shape six 小旅行

気分は心地よい。しかし空はいつもと変わらず、薄霧が掛かっている。

リサは約束の三十分前ににわとり広場にやってきた。この村でやってきたときと同じ服装。リサはこの服を気に入っていた。地味に眠たい。朝、早く起きてサンドイッチ作りを頑張ったので。

にわとり広場は正午をとっくに過ぎたのに、案外多くのにわとりが集まっている。仲が良いにわとりたちが表情をパラパラと変化させて、お話に夢中だ。

「お待たせ~」

リサは目を点にする。ユカコの私服は独創的だ。インディアンの娘のような格好。

「じゃあ、行こうっか」

突っ込み待ちでもなさそうだ。どうやら普段からこの服装なのだろう。ぶっ飛びすぎていたら、言葉も出ないとはこのことである。

二人は世間話に花を咲かせながら、駅へと向かう。リサはこの村に来て以来となるので、懐かしいなと感じる。とはいっても、まだ一か月とそこらしか滞在していないが。

二人は赤い切符を買う。目的地は終点。黒い電車へ乗り込む。

「リサは初めてだと思うけれど、私も初めてなのよ。都会に向かう事はあっても更に田舎に向かうなんて」

B村より先までも駅はあることにはあるのだが、基本的に帰省者か旅行者以外に利用するものは居ない。そうなるとどうして線路は続いているのかとなるのだが、その裏には国家の事情が絡んでいるのは想像に難くない。

「私が行きたい海はね。何の変哲のない海なんだけど。夕方に妖精が現れることで有名なんだ」

「妖精が」

「そう。でね、心が安らかであるのなら、妖精と話すことが出来るんだって」

心が安らかか。リサはとても会話は出来ないだろうなと思う。自分は考え事を頭に膨らませすぎて、そのような余裕はないから。

目的地まで一時間ある。ユカコが持ってきたトランプで時間つぶし。何の足しにもならないババ抜きを何度もして熱中できるのは箸が落ちても笑い転げる年齢だからだろう。

車掌が狭い通路に汗を拭きながら通り過ぎる。もうすぐ終点だ。窓から外を見ても何もない。砂と少しの樹木と廃屋ばかりだ。ここら辺は昔、都会だったのだが、国の体制が変化するにあたり、捨てられて今や時代遅れのものばかりの悲しい土地だった。

駅のホームを降りる。木造建ての立派なホームだったのだろう。今となっては雨漏りや虫に食われたりしてみすぼらしいにもほどがある。駅補修のための寄付を集う横断幕もすっかり破れていて、哀愁を漂わせている。リサは首にかけているカメラで撮影した。ユカコはそれに気づきピースをする。リサは彼女を撮影した。

