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 時刻は二十時、国内戦が始まった。

 周一は魔導士が作り出した国内戦の会場にいる。

 国内戦専用の世界であり、会場でもある。

 この世界は火鉢市が完全に再現されている。

 ただこの世界には、国内戦に参加している魔術師しかいない。

 総勢六十人の魔術師達。

 あの場にいた火鉢ひばち水鋏すいきょうの魔術師がこの世界に移動している。

 人の手入れが行き届いていないあぜ道、人が住むような背の高い建物は遠くの方に見える。

 時刻と一緒でこの世界も夜だ。

 雲一つない空。

 風が優しくなびいている。

 周りにある自然が擦れあう音が聞こえる。

 目の前にあるのは月明かりと、ぽつんとそこにある街灯のみ。

 特別な風景ではない、ありふれた風景。

 この世界が作られた世界だと忘れさせてくれる。

 周一は鼻から息を吸って匂いを嗅いだ。

 野原と湿った地面の匂いがする。

 そして、独特な匂いを感じる。

 きっとこれが国内戦の匂い、戦いを予感させる匂いがする。

 これが国内戦なんだと、匂いが俺に教えてくれる。

 今いるここはおそらく街はずれ。

 そろそろこの場から動こう。


 ホームの代表者だけは所定の位置に飛ばされる。

 今回の火鉢の代表者は釜錣かまてつ ばち

 対する相手は、氷銅ひょうどう 嶺自れいじ

 ホームの有利性としてはその土地に基づく効果がこの世界に反映されること。

 火鉢の土地では火の魔術が有利に働く。

 そしてもう一つ。

 ホームの魔術師は代表者の位置をあらかじめ知っていること。

 ホームの魔術師が最初にやることは代表者の位置に集合する。

 数の優位性というのは魔術師で合っても存在する。

 強い弱い関わらず、数というのはそれだけで、強さの一つに含まれる。

 強化魔術を発動する。

 周一はその通りに撥の元へ向かった。


 ***


 国内戦の勝敗は一時間以内に代表者を倒す。

 ただ、その代表者が負けることはほとんどない。

 ここ最近で負けたのでも八年前。

 一対多数でも一時間を生き残ることが出来る。

 まさに親玉。

 代表者に選ばれる魔術師は強さもさることながら、しぶとい。

 だからそこまで世間では注目されない。

 注目されるのは新規に参入する魔術師。

 この魔術師達が国内戦を生き残れるかどうか。

 まず最初に確実に狙われる。

 必ず複数で、相手に狙われる。

 まずはホーム戦で生き残ること。

 逃げてもいい、ただ生き残ればいい。


 だが必ずその時は来る、逃げられない時は来る。

 その魔術師が生き残れるか。

 魔術師としての真価が問われる。

 ここが国内戦の一つの見どころになる。

 氷銅ひょうどう 嶺自れいじの息子。

 氷銅ひょうどう 剛牙こうがは生き残るどころか、魔術師を倒した。

 分かりやすく、派手な結果を残す。


 ***


 俺は町の中心に向かって走った。

 水鋏の魔術師とは一度も出会わずに、撥さんがいる場所に着く。

 既に瞬さんもその場にいた。

 瞬さんから声がかかる。

「よお、早かったな」

「相手と遭遇しなかったので、すぐに来れました」

「運がいいやつだ」

 次に撥さんが口を開く。

「ここまでは打ち合わせ通りだな。瞬、周一を頼むぞ」

「分かりました。じゃあ、周一向かうぞ」

 はいと言って俺は瞬さんの後に続く。

 ここまでは予定通り。

 瞬さんと合流すること。


 しばらくして町の中心に来た。

 高層ビルに囲われた、広い道路。

 ただそこに生活の音はない。

 あるのは、二人の呼吸音と足音。

 戦う場所を町の中心にした理由は目立つ場所にいれば、堅狼とすぐに戦えると思った。

 目立つ場所にいるため、デメリットの方が多い。

 勝つことが目的なのは分かっている。

 だが俺の魔術の特性上、障害物が細かくない方がありがたい。

 ただそれだけ。


「おっぱじめますか」

 そう言って、瞬さんの後ろに六個の赤い火の玉。

 そして次第に轟轟と音が鳴り響く。

 火速かそくの魔術師。

 そう、火速の魔術師として

 全員その名を知っているわけではない。

 だが国内戦に出ている魔術師として名は広く知られている。

 今まで出場している国内戦で生き残り続け、結果も残している。

 代表者に挑み、生き残った実績ある魔術師。

