7

華燐と叶深かなみの戦いが終わった。

そんな二人に拍手が送られる。

戦いによって荒れた地面を魔術師が次の戦いのため、綺麗に整備する。


俺は控室ではなく、競技場の入場口の手前で待機していた。

次の戦いの準備l中、華燐が俺の所にやって来る。

「おめでとう、勝ったな」

「ありがとう、次は周一の番」

そう言って、拳を俺の前に向けてきた。

俺は拳を当てる。

「じゃあ、また後で」

華燐はすぐにその場から立ち去って、自身の控室に戻っていった。

さっきの戦いは華燐が勝った。

今回は上手く勝てたが、油断は出来ない。

そう思った。

対戦相手の土鏐つちこがね 叶深かなみ の事は良く知らない。

だが俺と似ている。

環境は違えど、たどってきた険しい道が俺には見えた。

確実に研魔をしている。

卓越した磨かれた技は誰の目にも映らない。

だが、彼女からはなぜか見えた。

自身の魔力を強く打つ姿が。

戦う機会があれば、戦って見たい。

俺はそんな期待を戦いの前に抱いていた。


人が来る気配を感じた。

後ろを振り向くと、俺よりも少し背の高い、深く蒼い髪をした、目つきの悪い男がいた。

堅狼の息子、氷銅ひょうどう 剛牙こうががいる。

鋭い瞳で俺を見つめる。

「おめえが、輪洞か」

「はい」

「敬語はいらねえ、剛牙だ

 俺は今も信じられねえ、あの親父が負けたことにだ

 お前は本当に親父を倒したのか?」

「倒した」

俺は真剣にその言葉を相手に伝える。

「いまだに目の前で起きたことが信じれねえ、あの親父を倒して俺は最強になりたかった

 だが、輪洞お前が、先にそれを実現しちまった

 無敗の堅狼はもういねえ、俺の目標は消えた」

「――」

俺は無言でその言葉を聞いている。

剛牙は俺との距離を縮めて、俺を睨みつけてくる。

目の前にするとその体は、見た目より大きく感じた。

「俺はなあ、最強になりてえんだ

 お前から覇気は感じねえ、つええ奴ってのはそれ相応にして持ち合わせている

 そんな弱そうなお前が持っているものが今は欲しくて欲しくてたまらない

 俺が持っていない、最強をお前は持っている

 俺は俺が信じる最強が欲しい

 学生最強の名なんざ興味ねえ、俺はお前を倒して最強になる」

宣戦布告。

俺が持っている最強?

