6

開会式が終わった控室。

新人戦と違って今回は一人一人部屋が当てられてる。

一試合目が始まるまで後、30分。

俺は華燐がいる部屋に向かった。

開会式前はあまり言葉を交わせなかった。


部屋のドアを二回たたく。

撥さんがドアを開けた。

「よう、周一か」

「華燐の様子はどうですか?」

「とても集中している、挨拶するか?」

「はい、挨拶したらすぐに出ます」


部屋の中に入った。

華燐は目を瞑って集中していた。

俺が部屋に入ったのに気が付いたらしく、その瞬間目を開けた。

「邪魔して悪いな」

「いいの、どうしたの?」

「華燐の様子を見に来たのと、おまじないを掛けに来た、手間は取らせない」

余計なことかもしれない、俺が今華燐に出来ることをする。

俺は出来ることしか出来ない。

華燐に近づいて俺は握り拳を前に出す。

「華燐も拳を前に突き出して、合わせて」

華燐は不思議そうな表情をする。

華燐の握りこぶしが俺の拳と合わさる。

「これ何?」

「言ったろ、おまじない。全力で挑めよ」

勝つとか、負けるとか、勝敗に関係する言葉はここでは言わない。

俺の意識の問題。

勝った負けたを言うのは終わった後だ。

今この時はどうなるか分からない、その時後悔がないように選んで欲しい。

戦いでもあり、これは挑戦だ。

挑む側、挑まれる側どちらの側になるかは分からない。

どちらも挑戦、後悔しない挑戦をして欲しい。

華燐は真剣な表情でそれに答える。

「うん」

「邪魔した、また後で」

撥さんにも挨拶をして自分の控室に戻った。


***


競技場に戦う二人が現れる。

観客席からは沢山の声援が二人に送られる。


赤い髪を肩まで伸ばした、黒い瞳の女の子、火鉢ひばち 華燐かれん

黄色い髪が耳にかかっている、茶色い瞳の女の子、土鏐つちこがね 叶深かなみ

向かい合う二人の距離は十五メートル。


一回戦が始まった。

お互い強化魔術を展開する。


華燐は瞬時に自身の魔術を展開する。

脚に手を触れる。


華燐の瞳には黄色い髪の女の子。

様子見はしない。

ぶち抜く。

――いくよ、焔天脚えんてんきゃく


華燐の脚が真紅に輝く。

その脚からは、赤い粉塵が巻い上がる。

地面を溶かし、空間を焼き尽くすように燃える。

優雅な動作で一歩前に足を踏む。

対照的に炎が弾けるような、爆発的な音が生まれる。

体を屈め低い体勢で近づく。


高速で向かってくる華燐を見て、叶深かなみも魔術を展開する。

足元と肩当たりに一メートルの六角形の枠が左右に合計四個出現する。

色鮮やかな透明な黄色い枠、厚みはほとんどない。

その六角形の枠は地面と垂直に向いている。

叶深は冷静に右手を華燐に向ける。

右肩にある六角形の枠は華燐の目の前に移動する。


叶深に近づく中、華燐はその魔術を見て分析を始める。

相手の動作と連動して、あの黄色い枠が動く様子。

攻撃、防御なのか判断はつかない。

でも、どんな体勢になっても対応できる。

ギリギリまで近づく。


華燐は速度を緩めず、黄色い枠に向かって当たるギリギリまで距離を進める。

華燐はどんな状況でも反応できる自信があった。

周一との修行で手に入れたのは何も魔術の改良だけではない。

魔術の対処方法を自身で確立させている。

華燐は迷いなくつき進む。


避けなければ、黄色い枠ぶつかるギリギリの距離。

華燐は相手が魔術を発動する兆候を感覚的に感じ取った。

――来る

黄色い枠が反応する。

黄色い枠を基準にして、華燐に向かって、柱のように伸びた。

黄色く透明な柱が勢いよく放たれる。


だが、華燐は伸びることが事前に分かっていた。

今も華燐の周囲に舞っている、赤い粉塵が教えてくれる。

赤い粉塵はただ舞っているのではない、華燐が意図的に出している。

魔術の兆候をくみ取り華燐に知らせる第六の感覚として働く。

即座に脳を経由し、体が反応する。

抜群の戦闘センスから生まれる最適解。

体勢を崩さず、最短の手順で相手の魔術を避ける。


一瞬にして、黄色い枠の攻撃を躱した。

華燐に迷いはない。

自身が目指す圧倒的な力で相手をねじ伏せる。

その力を相手に向ける。

真紅に輝く右足を振り上げ、

――ぶち抜く

