5

周一と韶寄しょうきの戦いが山の中で静かに始まった。

周一の体には三本の光の輪。

韶寄は背中と足下が緑色に光っている。

二人は川を挟んだ、岩場にいた。

平らながらも大きさの違う石が敷き詰められた良いとは言えない足場。


最初に動いたのは韶寄だった。

臆することなく川に向けて走り出した。

足下の悪い岩場を難なく進む。


それを見た周一は遠距離から魔術を放つ。

足を踏み、腕を振った。それらを起点に円を描く魔術が展開される。

この暗い夜の中では、白く輝く円がよく見える。

相手を一撃で仕留める魔術が韶寄に向かっていった。


韶寄は急ぐように流れている川の中に足を踏み入れる。

無謀にも冷たい水に足が浸かろうとするが、韶寄の足は水に浸からず浮いていた。

川の上を静かに走り出す。

そして周一が放った魔術を飛んで、しゃがんで、体勢を変えて避ける。

普段は見えずらい周一の魔術も暗ければよく見えてしまい、このように簡単避けれてしまう。

韶寄は避けたと同時に、静かに川の上を走る。


周一は再度足を踏み、腕を振ったが韶寄はいとも簡単に避けて見せる。

その様子を見て、周一は普段とは違う手を使おうと考えていた。

遠距離の攻撃があるのか、ないのか分からない。

俺の魔術を避けてなお、遠距離から魔術を使う様子は見えない。

後ろに下がらず、川の上を走って前に進んでくる。

川の上では俺は不利、それならこっち側に近づけさせる。


周一は短く魔術に言葉をのせる。

「回せ」

周一の魔術が持つ、絶対的な法則が韶寄を襲う。


韶寄の緑に光る眼はその絶対的な魔術の全容を捉えていた。

来るけど大丈夫。

俺の魔術は回避に特化している。

俺なら出来る大丈夫、上手くいく。

自分の中に呟いて、自信を持たせる。


川蝉カワセミ

と小さく韶寄が呟いた途端、韶寄の体が薄い緑色の膜のような物に覆われた。

周一が展開した魔術よりも早く終わる。

そして周一の魔術が韶寄に届いた。

何時もなら周一の近くに韶寄が移動してくるはずだった。

だが、韶寄は移動していない。

周一の近くに移動したのは、緑色の膜のような物。

韶寄は止まる様子もなく川の上を履強いている

周一との距離は5メートルにまで近づいていた。


周一は目の前で起こったことに対して内心動揺する。

俺の魔術が外れた!?