俺はそんなものは持ち合わせていない。

俺が持っているのは、事実だけ。

「お前の最強を俺は知らない

 俺が持っているのは堅狼を倒した事実、それがこの俺を強者として語ってくれる

 お前は知っているのか、最強が何かを?」

相手は意外とあっさりしていた。

「さあな、だが知りたい、最強が何かを

 俺に教えてくれ、最強が何かを

 教えてくれ俺に最強をなあああ!!!」

そう叫んだ瞬間、相手は魔術を展開する。

剛牙の体が青く輝き出した。

まだ試合も開始もしていなければ、ここは入場口。

相手は俺を煽ってくるが、思考は冷静に働いた。

俺も魔術を展開する。

右腕と右脚を巻くように光の輪が出来る。

「急ぐな、すぐに戦える」


周りにいる魔術師達から「よしなさい」と注意を受ける。

そんな魔術師達も魔術を展開していた。


相手は展開していた魔術を解除する。

「これで終わったら、つまらねえもんな

 見たぜその奥底に眠る闘争心を」

俺もその言葉を聞いて闘争心をむき出しにする。

「来いよ、弱いやつほどよく咆える

 俺が見せてやるよ、事実を」

「そうだな、強者は多くを語らない

 いつだって弱者がそれを語ってくれる

 お前を倒して俺が最強になる」

そう言って笑いながら、俺から離れて行く。


戦う準備はいつでも出来てる。

あとは剛牙、お前を倒すだけだ。



***


競技場の整備が終わった。

周一と剛牙が向かい合う。

お互い、真剣な表情をしている。

戦う前みたいに剛牙はふざけてはいない。

鋭い目つきで周一を捉えている。

対して周一は剛牙を注意深く見ている

どんな魔術でも一撃必殺はありえる、些細な動きも逃さないように見つめている。

一戦目とは違い二人の緊張感を感じる。

その緊張感を感じたからか、観客席にいる人たちも静かに二人を見ていた。


学生最強を決める戦いが始まろうとしてる。

そして、それは、静かに始まる。


お互い高速で魔術を展開する。

周一の右手、右足にはいつもの光の輪。

剛牙の体は大きくなる。

見た目は、とても白い、薄く青い毛並み、強靭な肉体。

肌は雪のように白く、雪のような柔らかそうな毛を身に付けていた。

堅狼の後を追う、蒼白の狼が周一に立ち向かう。


その様子を見た周一は自分がすべき事を行う。

時間をかけて戦うのはもちろん、最大威力の魔術を的確に展開することを意識していた。

これで沈めばそこまでの魔術師、勝負は一瞬だ。

俺に見せてくれ、お前の輝きを。


周一は、相手のタイミングを見てその場で足を二回踏み、手を振るう。

三発の魔術が展開された。

一撃必殺の威力にもなりうる強力な魔術。

目には見えにくい、薄い光の円が、波紋のように広がっていく。

蒼白の狼は魔術が放たれたことに気が付いていない。

その動作は完全とまではいえないが、ほぼ一致した動きになる。

走る地面を踏む動作、周一が足を踏む動作。

そして、足が円に触れる。

周一の魔術が認識してそれを実行する。

周囲に圧倒的な力が生まれ、相手を地面に押し付ける。

足は地面に沼のように沈み込む。

蒼白の狼はたまらず、地面に手をつく。

その表情は苦悶に満ちていた。

この場で留まっていては、押しつぶされてしまう。

たまらず、後ろに下がった。

しかし、周一の魔術はそれを許さない。

次は手の動作がたまたま一致してしまった。

横から高速で回転する透明な球体に殴りつけられたような強い衝撃が、蒼白の狼を襲う。

激しく地面を転がった。

周一の最初の挨拶が終わる。

蒼白の狼は体勢を立て直し、もう一度、周一に向かう。

向かうさなか、剛牙は自身の身に何が起きたのか頭で全て理解は出来ていない。

理解できたのは、あれが魔術によって引き起こされた事。


出し惜しみしたことを剛牙は悔やんでいる。

くそ、まともに受けちまった。

魔力の色と輝きがほとんど見えねえ、それでいて威力は絶大。

魔力の強度が数字以上の化け物だ、あんな色の薄さと輝きでこの破壊力を実行できるのかと思うほどだ。

普通こんなの自身の魔術でなければ再現は不可能。

だが、あいつにはまだ、が見えていない。

国内戦の映像を見まくったが、魔術については謎が多い。

円環これがキーワードだ、何とかして魔術の正体を暴いておきたい。

全力を引き出せずに負けるのは話にならない。

まずは、その魔術を攻略する。


――押し固めろ、白雪狼しらゆきおおかみ


剛牙の体が白く輝く。

その輝きは自信を包み込み、変化していく。

体毛に雪が降り積もっていく。

隙間を埋め、新たな白い狼に変身する。

一回り大きくなった白い雪の狼。

それは、雪肌せっきのような美しい肌にも見える。

水鋏すいきょうを代表する白い雪の肌が再現されていた。


また、姿が変わった。

周一は相手がこの見た目に変わったことにより、本気になったと確信した。

俺の研魔はまだ磨き始め。

完成には時間がかかる。

何としても短期決戦だけは避けなければ、俺に勝ちはない。

俺の魔術が足止めになるか分からない。

あの見た目、堅狼とは違って水鋏の伝統的な魔術に寄せた強力な魔術。

雪肌――その白い雪の肌は、どんなことをしても汚れない防御に特化した魔術

大きい見た目のせいで、少し動きが鈍くなったか?