 そんな強者に挑んで来る魔術師は恐らくごく一部。

 ただ目的の相手が来るまで、待つのみ。


 次の目的は、ある相手を待つこと。

 町の中心で、氷銅ひょうどう 嶺自れいじをこの場におびき寄せる。

 俺がこの国内戦に出場した理由。

 俺の目的はこの国内戦を生き残ることじゃない。

 赤華音あかねさんと交わした約束のため。

 修行の面倒を見てもらう、国内戦に出してもらうその代わりの対価。

 それは、水鋏の堅狼けんろう 、氷銅 嶺自を倒すこと。


 瞬さんの魔術に反応した、水鋏の魔術師が集まってくる。

 五人。

 その中に俺の求める相手はいなかった。

 距離はまだだいぶ離れている。


 俺は強化魔術を発動する。

 俺は自分の魔術を使うために研魔をしている。

 まだその準備は終わっていない。

 でも、今までとは少しだけ違う。

 色の波長に循環の波長を合わせる。

 それは一瞬で終わる。

 俺の右手首と右足首を巻くように光の輪が出現する。

 一番手前の相手を視界に捉える。

 その相手も一歩踏み込んだのを確認した。

 俺もそれに合わして一歩踏み込む、その瞬間。


 俺の魔術は発動する。

 相手は体勢を崩して、倒れこんだ。

 地面をへこませるほどの一撃が相手に加わる。

 思わずそ光景を見て俺は内心喜んでいた。

 よし、俺の魔術が効く。

 今回は一撃で倒せた。

 魔術の調子がいい。

 次もこの調子で倒す。


 右足をその場で四回踏み、右手を左右に四回振った。

 波紋が広がるように、円の魔術が展開される。

 やるべき事は変わらない。


 そして同じように残りの四人を一瞬で倒した。


 ***


 火口ひぐち しゅんはただ目の前で起きたことを冷静に見つめていた。

 相変わらずの威力だ。

 魔力の強度だけは化け物級。


 相手を直線上に結んでその円周上に回して体勢を崩す。

 発動するタイミングは、二つ。

 一つは周一が認識すること。

 もう一つは相手と同じタイミング右手を振るか、右足を踏むこと。

 距離が離れていれば、離れているほど、そしてタイミングが合えば合うほど強力に作用する。

 距離も重要だが、タイミングが一番重要。

 条件によっては、今のように相手を一撃で倒す、必殺の魔術になる。

 普段はあんなうまくいかねえが、並みの魔術師じゃ一発だ。

 しかも、初見じゃ見切れねえ。

 よおく見ると何をしているのか分かる。

 一瞬だけどちらかの光の輪が瞬く。

 そしてその光が円を形作る。

 世界の法則を周一の魔術は馬鹿みたいに無視する。

 タイミングよく腕または、足を振ったら最後。

 円がそれを捉えると驚異的な力で、地面に強く叩きつけられたり、まるで鉄球に殴られたように横から強い衝撃が来る。

 周一の特性上、透明度、色はほとんどない。

 透明度は濁っているためそれなりに見えるが、色がない分厄介だ。

 周一の魔術は円を描く。

 この円が見えたら対処は楽だが、見えなきゃ最後。

 ただ一方的にやられるだけ。

 今回は町の中心を選んだ。

 たまに対象を間違える時があるらしい。

 障害物は多いが、出来るだけまとまってるところを選んだ。


 はああとため息をつく。

 瞬はその様子を見ながら、嫌なことを思い出す。

 これ受けるの痛いんだよな、もう一緒に修行したくないぜ。


 ***


 火鉢の屋敷。

 赤華音の部屋では華燐の姿が見える。

 二人はソファーに座って、国内戦の様子を見ていた。

 端末に魔力を使って、国内戦の世界に接続すると映像で見ることが出来る。

 この映像は特定の人物や、場所に絞ってその様子を見ることも出来る。

 ちょうど、周一が五人の魔術師を倒したところが映っている。

 華燐はその様子を真剣な眼差しで見つめる。

 何度も見た光景。

 強化魔術の色のせを覚えた途端、瞬く間に魔術が成長した。

 その急速な成長のせいで、修行を担当していた瞬一人では体が持たなかった。

 火鉢家にいる魔術師達が何人も日替わりで周一の相手をした。

 周一の魔術にひれ伏す。ただそれだけだった。


 こんな圧倒的な魔術があっても、あの堅狼に通用するかは分からない。

 ただ、華燐は願っていた。

 今までの修行が無駄ではないことを。

 そして、堅狼に勝利することを。

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