6
暗い森の中、川が穏やかに流れる場所で、その青い輝きは俺の心を奪った。
絶対に変わる事のない魔術の才能。
だが目の前に見える輝きは紛れもなく青い輝き。
……ありえない、でも今目の前にいる魔術師の背中は青く輝いている。
目に見えることに理解が追いついていないが、なんとなく何をしたのかは理解していた。
俺が循環で速度を手に入れたように韶寄さんは循環で色を手に入れたんだ。
限られた才能の中で見出した自分だけの色。
それはまさしく達人の技だった。
韶寄さんの声が大きく聞こえる。
「羽ばたけ!
川の上をまるで飛ぶように駆け出した。
川に青と緑の線が映る。
一瞬で俺の目の前に現れる。
韶寄さんは左腰近くに持っている刀を右手で抜いた。
緑色の刃が俺に向けて振るわれる。
青い輝きに見とれていた俺は余りにも一瞬の事で身動きが出来なかった。
動いたのは思考のみ。
避けきれない。
いや、このまま負ける。
敗北の二文字が頭によぎった。
負けるいいのか?
このままでいいのか?
これでいいのか自問する。
本当はこの美しい魔術を否定したくない。
きっと韶寄さんが追及して追求して、たどり着いた自身の色と強さ。
俺がこのまま目の前の魔術でやられれば、それは美しい結果として韶寄さんに残る。
それでいいのか?
……
……
……駄目だ、いや駄目だ。
例え韶寄さんの魔術師としての未来を摘んでしまうとしても、響来との約束を果たしていない。
あいつに俺の輝きを見せるんだ。
届くか分からない。
だが見せるんだ。
師匠以外の人にも届くように。
俺が信じる輝きを。
俺は追い求める。
輝きを。
そして強さを。
――俺の胴体は韶寄さんが持つ緑の刀によって斬られた。
***
韶寄は周一を斬った。
周一は前から倒れこみ、冷たい川の中に浸かった。
韶寄は斬り抜いた勢いのまま少し前に進んだ。
韶寄は後ろを振り返り、周一が倒れていることを確認してほっと胸をなでおろした。
これで終わりだ。
俺の魔術師として、いや魔術に関わること全てが終わりだ。
必殺の魔術が上手くいった。
後は静かに時が過ぎるのを待つとしよう。
そうして、静かに勝ちを確信した韶寄は休むために、適当な岩場へ向けて歩き出そうとした。
後ろからじゃば、じゃばと川から人が立ち上がる音がもう一つ聞こえる。
その音を聞いた韶寄の顔はまさかという顔をしている。
後ろを恐る恐る振り返った。
まさか、ありえない。
斬った感触は確かにあった。
曲がりなりにも必殺の魔術。
どんな相手も条件を満たすことが出来れば一撃で倒せるはずだ。
なのに、周一君が立ち上がっていた。
周一君の体からは結構な血が流れている。
派手に見えて傷はそこまで深くないのか、見事に受けられた。
韶寄が目の前の光景に驚いていると周一は落ち着いて話を始めた。
「これが韶寄さんの強さなんですね。正直負けると思いました。でも俺は負けません。この戦いは小さな約束のために始まった戦いです。韶寄さんに理由があるように俺にも理由があります。その理由のために俺は負けられません。次は俺の番です」
周一の足下に魔術が浮かびあがる。
綺麗な花の模様。
花の模様が現れると同時に、周一の周囲が輝き始める。
眩しくはないものの、その輝きは全てを飲み込むように暴力的に侵食する。
韶寄は目の前に広がるのは圧倒的な輝きに目を奪われていた。
この暗い山と森に囲われた場所に似合わない光。
そして周一の魔術の本質を肌で感じていた。
これが円環の魔術師。
足下に広がる特徴的な円。
堅狼を倒したであろう絶対的な魔術が発動した。
最初合った時の印象とはまるで違う。
強者が持つ鋭く尖った殺気のような雰囲気を感じる。
自然と頭にこの魔術は危険だと知らせてくれる。
だが、それでいい。それでいいんだ。
俺は思わず顔の緊張が緩くなる。
展示会には出たことはないが、この戦いが展示会と思わせてくれる緊張感が今ここにある。
俺が望む戦いが実現した。
これで本当の意味で思い残すことはない。
「周一君の本気だね。こんな俺に見せてくれてありがとう。魔術の敬意は魔術でしか払えない。翡翠の魔術師、
「円環の魔術師、
二人の距離はたった5メートル。
そして、韶寄が周一に向かって大きく一歩、二歩と踏んだ。
刀の長さ、腕の長さによって文字通り一瞬でその間合いが0になる。
周一はその場から動かない。
拳銃を腰から早打ちで抜くように、右手を韶寄に振りかざす。
二人の言葉が同時に重なる。
「羽ばたけ!
