奇妙な縁

1

 三月の終わり。

 イギリスの空港から電車で30分程の場所。

 大きな橋が見える。

 空は灰色がかっていて、まだ春の訪れは感じられない。

 吹く風も冷たい。

 周一は高校の春休みを利用して、師匠に会うためにイギリスへ訪れていた。

 そんな周一は橋の上から川をぼーっと眺めている。


 俺は”口”との一件で、年末の国内戦の参加は見送った。

 国内戦の結果はというと、星状の魔術師が二連覇を飾る。

 その王座を巡る戦いに氷銅ひょうどう 剛牙こうがも混ざっていた。

 惜しくも星状の魔術師と一騎打ちになって、負けてしまった。

 実際に国内戦を見ていたけど、本当に惜しかった。あと一歩届かなかった。

 応援はしてないけど、勝ち切れなかった剛牙を見て俺も少し悔しかった。応援はしない俺と剛牙はライバルだから。


 日常の生活はあまり変わりなく、普通の学校生を送った。

 試験の結果は相変わらず実技以外は赤点ギリギリ。

 なんとか進級は出来そう。


 12月は様子見ということで、火鉢の屋敷にはほとんど顔を出さなかった。

 年末と年越し、三が日に関しても特に俺は何もしていない。

 俺は日本で大人しくしていた。志津河の方はイギリスに帰っていて俺は一人ボッチだった。

 実家に帰っても、その時期は両親が家にいない。そして連絡も多分つかない。

 中学になったと同時に両親が家にいることは少なくなった。前々からどんな仕事をしているかは知っていたから、寂しいとかあまり感じなかった。俺も小さい時は一緒に仕事を周っていたらしい。俺が学校に通うようなって、定住の地としてイギリスを選んだ。ここだけの話イギリスから猛烈な誘いがあったらしい。

 一通り家事については叩きこまれたけど、あまり身につかなかった。相変わらず今も苦手。志津河に手伝ってもらったことは沢山ある。


 俺の両親の職業は探検家。

 両親にはその言葉しか思いつかない。

 イギリスに認められたちょっと特殊な職業。


「よし」

 そう言って、師匠の所に向かった。


 ***


 何の変哲もないレンガで敷き詰められた道、規則正しく並んだ石の建造物。

 何処にでもあるようで、ここにしかないような街並みが溢れている。

 そんな当たり前のような場所に師匠の家はある。

 師匠が住んでいる本当の家。

 師匠の名前は、ウィリアム・ラウンドニア。

 イギリスに本拠地を置く超名門。

 世界三大魔術にも数えられる魔術の一族である。

 特に円に精通する魔術が多く、弟子や関係者も円に関係する人が多い。

 師匠は天球てんきゅうの魔術師と呼ばれている。

 ラウンドニア出身の魔術師達は共通している事があって、研魔が仕上がった時に輪が体を囲うように現れる。

 その研魔は超絶技巧と称され、天使の輪っかのような、光の円が出来上がる。


 当時の俺は良く知らなくて、両親を師匠のもとへ案内したら、両親は師匠にお任せしますと二つ返事で了承した。何なら日常の面倒までも押し付けていた。両親には申し訳ないけど、かなり恥ずかしかった。

 師匠の方も両親を見て、逆に何処か緊張していた。

 師匠でも緊張することあるんだなと。出会って間もない、しかも人柄もよく分からない師匠を俺は自分なりに理解しようと努めた。師匠の弱みとは違うけど、意外な人間性が見えて俺は少し安心した。

 そんな師匠を尊敬している。人間的にも魔術の師としても。魔術を諦めようとしてた俺に声を掛けてくれたおかげで今がある。

 

 師匠は強い。

 それは主観的なものでなく事実として、師匠は最強と呼ばれる称号を持っている。

 魔宝師まほうし

 俺の師匠は最強の魔術師である。


 師匠の家の近くに着くと、俺より背の低い女の子が目に入った。

 周りをきょろきょろして、何処か落ち着きがない。

 そんな女の子に声を掛けられた。

「ちょっと、すみません。あなたに聞きたいことがあるんですけど、いいですか?」

「はい、大丈夫ですよ」

「この場所に行きたいんですけど、この通りで合っていますか?」

 そう言って小さいメモ用紙を見せてもらった。

 通りの名前だけが見えて後は女の子の手で隠れている。

「合ってますよ」

「分かりました。親切にありがとうございます」

「どういたしまして」

 メモの内容は詳しく見えなかった。

 通りの名前だけが見えて、つい反射で答えてしまった。

 メモの内容を全部見せてもらおうと声を掛けようとしたが、そんな暇もなく女の子はどこかに走り去った。


 ***


 俺は何の変哲もない建物の中に入った。

 ここは師匠の隠れ家。

 沢山のお弟子さんや、関係者はここにはいない。

 いるのは師匠と、一人のお手伝いさんだけ。

 そして俺の修行の場所。

 ドアの前に立つと久しぶりのせいか少し緊張した。

 ドアの横にあるインターホンを押すと聞きなれた女性の声が聞こえたと同時にドアが開いた。

 俺と同じくらいの身長の女性が立っている。

 もこもこの茶色いセターに白のロングスカート。

 ショートボブの綺麗な赤茶の髪に、柔らかい瞳。

「誰かと思って、ドアを開けてみたら珍しいお客さんじゃない」

「こんにちは、ご無沙汰してます」

「見ないうちに、大きくなったね周一」

「ネヴィアさんも変わらず綺麗ですよ」

 俺は慣れない言葉を言って少し照れた。

「ありがとう。立ち話もなんだし、お家に上がって」

「すみません、お邪魔します」

 師匠の隠れ家を任されているお手伝いさんのネヴィアさん。

 俺は懐かしむように、師匠の隠れ家に足を踏み入れた。

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