第6話

私と土岐が恋人(少なくとも建前上は)になってから3日後の土曜日。雲雀丘高校に潜入してから最初の週末である。

実際、土岐は私が提示した条件を良く守っていた。

睡眠以外で連絡の間隔を一時間以上空けず、自分の居場所を知らせてきた。

これで後は「恋人を週一でデートに連れていく」ことと「家族以外の人間と私に断りなく出かけない事」が守られていればパーフェクトだった。

「この間言ってた作家さんがマスターやってる喫茶店行こうよ!」

「覚えててくれたんだ!あ、でも……私は行きたいけど、湊くんは退屈じゃないかな」

「僕も小説は好きだし、喫茶店めぐりも好きだから。それに」

「それに?」

「楽しそうにしてる西城を見てるの、僕は好きだから」

「湊くん……」

土曜日の正午を迎えたショッピングモール。中央が吹き抜け構造になっている3階建て構造物の2階の回廊。スペインの街並みのような雰囲気を再現すべく、モデルニスモ様式を用いた廊下に、土岐の姿はあった。

土岐は、頬を赤らめながら小さく微笑む黒髪眼鏡の西城と呼ばれた少女とイチャコラしながら歩いていた。歩いていやがった。

残念ながら私との約束の残り二つは守られていなかった。

当然だが、土岐の隣にいる少女は彼の家族親族或いは家付きの護衛の類でない事をすでに資料で確認している。

出て行ってすぐ捕まえようかと思ったが、もしこれで相手の少女が土岐の拉致を目的としている工作員だった場合、どこかで味方と接触するかもしれない。ここはいったん泳がせる事にした。

「あんたどこにいるん?家にもおらんし、他の護衛にも行先言ってへんけど。はよ連絡返して」

土岐と少女のきっかり10メートル後ろをキープしつつ、彼へメッセージを送る。文面が明らかに安否連絡のそれでないことの理由については察して欲しい。

返信はこうだった。

「あれ?佐橋には言ってあったはずだけど?クラスの女の子と外出するって。

後で聞いてみて!」

佐橋とは、土岐家お抱えの護衛班の一人だった。早速土岐家の護衛班との連携用に常時接続している通信機に訊ねる。

「佐橋さん?本人は貴方には外出先を伝えているようですけど?」

数秒の沈黙の後、応答があった。

「……これも我が主のため。どうかお許しを……」

「お前良くそれで護衛が務まっとったな!?」

どうやら、主人の命令に逆らえなかったらしい。

土岐家の護衛班に佐橋を解雇するように進言して通話を切断した後、私は脱力感と胸に何かつかえたような感覚を覚えた。何故こんな感覚を覚えたのか、自分でもよくわからないことが余計に腹立たしかった。

「……なんでこんな恋人の浮気発見したみたいな気分にならなアカンねん」

「何言ってるの平坂さん!これは立派な浮気現場だよ!」

心臓が喉から飛び出しそうな程の驚きと共に慌てて振り返ると、そこには黄さんの姿があった。

「黄さん……?なんでここへ……?」

「単純に遊びに来てた。それより、あの浮気野郎にお灸を据えるわよ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る