駅舎から出ると、かつては賑わっていたであろう建物が打ち捨てられている。

「こっちみたいだね」

二人は中央通りを行く。うら寂しそうに散歩したりうなだれている男女ばかりが目につく。お店も二人が寄り付くには怪しいお店しか見当たらない。

「何もみたらいけないよ」

ユカコは前をみながら、呟く。二人は強く手を繋いで進む。

何十分も歩くと、目的地の砂浜が見える。

先程迄のうら寂しさを加速するように何も見えない。純度の高いさらさらの砂浜とミルクティーのような海が広がっている。

「なにもないなあ」

ユカコは残念そうに首を横に振る。

「ねえ」

リサは両手に握るバックを強く握る。なかなか恥ずかしい。

「なに」

「…サンドイッチ、持ってきたの」

少し曇っていたユカコの目にぱっと明るくなる。ユカコはハグをした。リサは突然のハグにびっくりする。

「あんたって、出来る子やなあ。えらいえらい。そうと決まったら、はよ食べよ」

二人はさらさらの砂浜に座り、弁当を広げた。

色々な種類のサンドイッチが煌びやかに詰め込まれている。ユカコは興奮に立ち上がり、歌い始めた。リサは嬉しくてたまらず、頭をぶんぶん振り始めた。

「いただきます」

ユカコはトマトとハンバーグの挟まったサンドイッチをとって食べた。

ユカコは一口しただけでその味に涙を流し始めた。

「うまい」

ユカコはバクバクと食していく。夢中だ。

大半をユカコが食べてしまった。ユカコは満足そうに横になった。

「悠木はんにこんな才能があったなんて、うらやましいわあ。私なんてフライパン何個も焦がしておかん触らせてくれなくなったもん」

「そんな。ありがとう」

リサは顔を真っ赤にする。あまり、褒められなれていないのもあるが、ここまで本当に満足そうにされると嬉しくてたまらないのだ。

二人はしばらくぼっと横になって、空を見上げていた。青くも赤くもない変哲の無い白い靄だけ。

「海に行こうっか」

「うん」

二人は靴下まで脱いで、海へと向かう。べちゃべちゃと脚を海へと踏み入れる。ちょっぴり冷たかった。

「ああ、気分ええわ。泳ぎたいわ」

ユカコは服を脱ぎ始める。リサは顔を赤くし、慌てふためきながら止めようとする。ユカコは何を言っているんだって不満そうに頬を膨らませる。

「脱がな、着替えも水着も持ってきてないしな」

「誰が見ているかわからないよ」

「こんなところ誰もこおへん。それに見られても減るもんなんてないしな」

誰もユカコは止められない。ユカコはすっぽんぽんになり、白い海へと身を沈めていく。バシバシと泳ぐ。ユカコという人間はそこら辺の人間とは格が違うのだろう。リサと戦闘したならばリサが勝つのは目に見えているのだが、そういう次元ではない場所でリサは敗北感を隠せなかった。

ユカコが満足する頃には日が落ちる頃合だった。薄ピンクの夕焼けをバックに海を泳ぐユカコは永遠とここから外へ出ることはない神々しさがにじみ出していた。

ユカコは泳ぎを止めた。周りを見渡す。海面をパラパラと光が散らばっている。光はゆっくりと海面を離れて、宙を進む。

「海ホタルだ」

妖精の正体は海ホタルだった。他の生命が介在しない海岸で、密やかに生命を紡いでいるのだ。

「案外、噂の正体って味気ないもんやねんなあ」

残念そうに呟きながらもユカコは実に楽しそうに海ホタルを追った。リサは砂浜から美しい光景に心を委ねている。

しばらくして、ユカコは海から上がってきた。体を回転させて、水を弾き飛ばす。そしてインディアン衣装に身を包んだ。

「ああ。楽しかった。リサも海泳いだらよかったのに」

「私は見ているだけでお腹いっぱいでした」

「それもええけどなあ、自分で実際楽しんどかな、おばあさんになったとき後悔するで。あの時、泳いでいたらよかったとか、宝腐らすんはよろしくないからなあ」

ユカコの忠言に対し、リサは想いを巡らせる。自分はどこまで自分の人生を楽しんでいるのだろう。将来、私はよかったと胸を張って話せるだろうか。疑問符は残る。

「なあ。悠木はんは何の楽器が一番好きや」

「藪から棒になによ」

ユカコははにかむ。ユカコはリサのものだった小さなハーモニカを取り出した。

「ハーモニカ、ええやろう。少し小さいけど。拾ってん」

「いいね」

リサは自分が持っていたとは言わない。このハーモニカの所有権は捨てた。だから誰のものになろうとかまわない。

「私な、ハーモニカ好きやねん。大好きな奏者がいて。死んでもうてんけど。青原ユキっていって」

リサは驚きに胸がキュンっと締め付けられる。目の前に先輩の旋律に心揺れ動いた女の子が居ると思うといてもたってもいられなくなる。でもリサは動き出そうとする熱情を規制する。この熱情が果たされようとも、どのような結末もあまり清らかなものになるとは思えなかったから。

「だいぶ前にカナタの演奏について言ってたやろう。青空を教えてくれるって。私もなあ、青原さんからそういうの教えてもらってん。

昔本当色々と苦しくて、堪らなくて。青原さんいなかったら、私どうなってたんやろうって思ってる。

悠木さんやから言うけどな。私、本当耐え切れへんねん。早く変わりたい。変わりたくてたまらへんねん」

リサは困惑する。二人の相性は悪くはないだろう。しかし、自分の事情を気軽に話せるほど時間を重ねてきたわけではない。一体ユカコは何を考えているのだろう。

「どうして」

「うん?」

「そういう話を私に教えてくれるの」

「そうやなあ。特別なものはないけど。

あんたって特別感醸し出していないのに、なんか他とは違うんやな。なんていうか同種っていうか。私が隠している気持ちをあなたは持っているんやろうなって。それだけ」

夕日は落ちて、次第に暗さが増してくる。海ホタルの光は減少していく。

ユカコは淡々と呟く。

「私、特別になりたいねん。でも、だからといって何もできへん。特別なもの持ってないねん。悔しくてたまらへんわあ。

だから、私は私にできること精一杯やりたいねん。それぐらいしか出来へんからなあ」

「出来ることって」

「勉強。とはいっても、この国でやっていくのは限界があるから、外国行こうと思ってる。親泣かせるのは嫌やけど、私の力では国内でやっていってもじり貧やねん。やったら、少しでも私の実力みてくれそうなところ行きたい。一番行きたいのは某国やねんけどなあ」

