9


豪華な紅いドレスを着た赤華音は、ふうと息を吐く。

赤華音の周りに、黄色い袴を着た年寄の男性と、蒼い落ち着いたドレスを着た若い女性。

赤華音は二人にお礼の言葉を掛ける。

「ありがとうございます。危うく、一人の魔術師が死ぬところでした」

「よい、強い者が弱者に気を使うことはない

 だが、ここで死ぬにはあまりにも惜しい者だった

 それに力を貸したまでじゃ」

「剛牙もよくやりましたが、輪洞くんに格の違いを見せつけられました

 お二人に気遣いをさせてしまい申し訳ございません」

若い女性は申し訳なさそうに口にした。


「何言ってんの、大丈夫よ、むしろ助かったわ」

「気にすることではない、流石の魔術じゃった」

赤華音と年寄の男性の男性は若い女性を気遣う。

「ありがとうございます」

その女性は恐縮した面持ちで、返事をする。


競技場には二人の少年が倒れている。

血塗れの一人の少年。

右腕は何とかつながっている。

右の腹部には赤い血に隠れ、薄っすらと白い骨が見えている。

周囲には血だまり。

重症の傷を負っている。


対照的にもう一人の少年には傷がない。

うっすら白く輝いている。

周りには、青い氷がばらばらに散らばっている。

少年の前には、巨大な青い氷の鏡。

黒い竜の形をした石がとぐろを巻いて、少年を守るように囲っていた。


そして二人の少年の傷を治すべく、競技場に待機していた魔術師が一気に駆け寄る。


どちらか勝者なのか見ている者達には分からない。

しかし、三人の認識は一致している。

勝者は、血だまりに倒れている少年。

今回の結果をどうするのか、赤華音は悩んでいた。

この結果を見た感じでは、判断はつけにくい。

勝敗を決する判断を変えればどちらも勝ちに値する。

堅狼の息子が周一を引き裂いた瞬間で終わりの判断をすれば、周一の負け。

その後の結果をみれば周一の勝ち。

学生最強を決める戦いで、勝敗を決めないのは色々文句を言われるだろうが、今回は見送りましょう。


赤華音がこの戦いの勝敗の判断を宣言した。

その結果を聞いて場内は騒然となる。

最強を決める戦いは"引き分け"に終わった。


***


剛牙は担架で競技場の控室に運ばれた後、すぐに目を覚ました。

横には、蒼い落ち着いたドレスを着た若い女性がいる。

剛牙はその女性に向けて話しを始めた。

「雪姉、負けちまった

 俺は最強になれなかった」

どこか寂しい口調だが、表情に悔しさそのものは出ていない。

「そうね、負けたね

 一応引き分けっていう扱いだけど、今回は剛牙の勝ちでもあり、負けよ」

「そうだな、負けた

 だが、今回の戦いは楽しかった

 俺の最強を見つけることも出来たし、俺が求める最強を見つけた

 あいつはいい、最強の名に恥じない最強だ

 学生とかそういうのは関係ない、あいつだけにしかない最強を持っていやがる」

剛牙は嬉しそうに話す。

「輪洞くんよね」

「そうだ、周一だ

 名前も顔も魔術も覚えた、俺が求める最強をあいつは持っている

 絶対だ、絶対手に入れてやる」

悔しそうな様子はない、ただ嬉しそうだった。

雪姉と呼ばれた女性もその様子を嬉しそうに見つめている。


***


俺は目を覚ますと、知らない白い天井が目に入った。

どうやらここは病院のようだ。

部屋の明かりはついていない。

無機質な匂いがする。

俺が寝ているベッドには、華燐が腕に顔をうずめて寝ている。

ちらっと横顔をみると、その寝顔からは疲れが見える。

すやすや寝息が聞こえる。


部屋のドアががらがらと開く音がした。

ドアの方を見ると、志津河が立っている。

志津河が部屋の明かりを付けた。

「よかった、目が覚めたのね」

俺の様子をみた瞬間、安堵した表情をする。

声を出そうと力を入れた瞬間、腹部がひどく痛み、連動して右腕も痛み出す。

その痛みを我慢するが、眉間に力がはいる。

「大丈夫?」

「いや、痛い」

俺は華燐を起こさないよう静かな声で、素直に痛みの感想を述べる。

「そんなこと言えるってことは大丈夫ね」

「ああ、あの後どうなった?」

「勝敗はつかなかった、引き分けよ」

「引き分けなんてあるんだな」

色高戦をよく知らない俺はそれを口にしていた。

戦いにおいて引き分けというのがあるのかいささか疑問ではあるが、色高戦にはその様な結果もあるだろう。

「明確にはされてないけど、そういう場合もあるみたい」

「そうか」

あの一戦を振り返ると、俺は剛牙こうがという魔術師になすすべもなく負けたに等しい。

最後に何かを求めて魔術を使ったような感覚があるがそれ以降の事をよく覚えていない。

引き分けっていうことはそのあと俺が何かしたのだろう、堅狼の時と同じで思い出そうとしても思い出せない。

