7

 次の日の朝。

 朝一にバッジが鳴り出した。

 時計を確認すると朝6時。

 俺は眠い目を擦りながら、通話画面を開いてみると赤華音さんから連絡が来ていた。

「朝早くすまない。おはよう。周一」

「赤華音さん、おはようございます。こんな朝早くにどうしたんですか?」

「ちょっとした連絡よ。今日は大事をとって学校を休んでもいいけど、どうする?」

「特に休む理由もないので、行きます」

「分かったわ。あと周一、今日の放課後、理事長室に来てちょうだい」

「分かりました。この件って公になっているんですか?」

「公にしてないわ。知っているのもごく一部よ。まあ、その辺もまとめて説明するわ。じゃあ、また後で」

「はい。失礼します」

 そう言って、通話ボタンを終わらせた。

 昨日、始めて死のやり取りというのを体験した。

 何か不思議な感覚だった。

 こんなにも容易く、魔術は人を殺す道具になる事を再認識した。

 ”口”が放つ魔術は瞬さんを殺そうとしてた。

 俺が”口”に放った魔術も同じだ。

 捕まえるなんて宣言したけど、そんなことに気を回すことは出来なかった。

 そもそも加減が分からなかった。

 圧倒的な破壊の輝きが辺りを包み込んだ時、人なんて簡単に殺せる。

 そう思った。

 努力して努力して手に入った力は自分や他人に認められる力ではなく、ただ人を殺すための圧倒的な力。

 正しいか悪いか分からない。

 俺は守りたかった。

 自分の理念を。

 何かを守るためにこの力を使えばいいじゃないか?

 でも、そんな思いは死体に残らない。

 事実だけしか、見えない。

 結果だけが全てを物語る。

 守るために力を使う、守るために強くなる。

 俺は自分を正当化することでしか、力を望めない。

 師匠と一緒に展示会に出て、魔宝師になる手伝いをする。

 俺はいつか魔宝師になる。

 聞こえはいい。

 でも現実、強さを手に入れることは人を殺す力を得る事と同一。

 俺は最強が一体何なのか分からない。

 死のやり取りをしても見つからない。

 俺は考える。

 最強とは何かを。

 俺は知りたい。

 最強が何かを。


 そうして俺は日常の準備をする。

 日常は俺を優しく、そして厳しく迎え入れる。

 日常は当たり前にやって来る。

 

 ***


 俺は志津河と一緒に学校へ登校した。

 その事件を知っている人は学校関係者、同級生といえどほとんど知らない。

 多分両親も。

 クラスについて俺は自分の席に座った。

 俺が席に座ったと同時に、チャラそうな男はやってきた。

「おはよう、周一。見たか? 年末の国内戦、今年も星状の魔術師アステリズムが参戦だってよ。二連覇くるぞこれ」

「おはよう。響来、見てない。今年も星状の魔術師が出るの?」

「まじかよ。あのアステリズムだぞ」

「何やら面白い話をしてるじゃないか、俺も混ぜてくれ」

 そう言って、目にクマを付けたきょうも話に入ってきた。

「峡って国内戦好きだよな」

「本当にそうだよな」

「見ていて美しいものは好きだ。やはり循環は素晴らしい。循環こそ魔術だ」

 響来は峡に質問をする。

星状の魔術師アステリズムは魔術の方が派手じゃね?」

「確かにアステリズムの魔術は星状に煌めくことで魔術の見た目も派手だ。ただそれには循環は切り離せない。素晴らし循環だ。ムラもなく丁寧に仕上がっている。しかも魔術を循環する度に自身も星状に煌めく」

