7

周一と韶寄の国内戦はひっそりと終わった。

世間で注目された戦いではなく表立って取り上げられることはない。

それでも戦った本人と響来にとっては意味のある特別な戦いだった。

今後、思い返されることは無いがこの三人にとっては良くも悪くも印象的な思い出になるだろう。


***


国内戦が終わってすぐの風鍔市のとある屋敷。

二人の男性がいる。

肌の白い、緑色の瞳の男性と䬅扇きょうせん 韶寄しょうきが向かい合っている。


緑色の瞳の男性が韶寄に話を始めた。

「惜しかったな」

「ごめん。約束は果たせなかった」

韶寄に話かけた男性は既に結果を知っているようだった。

韶寄は目の前の男性に話を続ける。

「円環の魔術師。俺よりも一回り若いあの子は既に一流の魔術師だった。俺も魔術師として出来ることは尽くしてけど、敵わなかった。完敗だ」

「完敗じゃない、惜敗だった。あと一瞬お前の魔術が速ければ勝負は分からなかった」

「ありがとう。でも負けは負け。負けに惜しいも惜しくないも、ないことくらい俺達は良く知ってるだろう」

韶寄は笑って答えるが、話しを聞いている男性は笑っていなかった。

その空気は少し張りつめている。

「本当にこれで最後なのか?もう魔術をする姿は見れないのか?」

「うん、これが最初で最後」

「おい! そんなこと言うなよ。お前とはいっぱい遊んだ、いっぱい修行もした、いっぱい夢を語った。お前が国内戦や展示会を夢に見ていたのを知っている。頼む、俺の夢を叶えさせてくれ。展示会を俺と一緒に出てくれ! 韶寄頼む!」

強い口調で韶寄に話すが、韶寄の心は揺らがない。

「その夢は今は叶えられない。そして約束も出来ない」

「どうして?」

「俺の魔術が完成した時に知った。これ以上は俺が強くなることも上手くなることもない。成長の限界が見えてしまったんだ。この先どんなに努力してもその限界に近づくだけで限界を超えることはない」

「限界なんてないだろう。俺とお前はいつだって一緒に限界を超えてきたじゃないか」

「そうなんだけどさ、魔術の限界を超えるのに疲れたんだよね。これが永遠に続くと思ったらさ上も下も分からなくなった。だから目標を決めてこの国内戦を魔術人生の最後にした」


目の前の男性はあまりの衝撃に言葉がすぐに出なかった。

二人の間に沈黙が流れる。


「そうか、ならお前の目標を俺が決めてやるよ。俺が待ったように次はお前が待つ番だ。お前の目標は俺を待つことだ。魔術から離れても俺がお前を魔術から引き離さない。俺が魔宝師になってお前を再び魔術師に導いてやるからな」

「なにそれ絶対に嫌だよ」

「一方的に俺がやるだけだよ」

二人はふざけるように笑い合った。


「まあいいや、じゃあ俺は待ってるから」

「ああ約束だ」

そうして、韶寄は後ろを向いて去っていく。


風鍔の麒麟児。

風鍔かぜつば 刀太とうたは静かに韶寄の背中を見送る。


***


風鍔との国内戦が終わった週明けの放課後。

俺は響来に声をかけた。

今日一日響来が俺に話しかけてくる様子はなかった。

俺が話しかけるのは珍しい事でもないけど、割合的には響来が話しかけてくる事が多い。

俺は響来としていた約束がどうだったのか気になっていた。

「よう響来、どうだった俺の国内戦?」

「周一か、ちょっと外で話さないか?」

響来は元気そうには見えない。

帰り支度をして以前と同じように校庭の隅に移動する。

そして俺達は二人だけで話を始めた。

「元気なさそうだけど、どうした?」

「実はな兄貴が魔術師を辞めた」

「え!?、本当に?」

驚きが隠せない。まだ魔術師になったばかりなのにもう魔術師を辞めるなんていくら何でも決断が早すぎる。俺はまた戦うのが楽しみでもあったのに。

「兄貴は国内戦が最初で最後と決めていたみたい。だからここまで頑張れたとも言ってた」

「そうか、残念だ」

「本人は満足そうだったけどな。それで俺も決めることにした。周りから何を言われても絶対に譲らないこと、そして俺が大切にしたいこと」

「何にしたんだ?」

響来はまっすぐな目で俺を見つめる。

「俺、展示会に出て魔宝師になる」

「……」

普段なら冗談だろと言って笑うところだが、笑わない。

「笑わないんだな」

「ああ、俺も魔宝師になる」

俺も同じ目標を持っている。笑わない。俺も自分の目標や夢が笑われるのはあまりいい気分じゃない。無謀な夢や愚かな行為は笑われるのは知っている。でも俺がそのことを笑ってしまったら自分の目標を笑っているように思えて笑えなかった。

「嬉しいぜ周一。今は周一の方が展示会に近いのは知っている。でも、いつか俺はお前を超えて行くぜ」

「いいぜ、早く俺を超えてくれ」

「まじで?」

響来が求める回答は違ったようだ。

その驚きは表情を見なくても声だけで分かった。

「俺より強くなった響来を倒して、俺が強いと証明する」

「周一は自分の評価について興味ないのに、意外と強さにはうるさそうだな」

「魔術で負けるのは嫌いだ」

「今は俺もだ」

そういって、俺達は笑い合った。

「そろそろ帰ろう、寒くなってきた」

「そうだな、帰ろう」


俺の提案に響来も同意する。

さっきまで明るかった空はいつの間にか日も落ちて暗くなっていた。

俺達は二人で"寒い寒い"と言いながらいつもの帰り道を歩いて行った。


翡翠の刃、終わり。

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