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11月の末。

火鉢 対 風鍔の国内戦当日。

風鍔のホームゲーム。

草木は茶色くなり、冬に備えて準備をしている。

空は綺麗な秋の夕焼け。


周一は撥と二人で風鍔市全体を見下ろせる展望台にいた。

国内戦に出場する火鉢の魔術師達とは別行動。

各個人で集合時間に間に合うように調整する。

お互い国内戦の赤い長衣を着ている。

秋にピッタリの色合い。

撥は飽きた様子で周一に声を掛ける。

「何時までそうしているつもりだ、そろそろ行くぞ」

「はい」

二人の会話は短く終わる

国内戦が始まるまでまだ少し時間がある。


***


風鍔の屋敷には二人、どこか暗く重く見える。

肌の白い、緑色の瞳の男性と黒髪黒目の特徴のない男性がいる。

緑色の瞳の男性は何かを悟ったような表情で目の前にいる男性に話した。

「本当にいいのか?」

「いい、これが最初で最後だ。俺の覚悟は決まっている」

黒髪黒目の男性はどこか諦めている様子。

「そうか。止はしないお前とは長い付き合いだ。お前がここまで来るまで長く待ったが残念だ」

「この一瞬のために頑張れてこれた。才能の無い俺が高望み何てしないよ。というか、待っているなんて嬉しい事いうじゃんか」

暗い雰囲気の中、黒髪黒目の男性は気丈に振る舞う。

「13年も待った」

「知ってる。長くて短かった。けじめをつけたいんだ。本当は展示会に出たかったけど、お前や弟のように才能はない。だからせめて――」

「今それ言うのは無しだ」

緑色の瞳の男性は明らかに不快な顔をして最後まで話を聞かなかった。

「分かった」

「戦いの前だ。お互いの健闘を祈ろう。こっちは任せろ、お前の邪魔はさせない。だから、勝て」

「うん、そうだな、ちょっくら勝ってくるわ」

この場の重い空気を振り払うように、黒髪黒目の男性は軽いノリで言った。


***


静かな夜、空には三日月。

参加する魔術師にとっての日常、そして一般の人達にとっての非日常が始まる。

戦いの舞台は整いつつある。

風鍔市を強大な魔宝陣が包み込み、淡く輝かせる。

赤、緑と白の集団。

国内戦の開催が最低とされる20人の魔術師達が集った。

周一を含めここにいるすべての魔術師の顔が引き締まる。


空が淡く輝き始めると同時に、広がっていた白い光が魔導士を中心に戻っていく。

そうして、"ごーん"、"ごーん"と美しい鐘の音色が日本中に響き渡る。


本拠地である風鍔と火鉢の国内戦が始まった。


***


䬅扇きょうせん 韶寄しょうきは自身が国内戦に参加していることを改めて実感していた。

これが国内戦か、違和感とかは全くない。まさしくこの空間そのものが世界であるように感じる。

自身に展開している強化魔術を目に集中させる。

すると韶寄の目は淡い緑色に変化した。


ある一人の魔術師との約束の場所へ向かい始めた。

そうして、一足先に川の源流へ着いた。

あまり広い場所ではなく木々に覆われた山にある。

幅は5メートルほど、勢いよく滝のように水が流れている。

夜の静寂とは不釣り合いな激しく流れる音。

風が吹いて、木の枯れ葉が擦れ合う音がする。

俺が絶対的な信頼を寄せるあいつが魔術を使った。


その魔術の形跡と同時にこの山に向かってくる魔術師が近づいてくるのが見えた。

多分俺の探し人だろう、ここまで的確に進んでくるとは思わなかった。

火鉢に住んでいて土地勘はなんていないのに、正確な奴だ。

違ったらその時はその時だが、まず間違えないと考えていい。

迷わず一直線に来ている、しかも恐ろしく速い。

よし、行ってみようと自分に言い聞かせる。

そして、近づいてくる魔術師を迎えに行った。


暗い森の中を進んでいくと一人の男の子を見つけた。

一目見て分かった、この子が輪洞りんどう 周一しゅういち君だと。

絶対的な強さを持つ魔術師のような威厳は感じない。

だが俺とは遠くかけ離れた魔術の実力の持ち主。

突如として現れて堅狼を倒し、色校戦で学生最強の座を手にした火鉢最強の一角。

魔力の素の能力は俺と変わらないくらい低いのに、周囲にその実力を認めさせるほどの超絶技巧の魔術。

色校戦を生で見た者達から、堅狼を倒した事はまぐれでもないとされる圧倒的な強さ。

その実力は強化魔術を見た俺の目でもはっきりと分かる。

一瞬の隙間の無い編み込まれた綺麗な魔術だった。

高い高い壁だ。

真似することは不可能と言っていいほどの神技。

俺は最初で最後の国内戦でこの子を選んだ。

単純にこの子と戦いたいとそう思った。

相手を尊重しすぎるのは良くない、俺の完成した魔術で君に勝ちたい。

俺は覚悟を決めて話しかけた。

「君が、輪洞りんどう 周一しゅういち君かな?」


***


「そうです、あなたが韶寄さんで合ってますか?」

「うん、弟が世話になっているね。はじめまして、䬅扇きょうせん 韶寄しょうきです」

目の前の黒髪の緑色の瞳の男性はそう言った。

瞳は少し光っている、強化魔術で目を強化しているのだろう。

響来と似ていると思ったが雰囲気は全然違う。

とても落ち着いて静かな人に見えた。

声質が柔らかいせいか、そう感じさせる。

「戦うのはもう少し待ってもらってもいいかい?