戦っている時は気にならなったが、剛牙が言う最強が今になって気になった。

あの魔術を見た時、剛牙の最強は孤独で寂しものだった。

あの灰色の世界では匂いは何もなかった。

酷く無機質な世界だった。

だがあの匂いを俺は知っている。

何もない匂い、そう孤独の匂いだ。

剛牙は孤独が最強、そして最強は孤独と形容していた。

あれを最強と呼べるのか分からない、だが最強を前にして俺は何も出来なかった。

俺の持つ最強というのは、どんな最強なのだろうか、深く考えたたことがないから答えは出ない。

俺はその最強が気になって志津河に質問をした。

「最強ってなんだろう?」

志津河はうーんと言いながら、難しい顔で悩みながら返事をした。

「魔術が強ければ最強?、それとも魔術以外が強ければ最強?」

志津河の質問にすぐに答えられなかった。

魔術が強い者が最強、そう言うのは簡単だ。

でも最強を魔術だけに一括りするのは、違う気がする。

きっと他にも最強の何かがあって欲しいと思う。

俺はどっちつかずの答えを出した。

「どっちも最強だな」

「そうだね、周一にも最強が見つかるといいね」

うんと頷いた。

師匠の所に戻りたいというのは変わらない。

だだ、少し寄り道をしてみようかなと思った。

"最強"ただこの二文字がなぜか頭から離れない。

確かめなければいけない、俺が持つ最強が何なのか、そして最強とは一体何なのか。

今、俺が持っていて欲しい最強はある。

俺が持つ最強が剛牙と同じ孤独ではないと信じたい。

誰かとお互いに支え合ったその先に、最強が待っていて欲しいと願っている。


最強を見つければ、俺は強くなれるのだろうか、

最強は俺を輝かせてくれるのだろうか、

最強になれば師匠の所に戻れるだろうか、それよりも先に最強になってしまうのだろうか、先のことは分からない。

国内戦や魔術を通じて、最強を探してみようとそう思った。


うーんと言いながら、華燐は起きた。

俺を見て心配そうな表情をする。

「あれ、周一起きたのね、大丈夫?」

「うん、大丈夫」

志津河の時とは違い、強がった。


「周一のお姫様が起きたみたいね

 大丈夫そうな様子が見れてよかった、二人の邪魔すると悪いから後はゆっくり

 じゃあね」

志津河はいたずらする子供のような顔で、部屋を出て行った。

「変な事言うな。じゃあな」

俺は少し呆れた顔で志津河を見送る。

華燐はその言葉に対して、特に気にしていない様子だった。


「周一、惜しかったね。今回は引き分けだって」

「負けてないだけよかった」

「ほんとそうね。あんなボロボロになってもよく立ち上がったわ

 何でそうまでして立ち上がったの?、最後の魔術は何をしたの?」

華燐は特に最後の魔術について、気になっている様だ。

「立ち上がったのは単純に負けたくなかった

 最後の魔術は俺もよく覚えてない

 覚えているのは、何故か強さと輝きを求めた、そして目の前にある光の道を歩いた

 その後の事は何をしたか覚えていない」

「そうなんだ、魔術に対しての拘りは凄いから納得

 その後の周一だけど、何か模様のある円が足元に浮かび上がって魔術を展開していた

 圧倒的だったわ、誰も何も寄せ付けない輝きだった

 周一が手も足も出なかった相手を一瞬で輝きが飲み込んだ

 本当に圧倒的だった」

よっぽどすごかったのだろう、華燐はその時の事を思い出し興奮していた。

「全然覚えてない。俺の魔術どんな形してた?」

気になったのは形。

「円だったよ、でもその中に模様があった、詳しくは覚えてないけど」

「模様?」

「うん、綺麗な模様。たくさんの円で出来てた」

俺が円に模様、ありえないことだが、それをしていたらしい。

よく思い出せないけど、そこまでする必要があることは分かった。

「ありがとう」

「寝てた時は、内心かなり焦ったけど、まだ大丈夫そう

 今、二人だから言うね」

そう言って何か深刻そうな話を始めた。

「母に本人だから伝えてあげてって言われた事

 私はまだ研魔も世界の一部を見ることも出来ない

 周一達がやったことは、魔術師であってもほとんど知らない、ごく一部の魔術師が知る真実

 世界を視ることで、使うことが出来る一つの真実、"世界魔宝"」

聞きなれない言葉だった。

"世界魔宝"、聞いたことも、見たこともない単語。

分かるのは魔宝の部分のみ。

華燐は話を続ける。

「聞いたことないよね、私も今日初めて知った。この世界の持つ仕組みも。どんなに才能ある魔術師でも、資格がなければ、その魔術が引き起こす事実しか見えないんだって。あまりにも使える人、視える人が少ないから教書書や本にものらない。唯一この四名家って言われる私の一族みたいな人たちが忘れないように、代々引き継いている。この世界にはね、魔術と呼ばれる宝が眠っているんだって。周一は、その宝物知ってる?」