「青原さんの影響?」

「そうや。あの人が生まれ育った国を知りたいんや。国際情勢的にそう簡単に話は進まないのは分かっているんやけどな」

まさかユカコも隣に座っている学友が某国の工作員だとは夢にも思わないだろう。現時点で彼女に正体を明かすことはないが、今後彼女が某国の一員として生きたいと心から願い始めたときまで楽しみに待っておこう。

しかし、先輩が願っていた意思は確実に世界に撒かれている。どれだけ強硬な力に抑えられていても、意思は沈められても浄化できない。

「まあ私の未来は置いといてや。私はな、だからこそ、特別でありながら、享受しない輩には怒りがわきあがってくるんや」

「カナタのこと?」

「そうや。知ってる? あいつ、トランペット捨てやがったんやで。本間、ありえへん」

知ってるも何も目の前にいたからね。

「私、あいつトランペット吹かへんなんて承知せえへんわあ」

それからユカコはカナタの愚痴を言い続けた。よっぽど溜まっていたんだろう。

「あー、すっきりした。ほな、帰ろうか」

二人は身支度を整えて駅へと向かう。しかし、終電はとっくにでていた。なんと夕焼けが出る前だそうだ。

二人はがっくりと肩を落とし、駅のベンチで眠るしかなかった。



大西エリは毎日ベットに篭り、体を震わせていた。自分の中の獣性がぐつぐつと湯をあげて、今にも噴き出しそうだった。このまま身を燃やし尽くしてしまい、命果ててしまわないだろうか。エリはそのような不安に襲われていた。

自分は普通の人間とは違うと教えられたのは言葉も碌に話せない幼少時代だった。エリは誰よりも遅く言葉を覚えた。今から思うと、普通の世界に興味を持っていなかったということだろう。

歳を重ねるほど、周りとの違いが浮き彫りとなった。生肉しか食せないこと。夜中は身体がむずむずして堪らないこと。そしてあるとき、人間ではないものになること。

最近エリは普通の人間の姿に違和感を覚え始めていた。余りに退屈な人間の姿は捨ててしまいたくてたまらない。

「エリちゃん、ごはん置いときますね」

扉の外から声が聞こえる。両親はエリをたいそう恐れている。エリのお陰で大金持ちになったものの、自分の子供のように扱っているようには思えない。

エリにとって両親は蠅にも劣る畜生だった。もうそろそろ食べてしまっても構わない、そう考えている。

「…ああっ」

エリは布団から飛び出した。もう我慢できない。体が燃えてしまいそうだ。エリは窓をたたき割って、外へ飛び降りた。

何の受け身をとることなく、落ちる。バキッと骨を折る音がしたが、気にしない。それ以上の痛みがエリを襲っていた。

「まったく醜いにもほどがあるなぁ」

高山は遠くから双眼鏡越しにその様子を見守っていた。右手はチーズバーガーを持っている。表情はリサたちの前に現れるような軽快さは身を潜めている。ただただ冷淡だった。

エリは叫ぶ。全身が紅く燃えて、溶ける。火は灰となり、黒い無に変化する。次第に有機的な輪郭を持ち始めた。怪物がそこにはいた。



空は今日も薄白い。まるで綿あめが蔓延している。

カナタは日曜日にも関わらず、学校の屋上にきていた。

家にはいたくないし、外を出歩くと誰もが私をじろじろ見つめるし。屋上が一番気楽だった。次に空き教室。

そんな気楽な空間も誰かがくると台無し。

前は悠木さん。

で、今日はユカコ。

「なんでここにいるの」

「あんたと話したいことがあったのよ」

ユカコはカナタのトランペットを右手に持っている。どうしてカナタがトランペットを持っているのか不明ではあるが、ただただめんどくさいことは確かだ。

「あんたね、どうしてトランペット捨てたのよ」

そんなものカナタの勝手である。ユカコにつべこべ言われる筋はない。

「あんたはね、トランペット吹かないとだめなのよ」

同上。

「私はね。言いたくないけれど、あんたのことうらやましい。

あんたにはトランペットがある。私には何にもない。

なにかあればなっていつだって思う。ないものねだりはできないわ」

本当に何を耳にしようがカナタとは関係のない話である。面倒くさくてたまらない。

「世界は残酷よ。内臓に手を持っているものには才能を渡さない。いつだって、ちゃんと五体満足の奴に手渡すことになっているのよ。悔しいけどね」

ユカコはトランペットを床に置いた。

「残念だけど、特別はあなたに譲るわ。実をいうとトランペットを手に入れてから結構練習したんだけど、全く音もでなかったわ。私には無理。

だからお願い。私の代わりにあなたが吹いて」

ユカコはそのまま屋上から退場した。

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