5

 私は朝、六時に起きる。

 今日はなぜか不安だった。

 まるで悪夢を見たかのように私の体は汗で濡れている。

 もちろん、そんな悪夢は覚えていない。

 彼がここに来て、最近朝の日課が増えた。

 もしかしたら、それこそが不安なのかもしれない。


 ***


 輪洞りんどう 周一しゅういちが私の家で住み込みで修行するって聞いたとき最初は驚いた。

 ただ国内戦に出るだけなのにそこまでする必要ないと思っていた。

 母にそのことを聞いたが、母と何か決めたらしい。

 ”俺を国内戦に出させて欲しい”

 特に深く理由は聞かなかった。嫌とか面倒とかそういう事も無い。

 この人の強さを知っていたから。


 修行一日目の朝。

 たまたま、早く起きて、彼の姿を見つけた。

 気づかれないように後を付けていくと、彼は稽古場の中に入っていった。

 こっそり入り口のドアから確認すると、胡坐をかいて座った。

 彼の様子を注意深く見ていると、魔力を循環していた。

 それは静かに行われていた。

 輝き、色はない、ただの循環。

 彼の循環をみるのはこれで、三度目。

 新人戦、屋敷での一件、そして今日。

 とても綺麗な循環。そう思った。

 輝き、色はない。

 ただ循環しているその様子に目を奪われていた。

 無駄なんてない。私にはあんな精密に循環は出来ない。

 一定の間隔で、体中に張り巡らしてそれを均等にむらなく行っている。

 そんな循環を私は見ていた。

 そして、朝は彼の循環を見るのが日課になった。


 一ヵ月と少しが過ぎた。

 彼の魔術の修行が上手くいっていない。

 私も魔術の修行の時は同じ稽古場を使っているので何となく様子は知っていた。

 私が修行中のある日。

 彼と修行を担当している人の声が聞こえる。

 "魔術を使って俺を移動させるんじゃ意味がねえ。どうにか体勢を崩せねえか?"

 "空間に作用させるやり方が分からないです"

 "じゃあ俺そのものを空間に作用させられないか?"

 "試してみます"

 そう言ってまた激しい修行を始めた。

 私はいつも十八時に修行を終える。

 二人も同じ時間に一度やめて、夕食を取った後に修行をしていた。

 ただ二人はいつも夜の二十一時まで修行している。

 二十三時たまたま、彼と屋敷内ですれ違った。

 その時に何してたの?って聞いたら、彼は修行してたと返ってきた。

 それ以上の言葉は交わさなかった。

 ただ彼は魔術に対して、真摯で愚直に取り組んでいた。


 私は何となくそこまでする理由が分かっていた。

 私も一度経験した。

 自分の魔術を作り上げるために費やした時間を。

 魔術を作り上げる修行の時間。私にとってその時間は苦痛だった。

 高校に入学する前。

 放課後は友達と遊んで仲良くなりたい、私は憧れた。

 放課後に友達と遊ぶこと、友達の家に行くこと、私の家に友達を呼ぶこと。

 だが魔術の修行や家での勉強で友達と遊ぶ機会がほどんど作れなかった。

 次第に私は一人になっていた。

 ようやく自分の魔術は出来た。

 だけど、私には魔術と火鉢しか残らなかった。

 そう魔術と火鉢しかない。

 私は自分の家が運営する高校に入学した。

 本当は魔術なんてしたくない。でも、魔術で負けたくもない。

 そして、参加した新人戦で負けた。

 負けて悔しいと思うよりも別のことに私は嬉しくなってしまった。

 自分と同じように自身の魔術を持つ人に会えたこと。

 それが自分では嬉しかった。

 私と同じようにその人が修行したかは分からない。

 でも、その人も何かしら理由を持って自分の魔術を身に着けたと思うと何か分からないけど、嬉しかった。

 私の理由は母のようになりたい。ただそれだけ。


 そして、その時に気になったのが彼。

 輪洞りんどう 周一しゅういち

 彼と話してみたいと思っていた。

 そんな、ある日彼の方から話しかけられた。


 魔術の話はまだお互いにしていない。

 自己紹介と学校生活での会話だけ。

 その彼の周りにいる友達とも仲良くなった。

 この出会いに感謝している。

 自分の魔術がなければこの出会いはなかった。

 そして彼のおかけで、ちょっとだけ魔術が好きになった。


 ***


 彼の様子を見に行く。

 今日はなんだか分からないけど、やっぱり不安だった。

 彼がいる稽古場のドアを開ける。

 いつもは気を付けるのに今日は"がた"と音を立ててしまった。

 中は暗い。

 そして彼の様子見ると、酷く落ち込んでいる顔をしていた。

 彼がひどく孤独に見えた。

 私も知っている孤独。

 自分が辛くなればなるほど感じる孤独。

 周りに目もくれず、一つの事に集中しすぎた結果、たくさんのものを置き去りにしてしまう。

 自分が望んで孤独になっているわけではない。

 それは自然に、不可逆に、進めば進ほど孤独を感じる。


華燐かれん

 そう呼ばれた。

 その後、何か思いついたのか続けて喋った。

「俺に強化魔術を教えください」

 彼の目はまだ諦めていない。

 顔を見ると真剣な表情になっている。

 そんなの当り前じゃない。

 私も名前で答える。

「周一、いいわよ。私が協力してあげる」

 そう次は私の番。

 孤独は寂しいもんね、私が隣にいてあげる。

 彼いいえ、周一のために私も力になりたい。


 ***


 華燐に呼ばれた。

 そして華燐が俺に近づいてくる。

「周一が知りたいのは、強化魔術に色をのせることでしょ?」

 俺の右側に座ってきた。

 華燐は左手で俺の右肩をつかみ、右手で俺の右手を握った。

 彼女の赤い髪が俺の肩にかかる。

「循環は極めたみたいだけど。強化魔術はまだ見たいね。強化魔術に色をのせることは難しいわ。でも原理が分かれば簡単よ。色の波長と循環の波長を合わせること。私は今からあなたの色の波長に合わせるわ、いい?」

 そうして彼女から魔力の流れが伝わってくる。

 華燐の鼓動と俺の鼓動が一緒になる。

「一緒になったわ。試しに入り口のドアを動かしてみて」

 確かにそう言われた。

 半信半疑だった。

 すぐに実現するとは思っていない。

 俺は左手を使ってドアを三回動かしてみる。

 "がた、がた、がた"

 確かに動いた。

 そして華燐は俺の前に立つ。

「これを感覚でやってしまう人も少なくはないわ。これが強化魔術に色をのせること。魔術は時に世界の法則を無視する。それが代表される例を周一自身がやったわ。強化魔術の色のせ、それは感覚の拡張」

 俺は思わず嬉しくなり、華燐に笑顔を向ける。

 いつもは凛としている表情だがこの時は違った。

 華燐も笑顔になった。

 俺にはそう見えた。

「ありがとう」

「どういたしまして」

 さあ、朝食一緒に食べましょう。

 ああと言って、華燐の後をついて行った。

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