「へえ、そこまで見たことないわ。今回の国内戦でその辺も見て見るわ。

 峡サンキュー」

「暑苦しいやつだ。そういえば周一、年末の国内戦には出るのか?」

「出ない」

「「なんで!?」」

 峡と響来の声が重なる。

「周一が出ないとなると、今年も星状の魔術師が一番だな。せっかく周一の試合が見れると思ったのに」

 峡がひどく落ち込んでいる。

「峡もしかして、俺の試合全部見たの?」

「うん、ちゃんと生で見た。俺一応全部追ってるから」

「まじかよ」

「暑苦しい毎回言われるけど、国内戦だけはお前の熱意の方が凄いよ」

「国内戦だけは認めてやる。周一が出るもんだと期待してたのもあってちょっとショックだ」

「峡すまんな」

「今回は残念だ、応援しているから」

 話を区切ろうと喋ろうとした瞬間、”ばたん”と勢いよく俺達の教室のドアを開く音がした。

 そこに目線を向けると、少し焦った華燐が見えた。

「周一!? よかった」

 俺を見かけて安心したような表情になって、俺の所にどたどたと走ってきた。

「おはよう、華燐。今日は何だか忙しいな」

「おはよう、周一。よかった安心した」

 響来が冷静な顔で。

「どうした? どうした?」

「ごめん邪魔しちゃったね。三人とも何話してたの?」

 華燐は何事も無かったように話題を切り替える。

 俺が代表して答えた。

「年末の国内戦」

「何それ? 面白そう」

 そう言って、俺、響来、峡、華燐の四人で騒がしい朝が始まった。


 ***


 その日の放課後。

 俺は理事長室の中にいる。

 目の前には赤華音さんと撥さん。

 重苦しい空気が包み込んでいる。

 赤華音さんが重たい口を開けた。

「周一昨日は迷惑をかけたわね。そして、ありがとう。そのおかけで瞬も助かったわ」

「はい」

「でも周一、何のために破ったの?」

「破ってでも守りたいものがありました」

「力不足と知っていても?」

「分かりません。下手に力があったからかもしれません。力があったせいで守りたいと思いました。その時は何としても守りたいと思いました。たとえ約束を破ることになったとしてもです」

「結果的に瞬も助かりました。”口”も撃退することも出来ました。今回の被害の責任は私にあるから大丈夫です。ですが、周一がとった行動で迷惑がかかる人がいるかもしれない事を忘れてはいけません。統率を取るというのは良くも悪くも個性を捨てなければなりません。私たちが一人で出来ることは限られています。慢心してはいけません。統率が取れて初めて大きな力を生み出すことが出来ます。魔術もその一つです。時に流れは大きく個人を手助けしてくれます。それはどんな状況でも一人でひっくり返すような大きな力です。窮地もピンチも希望に変わります。それを見事、物にしたわね。今回はよくやった。火鉢を代表してあなたにお礼を言います。周一、ありがとうございます」

 そう言って、赤華音さんと撥さんは頭を下げた。

「はい、気を付けます。今回のお咎めはありますか?」

「特にないわ」

「12月もまだ残っています。年末の国内戦の出場は控えます」

「分かったわ。じゃあこの話はお終い」

「失礼します」


 それを聞いて俺は理事長室から出た。

 お咎めなしだとしても、俺はどうするのか決めていた。

 12月の国内戦は出ない。

 自分は約束を破った。

 無責任なことは出来ない。

 この場にいない志津河には一杯気を使わせてしまった。

 ここしばらく志津河の言う事は大人しく聞いておこう。


 ***


 赤華音は撥に愚痴を漏らした。

「これでよかったのかしら」

「分かりません。結果的に良かったのでしょう」

「そうね。魔宝陣凄い事になっちゃたけど大丈夫そう?」

 撥は少し困っている様子。

「もうぐちゃぐちゃで大変でした。周一が派手に回してました。でもその割に現場の被害はそうでもなかったです」

 赤華音は意味深に呟いた。

「じゃあ、自分からコントール出来るようになりつつあるのね」

「今回は確実に無意識ではないです」

 さっきのような重い空気はない。

 赤華音は嬉しそうだった。

「案外私たちの所までもう少しね」

「そうですね。あと少しで俺達のライバルです」

「よし、じゃあ、魔宝陣の修復のお手伝いに行きますか」

「はい」


 そうして、周一の後に続いて二人も理事長室を出て行った。

 二人がいなくなった部屋は冬の寒さを感じさせない暖かさが少し残っていた。


 ***

 

 とある場所。

 ほとんど真っ暗で何も見えない。

 ”口”と呼ばれる魔術師は一人の女性に頭を下げていた。

 その女性は黒いドレスを着て、顔は黒いベールで隠れていてよく見えない。

「姉さん先日は助かりました。ありがとうございます」

「大丈夫よ。あなたが自分から人を探すなんて初めての事だから驚いたけど。あの子いいわね」

「勝手に探し回ったのは本当にすみません。でもいいでしょ? 輪洞りんどう 周一しゅういちいいでしょう?」

「実際かなり良かったわ。ピックアップしときましょう。あなた達と同じ幹部候補よ。あと”口”当分は外に出ちゃだめよ。だいぶあなたの情報が今回で増えたわ」

「当分家でごろごろしてます」

「よろしくね」

「はい」

 部屋から女性と”口”の気配が消えた。

 気配が消えた部屋はとても冷たく見える。


 黒いマスク、終わり。

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