気のせいかもしれない、まずはやるべきことをやろう。


周一は、大きく後ろに飛び下がりながら、安全な距離を保ちつつ、魔術を放った。

その度に、手から、足からは円が広がる。

白い狼の足が円に当たる。

強大な力が、白い狼に加わった瞬間、白い雪が当たりに飛んだ。

その衝撃によって雪が飛び散るが、その雪が瞬間的に固まり、威力を一気に殺す。

立ち止まりはするが、体勢は崩れない。

そして再び周一に向かって走り出す。


周一は、白い雪が飛び散るのをよく観察していた。

あの雪が俺の魔術の威力を殺した。

相性は良くない。

華燐が粉塵を出すように、それと同じような事をしている。

恐らく、感が良ければもう気づいている。

出来るだけ近づかれないように立ち回るしかない。

そして、雪が飛び散ったあと、戻るのに少しだけ時間が空く。

剥がした部分を徹底的に攻めるしかない。

焦らずに準備するしかない。

俺は魔力を十本に分けると同時に魔術を連続して放つ。


この戦いも暫くたち中盤に移り変わる。

剛牙は周一の魔術がどんなものなのか大方把握していた。

やっと魔術の仕組みが分かってきた。

目を凝らさないと分からない、薄い光の円。

なるほど、円環の魔術師とはそういう事か。

右手、右足に巻かれている光の輪から、円が波紋のように広がってくる。

それにタイミングよく当たると、魔術の破壊力が抜群に上がる。

タイミングをずらせばそこまでの威力じゃない、離れていれば離れているほど避けやすい。

だが近づくとタイミングが合いやがる、そこで一瞬どうしても止まる。

しかも、足が地面に沈み込むせいで、動作が遅れる。

そしてまた距離が離れる。

くそ、雪を纏うせいで動きも鈍くなる。

防御面で雪は非常に役立つ。

あるとないとでは受けるダメージが違う。

あいつは器用に雪が薄いところをピンポイントで狙ってくる。

暫くたったから、あいつもこの速度に慣れてきだろう。

この隙が通じるか分からないが、それを狙う。


白い狼は再び周一に向け走り出す。

周一は再度魔術を展開する。

白い狼は、タイミングをずらしてそれを回避する。

周一はそれを予想したような軌道の魔術もあるが雪によって阻まれる。

そして、白い狼はわざと、多く雪を飛ばした。

白い狼は止まらない。

少しだけ、進む速度に変化が生まれる、周一はまだその速度の違いに気づいていなかった。

見た目は変わらない、だが変化は確かに存在した。

白い狼自身にしか分からない違い。

それは、体毛に含む雪の密度を減らしていた。

威力が最小限となるように必要な雪の量を密かに微調整していた。

自分の間合いに引き寄せる。

その瞬間はやって来る、必要な過程だった。

白い狼は一気に距離を縮める。

ある一定の速度に慣れていた周一は反応できない。

突如として雪を振りほどき、一瞬で周一に近づく。


白く青い体毛に覆われた、強靭な右腕が、周一を襲う。

――捕まえた

爪が腹部に当たる。

指を周一の体に食い込ませ、体を引き裂くように腕を振る。

その勢いのまま、周一を後ろに吹き飛ばした。

だが周一に触れた瞬間、違和感を感じた。

確かに引き裂いた、だがあいつ自身じゃない。


立ち上がった周一を目にして、期待した結果は得られなかった。


剛牙の希望が打ち砕かれた瞬間。

……ちくしょう、何て強化魔術を施してやがる、

俺の強化魔術じゃ足りない。

何か足りない、何かが足りない。

考えろ。


剛牙は自問自答する。

最強だ、最強を目指すんだ。

そもそも、最強ってなんだ?

あいつの前では、俺が持つ力は霞んで見える。

あいつはまだ本気を出していねえ。

ははは、これが最強か。

そうか、これがあいつの言うか。


目の前にいるのが、俺にとっての最強。

最強は今この手の届くところにある。

なら、答えは単純な方がいい、目の前の最強を倒す。

俺の中にある最強を作り出すしかない。

俺が最強である世界、そして俺が認めた最強しかいない世界。

何時だって最強は孤独だ、そうだろう、周一。


突如、俺の中で、何かが磨き終わった音がした。

それはすぐに完成する。

今までずっと出来なかった形が、一瞬で出来上がった。

俺の魔力の素が強く輝き出した。

研魔を終え、サファイアのように青く美しい世界が俺の中に広がる。

俺の知らない最強だ。

俺にもあるじゃねえか、


剛牙が青く輝き出す。

その空間は暗く灰色に染められた。

競技場の地面は雪で覆われ、雪がしんしんと降り積もる。

灰色の世界に、その白い雪はとても目立つ。

静かな空間だった、観客席の声は聞こえない。

いや、灰色になっている。


色があるのは二人だけ。

この世界の主役は二人しかいない。


輪洞りんどう 周一しゅういち氷銅ひょうどう 剛牙こうがだけ。


そんな、剛牙は周一に向かって叫ぶ。


「いつだって最強は孤独だ

 そうだろう?、それなら世界は俺達二人だけでいい

 最強と最強が戦う場に、脇役はいらない

 俺達の戦う場所は整った」

そして、剛牙は深く息を吸い、その一言を絞り出す。

「俺を最強にさせてくれよ、周一!!!」


周一の目の前には、白い雪の狼がそびえ立っていた。

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