俺はその言葉を聞いて、何かがカチリとはまった。

「うん、その宝物、俺は知ってる」

「よかった、知ってるのね」

何がよかったのか、分からない、だが華燐は安心したようだ。

「これに何か意味があるのか?」

「うん、これで引き継がれる、そして伝えられる

 私にはまだ全部の資格がないから、"世界魔宝せかいまほう"に関すること全て今日中に忘れちゃう、綺麗さっぱり

 でも伝えることだけはなぜか許可されてるわ

 そのせいで母が周一に直接この事を喋れないって言うのもあるんだけどね

 "世界の一端に触れる"っていうおかしな言葉に違和感もったでしょ」

華燐はそう言っておかしく笑った。


「本に書いたり出来ないのか?」

「うん、書こうとしてなぜか書けないんだって、言葉で話すことしか許可されていないみたい

 他の家にも多分同じような手順があるんだと思う、詳しくは知らないわ

 じゃあ、この世界の事話すね」


衝撃の事実だった。

世界という真実を知った。

次の世代へ語り継ぐかどうかは俺まかせらしい。

そもそも語り継げるか不明ではあるが。


誰が最初に見つけたか分からない。

この世界の奥底には宝が眠っている。

色々な形をした魔術らしい。

偉大な魔術師達が編み出していった魔術を世界が独自に解釈し、取り込んでそれを宝として形に留めた。

長い長い歴史によって、その魔術は最適いや絶対的なものにまで進化し、そして宝物へと変貌する。

人がその宝を視た瞬間、独自の解釈と世界が従える絶対的な法則を持つ魔術が構築される。

物理的、魔力的法則はそこにはない。

魔宝という真実だけ。

真実だけがその魔術に込められている。

資格がない者はその魔術を視ることも触ることも出来ない。

分かるのは現象として起こった結果のみ。

そして、世界魔宝という言葉を理解することも、覚えることも出来ない。

どうやって資格を得るのかは不明で、宝物への手順も自身で見つけるしかない。

研魔した魔力の形と、宝物の形が一致するときに、手順が自然と分かるように言い伝えられている。

研魔した魔力の形は本に書き記すことが出来るため、その本は各色が付く一族が厳重に保管しているとのこと。

各色の強化魔術が目指す真実は、世界の奥底に眠っている。

火鉢の研魔はやがて、この世界で"滅却"と呼ばれる世界魔宝を呼び起こすための形だった。


話は進み俺の世界魔宝に関する注意を受けた。

俺の場合はどうやら、色々手順を飛び飛びで行っているせいで、周りに影響を与えてしまうらしい。

さらに相性が良いせいで、世界の奥底にある宝物自体を現実に出現させてしまう。

日常の魔術に影響を及ぼす可能性があるので、なるべく国内戦や展示会のような別の世界で戦う使うようにすることを言われた。


どうしても使うときは来ると思う、ということで華燐からある物を渡された。

「必ず外に出る時はこれを付けて

 火鉢が魔術を扱うことを許可した者にしか渡さない特別なもの」

手に取るとそれは校章のように小さく、赤い鉢の形をしたバッジだった。

「早速付けたけど、これの機能は何なんだ?」

「魔力を五秒間流し続けると、火鉢に所属する魔術師全員に知らせが飛ぶ

 あなたが魔術を使うときは必ずこれにも流して

 周一のは特別仕様、周一だと必ず分かるようになってる

 焼け石に水だけど、それでも周一の侵食する魔術を遅らせることは出来るから」

「わかった」

そうして、華燐は立ち上がって部屋を出て行こうとする。

「私の今日の役目も終わったしそろそろ帰るわ

 じゃあね、お大事に」

「うん、じゃあね」

華燐は部屋の明かりを消して、部屋を出て行った。

夜の静寂が、俺の部屋を包み込む。


俺はこの世界の真実を知り、引き継いだ。

最強の称号と呼ばれる魔宝師の由来。

それは、世界魔宝を扱う魔術師の事だとこの瞬間、俺は知った。


師匠の所に戻りたい、その目的で始めたことだった。

魔術師になれた。

国内戦に参加して堅狼に勝った。

でも、師匠からは特に直接連絡は来ない。

今日参加した国内戦で何か変な真実を聞かされた。

いや語り継がされた。

寄り道してもいいやと思ったのはついさっきだ。

最強を探そうと思ったのも束の間、真実を知った。

俺は既に最強を知っているのか?、持っているのか?、そういう疑問であふれる。

魔宝が使えることは最強なのかとそう思ってしまう。

本当にそれが最強なのか分からない。

師匠の所に戻るためと思ってやっていたはずなのに、このまま戻れないような気がした。

それよりも、師匠の手伝いは出来ないかもしれない、むしろ戦うことになるかもしれない。

だだの寄り道が、今後とんでもない寄り道になりそうな気がしてならない。

まるで魔術のようだ。

循環で始まり、循環で終わる。

もしかしたら、俺の高校生活はそんな魔術のような生活なのかもしれない。

なら俺も導かれるようにそこを目指そう。

これらを踏まえた結果だ。

俺も展示会を目指して、魔宝師になってやる。


黄色く透明な柱と雪の肌、終わり。

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