移動させた先を見ると空中に、人の形をした緑の膜のような物が漂っている。

あれが身代わりになったのか厄介だ。

俺の魔術は今後全て、あの緑の膜の魔術が邪魔をしてくる。

その魔術は後にも面倒な事になる。

ならここで無効化させる。

「回せ」


韶寄さんの体が一瞬緑色に光り、膜のようなものが包み込んでいった。

最初は良く見えなかったが、二回目なだけあって注意すれば見えた。

その魔術暫く回す。

「回して、回せ」


韶寄は自身の変化に戸惑を隠せない。

「回せ」というのが、魔術を発動するキーとうのは分かった。

回せと聞こえたタイミングと合わせて川蝉で体を覆った。

その次に「回して、回せ」と言われた瞬間、俺の川蝉が消えた。

川蝉をもう一度使おうとするが、使えない。

行動を制限する魔術、しかも直接言葉を言うだけで無力化された。

強力な魔術だ。


「回せ」


今度は防げない。

魔術が当たる。

何か不思議な力が加わった。

瞬きをして目を閉じて、開いたような錯覚に戸惑った。

目の前には相手の拳が迫ってきている。

5メートルもあった距離は一瞬のうちになかったことにされた。

ヤバイ、思考は驚くほど早く伝達されるが、体は驚くほど遅く動いいた。

目の前の拳が顔に当たる。

強烈な衝撃が頭を揺さぶる。


周一の右拳が韶寄の顔を打ち抜いた。

殴られた韶寄は地面には倒れないが、後ろに後ずさる。

周一はすかさず距離を詰め、左拳を顔めがけて殴った。

韶寄は二発の拳を顔にもらい、わざとらしく後ろに激しく飛んで距離を空ける。

周一は攻撃の手を緩めない。

「回れ」

韶寄が川の上に使えなかった、自身を回す魔術を展開する。

勢いそのままに右拳で韶寄を殴る。


韶寄はその圧倒的な速さについていけない。

何とかして顔を守ろうとして、腕を上げる。

周一は庇った腕めがけて、右腕を大きく振りぬいた。

韶寄は庇った腕と共に、周一の拳によって大きく後ろに吹き飛ばされる。

川の上をまるで、水きりのように何度もはねて、周一とは反対の岸の地面に転がった。


韶寄の顔は苦悶に満ちていた。

岩場によって、体の右側はずたずたにすりむいていて、血が湧き出るように流れている。

歯を食いしばって、立ち上がる。

いてえ、色々もろに受けてしまった。

このまま終わってしまう。

相手の魔術は遠距離から飛んでくるものもあれば、距離を無視して移動する魔術もある。

最初の川蝉は消えた。

次の翡翠カワセミが効くのか不安になる。

もうこんな状況だ、不安になるとかそんな場合じゃない、やるしかない。

相手の魔術ももう少ししたらきっと全部見切れる、全部見切れば俺の勝ちだ。

俺は次の魔術の発動のため好きな鳥の名前を口ずさむ。

翡翠カワセミ


周一は韶寄を吹き飛ばした先を見ている。

韶寄はすぐに立ち上がった。

韶寄の体の右半身は血が流れている。

こんな終わり方は俺も韶寄さんも望んいない。

これだけじゃないでしょう韶寄さん、もっと見せてください、あなたの輝きと強さを。

そんなことを思っていると「カワセミ」と確かに聞こえた。

その言葉と同時に左手には緑色に光る刀のような物を手にしている。

韶寄さんの魔術が変わった、いやあれが本来の魔術かもしれない。


周一は魔術を放つ。

「回れ」

その言葉と同時に韶寄は右手で刀を抜いた、刃渡り60cmほどの大きさ。

美しい翡翠ひすいの刃が現れた。

韶寄は目の前に向かって刀を振る。

何を切ったのかはすぐに分かった。

魔術を使って高速に移動するはずの周一が、冷たい水が流れる川の上に立っている。

周一の表情は冷たい水に浸かっても崩れていない、目の前で起きたことが信じられない様子で立ち尽くしていた。

韶寄は周一の魔術を切っていた。


韶寄はそれを見てすぐに次の行動に移す。


***


俺はなぜかその鳥が好きだった。

全長は成人男性が手を開いたくらいの大きさ。

鳴き声は甲高く、"キー、キー"と鳴く。

翡翠ひすいの語源にもなった青い鳥。

カワセミ。

俺が目を奪われたのは、その青さ。

構造色と言って光が干渉して、あたかもその色のように見せる発色現象。

俺は美しく綺麗に青く見える姿が好きだった。


俺の魔術の色は緑。

青色は一生どんな手を使っても手に入らない。

でも、そんなことは関係なかった、俺は青色の魔術を目指した。

カワセミの色が欲しかった。


そうして俺の魔術の修行が始まった。

最初は川蝉から。

この辺によくいたのはアブラゼミ。

蝉の色は茶色のイメージが強いが、羽化するときは美しい緑色。

この緑色を目指して手に入れた。


次に翡翠ひすい

カワセミから取られたされる、美しく濃い緑をした鉱物。

そして翡翠の色を目指して手に入れた。


最後に青色。

カワセミが持つ構造色。

ほぼ無理に近かった。

頭を使って、工夫を凝らしても緑色は緑色のままだった。

青は手に入らない。


長く短い時間だった

13年魔術の強さを無視して、色にこだわり続けた。

その結果、何とか俺は循環を極めて青色を手に入れた。

長い間色にこだわり続けた結果、俺は魔術の強さに興味を無くしていた。


国内戦に出るために魔術師になる事も一苦労だった。

元から才能なんてない。

魔術の高校に落ちてから腐らず一人でこつこつと努力した。

支えになったのは魔術の高校に受かった友達。

その友達のため、国内戦に出るために頑張った。


そして魔術師になって魔術も完成した。


国内戦に出て活躍したかった。

ただ手に入れた魔術は強くない。

使うのには沢山の制約がある。

一番重い制約だったのが川がないと魔術そのものが発動しない事。


これじゃあ国内戦に出ても活躍は出来ない。

むしろ悲惨な負け方をする。

本当は国内戦に出て活躍したいけど、魔術師としてその先はなかった。


魔術師になって魔術が完成した瞬間、俺の魔術人生は終わっていた。


***


韶寄はもうここしかないと見て、すぐに決断した。

韶寄は目の前にある川に飛びのった。


これで終わりにしよう。

俺の魔術は完成した。

ここから先成長はない、俺の魔術人生は終わり。

だからせめて魔術師となって魔術で最後を迎えたい。

最初で最後の国内戦、俺の我儘。

これで魔術とは本当にお別れだ、たくさんの人に迷惑をかけた。

魔術師に望みがないのに最後まで信じてくれた両親。

俺が魔術師になるための道を切り開いてくれた親友。

魔術師にすらなっていない俺を温かく見守ってくれた風鍔の魔術師。

最後に俺の我儘に付き合ってくれた目の前の男の子。

そして、響来、ありがとう。


これで俺は俺が求めた魔術に終わりを告げる。


韶寄の背中が緑色から青色に変わった。

魔力の素の色を変えることは絶対に出来ない事を、韶寄は技術で補った。

光の角度によって、見る色が変わる構造色をそのまま魔術に施した。

それは韶寄が追い求めた一つの回答であり、終わりを意味する色。


韶寄は覚悟の目を周一に向ける。


放つは一閃。

一撃必殺の魔術を使うため。


その一撃必殺からは逃れない。

カワセミはずっと獲物が川の水面付近に現れるのを待っている。

そして獲物を見つけ羽ばたいた。

水面ぎりぎりを低く飛び、獲物に向かってくちばしを突きさす。

水面には引き裂いたような跡が残る。


韶寄と周一の間には川が流れている。

一本の線のように繋がる。

韶寄は刀を鞘に戻し、居合切りの構えを取る。

はっきりと大きくこの世界に響くように自身の魔術を言葉にする。

「羽ばたけ! 川背美カワセミ


韶寄が完成させた、一撃必殺の魔術が周一に放たれた。

目で見える速さを通り越し、高速で相手との距離を詰める。

鞘に戻した刀を勢いよく引き抜く。


背中は青く輝き、翡翠の刃が光る。


綺麗な青と緑の一閃が駆け抜ける。


翡翠の刃は周一めがけ振りぬかれた。


そして周一の胴体を切り裂いた。

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