「
目の前に現れた花模様の円が韶寄の視界に入る。
韶寄は周一が高速で放つ魔術の数をその目で正確にとらえていた。
五十八個。
堅狼が倒れた時の地面の傷跡と同じ数。
これが堅狼を倒した魔術の正体。
国内戦の映像には映らない謎の魔術。
だが今はそんな事どうでもいい。
これ一つ一つが俺の川背美同様一撃必殺の魔術。
それが五十八発。
対して俺は一発。
――五十八個の光速の弾丸が俺に向かって飛んでくる。
臆するな。
勝機はある
魔術と魔術の隙間はある。
その隙間を狙うんだ。
相打ちでいい。
俺の魔術でその高みに届かせてみせる。
「いけえええええええ!!!」
俺は声を荒げて、見える隙間に刃を通す。
俺の体のほとんど輝きに飲まれて機能はしていない。
体は動かないが、何としても何としてもこの刃だけでも届かせ見せる。
動け、動け。
頭から体に指示を送るが、動く気配はない。
諦めない、諦めるもんか。
刃が届くことを願って、手を離さずしっかり振り抜いた。
だが、周一君を斬ることは出来なかった。
俺の刀が先から輝きによって浸食されて消えて行く。
俺の意識もどんどん薄れて行く。
届かなかった。
後数センチ短いようでとても長い距離だった。
でも悔いはない。
俺は自然と笑みがこぼれて、そこで意識が消えた。
***
韶寄が粒子になって消えた後、周一はしばらくその場に立ち尽くしていた。
最後の気迫は凄かった。
渾身の一振り。
後数センチで俺も負けていたかもしれない。
そんなギリギリの戦いを俺は勝った。
韶寄さんは強かった。
魔術がどうとかそういう事ではなかった。
最後まで俺を倒すために目的を実現するための強さだった。
油断をすれば一瞬で形勢は変わる。
そういう世界だと改めて実感する。
これが最強かどうかは分からない。
ただ、あの人が持つ最強をこの戦いで見ることが出来た気がした。
周一は、深い山の中で一人この世界が終わるのを静かに待っている。
***
とある家の室内。
一人の男の子が部屋を暗くして、端末から明るく光る映像を見ていた。
映像には周一の姿が映っている。
兄貴が負けた。
周一には悪いが兄貴が勝つと思っていた。
兄貴の魔術は凄い強いわけでも便利なわけでもない。
見た目に拘りぬいた魔術。
見る人が見ればその魔術は弱く不便と言われるだろう。
兄貴の努力を否定されるのは悔しいがその通りだ。
兄貴が魔術のために沢山の事を犠牲にしているのを見てきた。
寝る間を惜しんで修行する姿。
友人とは遊ばずに修行する姿。
自分で出来ると信じて修行する姿。
そうして兄貴は魔術師になった。
俺も嬉しかった。
兄貴の努力がようやく実を結んだ気がした。
そんな兄貴が国内戦に出れば活躍できると思っていた。
周りからは止められてたけど、兄貴なら何とか出来るそう思っていた。
だけど、それは現実にならなかった。
ただ目の前に映るのが現実だった。
兄貴が周一に負けた。
周一は火鉢最強の一角にして、俺達の世代最強とまで言われている化け物魔術師。
本人はあまり気にしていないが、世間ではそれなりに有名だ。
周一の戦いを意識して見たことはない。
新人戦の時だけ。
だが今日初めて見た周一が戦う姿そして兄貴が戦う姿。
兄貴が勝てる機会はいくつかあった。
でも、兄貴は勝ち切れなかった。
本人の方が悔しいはずなに、俺もなぜか悔しかった。
あんなに修行しても勝てない。
それが周一の強さなのは分かっている、それでも悔しかった。
俺が悩んでいることがちっぽけに思えてきた。
兄貴が周りを説得してまで追い求めた場所。
兄貴が自分を信じて続けた魔術。
あれこれ迷うことはない。
あとはやるしかない。
俺は俺の魔術を信じる。
俺の息吹がたとえ弱くても不便でも、旋風を巻き起こして見せる。
兄貴が目指した魔術とあの場所に向かって。
強くなる、強くなってやる。
やがて国内戦を展示会を俺の信じる魔術で制してやる。
響来は映像から視線を離さず真剣に見ている。
そんな決意を決めた少年の目は少し赤くなっていた。
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