6

 全てを包み込んだ輝きが消えた。

 輝きは収束して、また夜の日常が始まった。

 周一はすぐ横にいる瞬に言葉をかけた。

「瞬さん大丈夫ですか?」

「痛すぎて、やばい。あとすまん助かった。”口”はどうなった?」

「逃げられました」

 瞬は出血の酷い部分を魔術で燃やして塞いだ。

 今回は運がよかった。

 周一が瞬を助けに来なければ、瞬は間違いなく殺されていた。

 

 ”口”と呼ばれる魔術師と戦って生き延びたことに瞬は安堵した。

 歴戦の魔術師だった。

 俺の魔術が弱いとは思っていない。

 じゃないと、俺は生き残れない。

 今でこそ俺の上司だが、撥さんとは何度もやり合ってきた。

 殺す、殺される死のやりとりを何度かした。

 毎回、目の前に現れた死線を潜り抜けた。

 展示会を生きた魔術師にも通用した俺には自身があった。

 でも、今回はどうやら俺の実力不足。

 勝つ、倒す、騙す、逃げる。

 数ある選択肢を俺に選ぶことは許されなかった。

 俺が選べたのは死。

 実力差は明らかだった。

 周一が来て助かった。

 でも、不思議でしょうがない。

 周一が倒せるはずない。

 修行を一緒にしたから分かる。

 俺と同じくらいの実力だ。

 その実力のままな確実に殺されていた。

 だが周一は俺の知らない魔術で撃退した。

 あの魔術は何だ?

 国内戦で堅狼けんろうを倒した時の魔術に似ている。

 あの時は遠くでよく分からなかったが、今回は薄っすらと周一の足下に花柄の円が出来ているのが見えた。

 修行の時には一度も見たことない。

 普段の周一なら勝てる相手じゃなかった。

 だが、その花柄の円を見た時に俺は安心した。

 死という限られた選択肢しかない中で、俺は生き残れると確かに確信した。

 

 瞬は周一の魔術が気になった。

 国内戦で見た正体の分からない魔術。

 瞬は周一に目を向ける。

 周一はどうやらバッジに魔力を流している。

 瞬はその様子を見ながら、周一に尋ねた。

「周一お前いつもと違う魔術を使ったな? それどうなってんだ?」

「世界の一端に触れました。瞬さんはって知ってますか?」

「いいや、知らねえ」

「そしたら、今はこれしか答えられないです」

「そうか」

 短く答えた瞬は何処か納得していない様子。

 世界の一端、世界魔宝という聞きなれない言葉を聞いて戸惑っていた。

 俺は知らない。

 聞いたことも、見たこともない。

 周一が言った世界魔法とはいったい何なのか。

 瞬は理解できず、悶々と悩んでいた。


 しばらくすると撥と火鉢の魔術師であろう二人が、周一と瞬の近くに現れた。

 撥は瞬と周一の手当てをするよう二人に指示を出した。

 撥は瞬と周一に声を掛ける。

 冬という季節にも関わらず、撥の額は汗で濡れていた。

「瞬、周一大丈夫か?」

「大丈夫っす」

「大丈夫です」

「そうか、状況は?」

 瞬が代表して話を始めた。

「”口”を発見して、撃退に当たりました。俺はこの通り殺されそうになり失敗。周一が撃退に成功。周一から逃げた報告をもらったのですが、詳しい事は分かりません。周一この後また襲うようなこと聞いたりしたか?」

「襲うことは無いです。逃げる瞬間に”これ以上目立つことはしない、また忘れたころに迎えに行く”と言われました」

「ありがとう周一。撥さん、今回の目的は周一でした。周一の居場所を聞かれました。殺された魔術師にも同様の質問をしていると思われます。情報については徹底してます。今回俺は運よく見逃されました。殺すことで情報そのものを広がらないようにする徹底ぶりです。おそらく大丈夫だとは思います。あと色々”口”に関する情報が集まったので後でまとめておきます」

「二人共報告ありがとう。後で赤華音様に報告しておく。それにしても周一派手に魔宝を使ったな。周辺の魔宝陣がいかれて、それの修復を大急ぎでやっている。現場の方も凄い事になっていると思ったが、こっちは思ったより被害が少なくてよかった」

撥は”口”がいたであろう消し飛んだ地面を見ている。

そこは少し輝いていて、58個の抉れが傷が目立っている。

がははははっはははと撥は大声で笑った。


次第に続々と火鉢の魔術師達が集まってきた。

撥は周一に振り返り、今回の件が終わったころを告げる。

「周一、お疲れさん。ひとまず今日は終わりだ。また後日この件について屋敷に来てもらうかもしれないから、その時はまた連絡する。誰か周一の付き添い頼む」

「分かりました。失礼します」

 そう言って撥は火鉢の魔術師何人かに声を掛けて、周一の帰りの付き添いをさせて自宅に帰らせた。


 ***


 俺の住むマンションはもうすぐ近く。

 俺は付き添ってもらった火鉢の魔術師達に、ここで大丈夫ですとお礼を言ってマンションの近くで別れた。

 マンションが見えると入り口に一人の女性が見えた。

 少し震えている姿を見た俺は駆け足で、その人のもとへ向かった。

「志津河ただいま」

「おかえり周一。心配したよ」

「外寒くなかったか?」

「そんな寒くなかったよ」

 絶対嘘だ。

 志津河の強がりだと俺は思った。

「右手を出してみて」

「はい」

 俺はその右手を両手で取った。

 冷たい。

 長い間わざわざ外で待っていてくれたのだろう。

 俺は申し訳なく思った。

「冷たいじゃん」

「周一だって冷たいよ」

 そうやって二人で笑った。

「待っててくれてありがとう。お家に帰ろうぜ」

 俺は両手を離して、マンションに向かった。

「うん! もう大丈夫なの?」

「大丈夫、ちゃんと終わらせてきた」

「そっか、ありがとう。あんま無茶しないでよ」

「りょーかい」


 俺達は二人でマンションに戻る。

 さっきまで俺を囲んでいた緊張や恐怖は消え、志津香の姿を見て気が緩む。

 俺も薄着で外に出ていたことを忘れていた。

 冬の夜はまだまだ寒い。

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