 君と話をしてみたいのと、戦う場所は川がある所が良い

 全力で君と戦いたい」

あたりを見回すと暗い森の中で川はない。

「いいですよ」

こんなやり取りに意味があるのかと言われると意味はない。

伝統ある国内戦に私情を持ってきたんだ。

全力のあなたを見て見たい。


「よかった、それじゃあ後についてきて」

韶寄さんは後ろを向いて、暗い山の方に歩みを進めた。

俺もついていく。

その後ろ姿を見るとなぜかとても綺麗に見えた。


暗い森の中、明かりはほとんどない。

普段は輝きの無い俺でも、この暗い森の中では感じることが出来る輝き。

その明かりを頼りにして、韶寄さんを見失わないよう歩く。

韶寄さんの体も薄っすらと優しく光っている。

聞こえるのは風の音と俺達二人の吐く息と、地面を踏む音。

目の前の韶寄さんは迷いなく歩いていく。

俺は気になって質問してみた。

「この山よく来るんですか?」

「うん、ここは俺の庭みたいなものさ

 好きな鳥を見るためだけによく来る」

歩きながら、首だけ横に向けて返事が返ってきた。

「何て名前の鳥ですか?」

翡翠カワセミ

カワセミ?偶然にも韶寄さんの固有魔術と一緒の名前だ。

何か関係がありそうな気がする。

「固有魔術と一緒の名前ですね」

「うん、好きだから一緒にした

 俺も一つ君に聞きたいことがあるんだ。君は魔術に関して何でも出来るよね、どうして全部覚えたんだい?」

「必要だったからです」

「それだけで、循環のコントールも強化魔術の色のせも研魔も全部覚えたのかい。正直言ってこの年になっても一つしか覚えられなかったから素直に凄いよ」

韶寄さんは俺の魔術事情に関しては調べがついているらしい。

俺の魔術の特性についてもこの感じだと知っている。


韶寄さんは話しを続けた。

「最近では強化魔術の色のせ以外時代遅れだと言われているが、君みたいに全部できる人は稀だよ。だから君を選んだ、その天才的な技術をこの目でみたくてね」

一つしか覚えていないことはある程度予想は付いている。

この人の循環は音がないのにも関わらず異常なほど静かだと思った。

最早、循環そのものが生命活動の一部にすら感じる。

俺は挑発するように口にした。

「全部見れそうですか?」

「分からない、全部は見れないかもしれない。ここまで準備させてもらったんだ、その前に君を倒しちゃうかもしれない」

悪びれる様子もなく、俺に向けて言い放った。

「じゃあ俺はその前に倒します」

俺も少しだけむきになって対抗する。

それを聞いた韶寄さんは笑って話を流した。


歩いてだいぶたった。

山道と言えるのか分からない人が歩いたような形跡の無い道を歩いた。

歩き慣れていない山の道だが強化魔術のおかけで体力はそこまで減っていない。

だいぶ山の奥にまで来た気がする。

水が流れる音が大きくなってきた。


そして森を抜けると大きな川が現れる。

水の流れる激しい音が聞こえる。

ここが川の源流かと思って韶寄さんに話しかけたら

「ここはうるさすぎるからもう少し歩くよ」と言われた。

夜の山の気温は下に比べてだいぶ冷える。

冬用の分厚いローブを着ているが寒いと感じた。


韶寄さんが納得するように

「ここが良い」と言って、立ち止まった。

穏やかに水が流れる、渓流に着いた。

空は開けていて、三日月が顔を出している。

穏やかに流れる川にも三日月の姿が形を崩して映っていた。


「お互い準備は出来たよね?」

韶寄さんは確認するように聞いてきた。

「はい、いつでも大丈夫です」

俺の準備は終わっている。

ここまで来るまでだいぶ時間はたったが、それでも30分くらいで着いた。

道中ちゃんと研魔は終わらせた。

魔宝が使えるか分からないが、俺が出来る事をする。


じゃあ離れるねと言って、韶寄さんは無謀にも寒い川に飛び込んだ。

だが、水しぶきは上がらない、その上を歩いて向こう岸に行く。

川を挟んで韶寄さんと向き合った、距離にして15メートル。


「じゃあ行くよ」

静かなこの空間にはっきりとそれは聞こえた。

俺はそれが合図だと思って、魔術を展開する。

胴体を巻くように三つの輪が現れる。

「はい」

俺も聞こえるようにはっきり答えた。


韶寄さんの背中が緑色に光り始め、足下もかすかに緑色に光り出す。


そして、俺と韶寄さんの約束の戦いが静かに始まった。

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