翡翠の刃
1
新人戦が終わった10月末。
日中はまだ夏の暑さが残るが、日が沈むと少し肌寒くなる。
そんな秋が近づく季節。
学校の放課後、俺は珍しく、響来と二人になった。
制服を着崩した、ちゃらそうな見た目の男。
いつものメンバーで普段は集まるのだが、今日は違う。
二人きりで、校庭の隅にいる。
空は晴れていて、まだ青い。
響来の顔を伺うと、様子が違う。
元気がない、心ここにあらずそんな感じだ。
そんな響来が力の無い声で話、始めた。
「俺さあ、年の離れた兄がいるんだ。
俺の兄貴はさあ、魔術の高校卒業していない、一般人なんだよ。
そんで、今年になってようやく、一般枠で魔術師になったんだ」
「すごいじゃないか、一般から取るのは相当難しいのに。
よく所属先を見つけられたじゃないか」
色の付く高校の卒業以外で、一応魔術の資格をとる事は可能だが敷居が高すぎる。
所属先の魔術師から推薦を受けて、試験に合格すること。
簡単そうに聞こえるが、魔術師ではない者が何処かに所属すること自体が極めて異例だ。
「おじさんのところで、長い間見習いとして所属してたんだ」
「そうなんだ」
「でさ、兄貴には夢があるんだ。
国内戦に出場すること」
「うん」
「家族にも周りにも、出るなって反対されてた。
それでも、兄貴は頑なに出場させてくれって頼み込んでた。
まるで子供の我儘のように見えた。
そしたら、おじさんが根負けして兄貴は国内戦に出場することになった。
来月にある
今日はいつになく、真剣な表情。
何かを訴えかけるように、俺に質問をする。
「その様子を見てさ、俺迷ってるんだ。
周りが正しいのか、自分が正しいのか、どっちなんだろうって。
まだ、俺がその立場になったこともないのにやがて訪れるであろう、その瞬間に尻込みしてる。
俺はどっちを選んでいいのか、信じていいのか分からない。
なんだか怖いんだ、信じていたものに突然裏切られるような気がしてさ。
周一はさあ、どっちが正しいと思う?」
響来は怯えている、いつもとは違う光景に少しだけ戸惑う。
そして、難しい質問だ。
立場も境遇も違う、俺には全部を理解することは難しい。
だが、俺にだって揺るがない物くらいある。
「俺にもあった。
魔力素の評価を知っているかもしれないが、俺は普通に魔術を使えない。
俺は魔術の輝きが欲しかった。
必死になって、長い間その輝きを追い求めた。
響来の兄さんと違うところは、俺は沢山の人から支えてもらった。
無理だと言わずに、助けてもらって、今俺はここにいる」
「周一の輝きは見つかったのか?」
遠慮した様子で聞いてくる。
「ああ、色々な人達おかげで見つかった。
特に師匠には感謝してる。
別に魔術師になるために、見つけたんじゃない。
俺はいつだって輝きを追い求めている。
魔術にだけ言えば、周りの声も聞かずに、俺が正しいと思った事しかやっていない。
そして輝きは、俺を裏切らなかった」
「周一は成し遂げたんだな」
「まだ、何も成し遂げていない。師匠の所に戻ること、輝くこと。俺がやりたいことは何も出来ていない」
そう言って俺は笑った。
「周一、お前大物だわ。
堅狼を倒した事、この前の色校戦もそれに含まれないのかよ」
とツッコミを入れて、続けた。
「でも、そうだよな。
俺には何かまだ分からないけど、曲げちゃいけない信念ってあるよな。
俺は兄貴を通して見て見たい、兄貴が国内戦に出ること自体間違っていないことを。
そして俺は信じたい、自分の持つ信念が正しい事を。
だがら周一頼む、兄貴と戦ってくれ」
響来からは何処か希望を感じる。
男なら、言葉で話し合うより、見た方が早い時もあるよな。
「いいぜ、よく見てろよ。
響来の兄さんと俺が戦う姿を。
そして感じろよ、俺の輝きを」
今ここでは言わない。
響来と直接戦いで語り合うことは出来ない。
まだ、響来の準備が出来ていない。
だが、いつかきっと、響来の信念と語り合う時を心待ちにしている。
「おう、頼んだぜ」
「おう、頼まれた」
そうして、響来の頼まれごとを俺は聞いた。
今回は、俺のためでなく同級生のために戦うと心に決めた。
***
俺達を呼ぶ、結媄の声が聞こえる
「おーい、二人とも、秘密のお話は終わった?」
峡、結媄、志津河、華燐が集まっている。
俺が最初に立ち上がって、その後に響来が立ち上がる。
「終わった」
俺が先に向かって、
「今、行く」
響来が俺の後をついてくる。
俺達が皆のいる集団に混ざると、
結媄は気になるのか、響来に質問攻めをする。
「何話してたの気になるじゃん、教えて」
「嫌だ、教えない」
響来は恥ずかしそうに答えた。
結媄の好奇心が収まらない。
今度は俺に聞いてくる。
「周一くん、二人で何話してたの?」
「頼みごとを聞いてた」
「何頼まれたの?」
「それはまた今度な」
と言って俺は答えを先延ばしにした
「えー、二人共ケチ」
そんなやり取りを聞いていた峡も気になったらしい。
「あの暑苦しいやつが、周一に頼み事!? ありえん。周一教えろ」
「すまん、峡、また今度な」
峡は仲間外れかよと言って、悲しい顔をする。
結媄、志津河、華燐はその様子を見て、可哀そうと三人が同時に言う。
そんなこんなでにぎやかな会話が始まる。
いつの間にか空は橙色になっていた。
俺達の映る影は、夕日によって長く伸びている。
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