取り決めを破ったらどうなるかを叩き込むべく、厳しく接して多少反省をさせれば次からはしないだろうと高をくくっていた。

「週に一度デートに連れていく。これは、時間の指定が無い。なので、いつから連れて行っても1秒でデートを終えても問題は無いことになる」

「……あー、えっと?」

いや、確かにそこは厳密に定義してなかったけど。だけど。

「それに、家族以外の人間とに関しても、家族をどう定義するつもりだったのかな。血縁うんぬん言うなら、血縁がなくとも家族というコミュニティを形成し得ている家庭はあるしわけでね」

「いや明らかにその娘は他人やんけ」

「何言ってるんだい?社会的な関係性における家族としての実態がなくとも、人間の種は元を辿れば一つだ。つまり、人類皆兄弟。てなわけで彼女を妹または姉と見なすこともできるわけだ。何せここでいうところの家族の定義をどこにもしていないのだから、解釈は個人に委ねられるってわけでね」

「……屁理屈にもほどがあるわ‼自分私と恋人続ける気ホンマにあるんかい‼」

「平坂さんこの阿保の屁理屈にまともに付き合っちゃ駄目ね!湊お前また女の子泣かせるつもりか!」

「ち、違うの平坂さん!わ、私、湊く……土岐くんとはただの友達なの!別に奪うとかそもそも付き合ってる人がいること知らなくて!と、とにかくごめんなさい!」

好意が無い相手と任務遂行に楽だからという打算だけで恋人関係を構築した手前、彼女の謝罪に逆に後ろめたさを感じるばかりだった。

「……君は別にええよ。黄さんも。こいつと二人にしてくれる?」

義憤に目を血走らせている黄さんに、おどおどするばかりだった西城さんは連れ去られていった。

「……で、アンタは何を考えとんねん?自分が今誘拐の危険に晒されてる自覚あるん?」

「あるさ。だから少なくとも佐橋には本当の事を話しておいたし、GPSでも追えるようにはしてあったじゃないか」

実際それでこの通り消息をつかめたわけだし、危険も無かったのだが、そんなものは結果論だ。

「アンタはもうちょい命狙われている自覚持って欲しいわ。自分で助かる気の無い人間を助ける事なんかできへんからね」

「はいはーい。あ、何食べる?ここ初めてなら、絶対ガトーショコラは食べて欲しいな!」

「……人の話聞いとる?」

「聞いてるよ。でも、コーヒーとケーキを楽しみながらでも話はできるでしょ?」

「まぁせやけど」

結局、メニューの中でもおすすめだというガトーショコラと、コーヒーは苦手なので紅茶が私の目の前に並ぶことになった。

「……なにしてんねやろ、私」

「お茶してるんじゃない?お茶するって死語だと思うけど」

「……関西やと茶しばく、やけどな」

「しばく?しばくって何?お茶を叩くってこと?」

土岐は私の言ったことが可笑しかったのか、肩を揺らしながら笑っていた。吊られて、私も少し笑ってしまっていた。

「ちゃうねん、しばくってそういうことじゃなくて、意味的には単純にカフェに行くってだけやねん」

「じゃあ、デートに行くとかもデートしばく、とかになるんだ?」

「いや、どっちかっていうとデートみたいな概念じゃなくて具体的な場所とか固有名詞が入るねんけど……」

そこではたと我に返った。私はこの男に自分の立場を自覚させに来たのでは無かったか。なのに、気が付けば楽しく談笑などしてしまっている自分がいた。

しかし、自分に課せられた任務や責任などまるで無かったみたいなその時間は、悪い気はしなかった。

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