右足を体へ向けて振りぬいた。


叶深は華燐が自身の魔術を避けた瞬間、焦りを感じていた。

タイミングは合ってた。

避けれるはずはない直撃だった。

なんて、反応速度してるの。

簡単に避けて、近づいてきた。

まだ四つ同時に操るのは難しい。

出来れば、使った枠を自分の所に戻して防御に使いたい。

ここは難しいことはせずに簡単に対応しよう。


叶深の足元にある黄色い枠を動かす。

左足を動かして、防ぐ準備をする。

薄い黄色い板ではなく厚みのある壁になる。


華燐の蹴りを魔術で受けた。

発生する衝撃は壁によって感じない。


このまま攻撃に転じようとした時、叶深はある違和感を感じる。

相手が後ろに下がる気配がない。

そう思った瞬間、相手の脚がさらに赤く、熱く光り始めた。

防いでいる方に視線を一瞬向けた。

まずい、壁が溶けてきてる。

私の魔術がじゅくじゅくと熱によって溶ける嫌な音が聞こえる。

脳が危険だと瞬時に察する。

この場を動かないと、まずい。


叶深が距離を取るのと同時に華燐はその黄色い壁をぶち抜いていた。

黄色い壁は熱によって溶け、燃えている。


華燐は攻撃の手を緩めない。

また、瞬時に距離を詰める。


私の蹴りを一度防がれた。

火力を上げれば、突き抜けることが分かった。

瞬時にあそこまで火力を上げるのは難しいが、下手をすれば殺しかねない。

今は手堅く攻める。

驚異的な身体能力を使って、自分の魔術を磨き上げ距離を詰める。

同じように右足を相手の顔めがけて打ち抜く。


その蹴りを見た、叶深に恐怖の感情が芽生える。

直ぐ後ろにやって来るのは死の恐怖。

魔術だって人を殺すことのできる手段。

身近にある危険ほど慣れてしまって、感じなくなる。

そんな身近にある危険を、叶深は意識して感じていた。

蹴りはもう私に向けられている。


焦っちゃた駄目、下手な事したら本当に殺される。

さっき見た魔術の出来事を利用しよう。

恐怖という感情が逆に叶深を冷静にさせた。

ここは溶けるというのを利用して、相手の身動きを封じる。


叶深は足元にある黄色い枠を再度防御のために使う。

先ほどとは違う工夫が見られた。

黄色い枠を攻撃の時のように柱状に伸ばす。

華燐の脚は、その黄色い柱を溶かしていく、いや脚が柱に食い込んだ。

華燐もそれに気づいた様子だが、気づいたときには身動きが取れない。

自身の魔術を循環を用いて威力を高める。

脚が急速に赤く、赤く燃やす。

ようやく食い込んだ脚を柱から抜き出した瞬間、叶深も自身の魔術を放つ準備が終わっていた。


相手の脚が抜け出す前に、このチャンスを狙う。

私の使える枠は後、二個しかない。

二個なら自由自在に使える。

ここで一気に差をつける。

――かたどれ、四両角よんりょうかく


彼女は回り込むように、華燐めがけて走り出す。

その距離は三メートル。

彼女の手足が鮮黄色になる。

土鏐つちこがねを代表する、強化魔術が展開される。

四肢の強化魔術。

その圧倒的な魔術の強度に触れた者は四肢がちぎれ飛ぶという伝説すらある。

そう言わしめるほどの強化魔術が彼女の手足を包み込む。


私の魔術は強くない。

センスもなければ、才能もない。

私を支えてくれたのはおじいちゃんと、土鏐にいるみんな。

私が強くなると信じて見捨てないでくれた。

その人達のために、私は諦めない。

伝説とはかけ離れた魔術だけど、私は打ち続ける。


「はあああああ」

叶深は気合を入れた声を叫ぶ。

叶深の両脇には黄色い枠。

彼女が拳を華燐に向けて交互に連続して突き出した。


それと連動するように、両脇の黄色い枠から透明な柱が勢いよく射出される。


戻ると同時にその黄色い枠は位置を少し変え、再度柱を射出する。

二個しかないはずの黄色い枠だが、位置を変えることで、いくつもの黄色い枠が出現しているように錯覚する高速の連撃。

縦、横、斜めに移動して、広範囲に魔術を展開する。


流石に華燐もその様子を見て、避けれないと判断した。

顔を腕でかばった。

怒涛の黄色い連撃が、華燐を襲う。


華燐はその魔術を耐えていた。

腕に力が入らない。

腕が上がらなくなってきた。

倒れないように踏ん張っていたが、脚もきつい。

強化魔術を使っているからと言ってもきついものはきつい。

でも、あの修行のおかけで魔術に気を遣わずに、守る事に優先出来てる。

ほとんど意識しなくても、私の魔術も維持出来てる。

これは大きい。

こんなことを考える余裕すらある。


そして気づいた。

この連続して来る黄色い魔術に法則性がある。

連続して黄色い柱が私に飛んでくるけど、同時に飛んでくるのは

連続して出しているせいか、単調だわ。

四十八か所、全部見切ったわ。

もっと不規則にしないとね。

そろそろ腕も限界。

きっと距離を取れば、もっと分かりやすくなる。


怒涛の黄色い連撃が雨のように降りしきる中、華燐は一気に後退を始めた。

距離をみるみる離れしていく。

華燐は後ろに下がる中で、奇妙な技を披露していた。

飛んでくる黄色い柱に飛び乗りながら、後退している。

そしてその距離は三十メートル離れた時に、その変化は明らかだった。

黄色い柱同士の隙間がどんどん広くなっている。


叶深は距離を取る華燐を見て驚きの表情を浮かべていた。

私の柱に乗りながら、後退している。

なにその小技。

器用にもほどがあるでしょう。

うちの魔術をそんな風に対処するなんて。

思わず素が出る。

私が気づいていない何かがあるの?

これ以上距離を離されると魔術の構築と、柱が射出される時間に差が出る。

ほとんど気にならない速度にまで修行したつもりだけど、目の前の相手は恐らく気づいてる。

じゃないとこんなことが出来るなんて説明がつかない。

年下の子だけど間違いなく戦闘に関しては天才。

これ以上距離が離れるのはまずい。

私の腕もそろそろ限界。

この手を緩めるのはしたくないけど、休憩しながら、近づこう。

相手の隙が出来た時のために余力を残す。

叶深は離れてしまった距離を詰める。


華燐は腕で防がずに距離を保ちながら、軽快なステップで避けている。

先ほどとは明らかに勢いを無くした魔術。

これなら、飛んで撃った方が楽そうね。


華燐はあえて、柱を踏み台にして空中に飛んだ。

高く高く飛び、相手の柱が地面と垂直になるように。

上空から競技場を見下ろすと、少し小さく見える。


踏み台にして正解ね。

これなら相手は何も出来ない。

この魔術の欠点ね。

周一の魔術ってやっぱり厄介だわ。

あなたの魔術はそこまで複雑じゃない。

華燐は叶深の魔術と周一の魔術を比較していた。

叶深の魔術を初見で攻略した。

もう、これでお終い。

中々面白かったわ、あなたの魔術ぶち抜いてあげる。


空中にいる華燐は魔術の準備を始めた。

右脚を相手に向ける。

紅く光っている脚が少し大きくなり、先が矢のように尖った。

華燐は柔らかい体を使って、足先から腰までなぞるように右手を


――準備完了、射貫け、焔天脚えんてんきゃく


同時に手を離した。


華燐の脚先から、紅蓮に燃える、紅い矢が放たれる。

矢は、黄色い柱を次々と溶かし、ぶち抜いていく。


上空から地面に向け一本の赤い線が堕ちた。


華燐が周一との修行で手に入れた、遠距離の魔術。

脚を相手に向け、引くという動作が必要な分手間がかかるが、その威力は絶大。

紅い矢は魔術を射貫く最強の矛となる。

華燐が目指す、圧倒的な力がこの矢に宿されていた。


矢は地面へと突き刺さる。

瞬間、競技場内の地面が真っ赤に燃え上がり、爆発した。


観客席にも爆発の炎、振動に巻き込まれるが、観客席の前方には火鉢の魔術師。

観客席に被害が出ないように何人もの魔術師が強力な魔術で競技場を強化したり、魔術を展開して相殺する。

競技場内は煙に包み込まれた。


華燐は地面に戻る途中も警戒を怠らない。

だが、それは不要だと分かった。

叶深の事を見た瞬間、強化魔術が発動していない。

地面に倒れている姿を見た。

そして、煙が立ちこむ、競技場に着地した。


しばらくすると競技場内に立ちこむ煙が消えた。

矢が貫いた地面の周囲は、赤くドロドロに溶けている。


その矢が貫いた場所とは遠く離れた所に叶深は倒れている。

立っているのは華燐だった。


勝者が決まったと同時に会場が熱気に包み込まれる。

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