6
その姿を見た
志津河は撥にもう戦う意思がないことを伝えて、倒れている周一に触れ慣れた手つきで回復魔術を施し始めた。
青い色の魔術が周一の傷を見る見るうちに癒していく。
志津河が回復魔術を周一に使ったその後に
そうして二人の試験が終了した。
***
試験が終わって、
倒れた周一を着替えさせて、客室のベッドで寝かせている。
周一の回復は引き続き、志津河が行っていた。
撥も戦いの傷を負っていたが、体の傷は治っている。
赤華音が質問を始める。
「撥、実際に戦ってみて輪洞君はどうでした?」
「その辺にいる魔術師とは一線を画す実力を持っているのは確かです。強化魔術を見ても分かりましたが、循環は完璧です。さらに世界の法則に干渉出来る魔術も有しています。実力に関していえば、正直まだ物足りないですが見込みはかなりあります」
「他に気づいたことあった?」
「課題や欠点は多いです。まだ魔術が未熟に感じました」
赤華音はそうですかと短く返答し、華燐に質問をする。
「華燐、二人はどうだった?」
「輪洞くんは撥さんの所まで行くのに、強化魔術だけしか使ってないの。やっぱり強化魔術だけなら一番だと思う。波止場さんは探知の魔術に長けてた。その精度は家に配置している人全部当ててる。私はまだよくわかんないけど、彼女もまた世界の法則に干渉出来る魔術を持ってる気がした」
二人はその感想を聞いて、少し驚いていた。
まだ15歳の少年が強化魔術だけで、火鉢に所属する魔術師を倒したことに。
赤華音は難しい顔をしながら撥に質問をする。
「強化魔術だけで倒せるほどうちの魔術師は弱くないと思うんだけど、撥はどう思う?」
「俺も今のを聞いて驚きました。見た目のわりに、ずいぶん丈夫だなと思っていました」
赤華音はその返事を聞いて笑って返す。
「まさか、あなたが子供に本気出すと思わなかったわ」
「正直、俺も魔術を出し切るとは思っていませんでした。意外にしぶとかったです――」
と撥は反省していた。
まさが俺の魔術全てを見せるとは思っていなかった。
所詮学生、たまたまお嬢様の油断をついて勝ったに違いない。
そう思っていた。今思えばそれはくだらない事だった。
魔術はまだ未熟。
強化魔術は異常だった。だがそれだけでは物足りない。
未熟な魔術でも、俺を倒すために恐らく彼が持つ最善の手段を俺に使ってきたのだろう。
俺を倒すために全力を注いでいた。
強くなりすぎたせいで、最近は張り合ってくる魔術師も少なくなってきている。
張り合いを感じないせいで緊張感も薄れてきた。
だが、あれはそんな緩み切った俺に刺激を与えてくる。
一撃一撃は重くない、その割りに俺の急所を的確に狙ってくる。
丁寧に防いだ、たまたまそれが当たって致命的な一撃になったら冗談じゃない。
お嬢様と同じ年代でここまで出来る。
よくあんな子がまだ眠っていたものだ。
成長が楽しみでしょうがない、あれは強くなる。
一人の少年である前に、あれは魔術師だった。
内心に湧き上がる新たな期待。
やがて俺を脅かす、いや超えて行くであろう存在。
撥は、その高鳴りを表情に出さずぐっと顔に力を入れる。
長い沈黙の後、赤華音は話を切り出す。
「そう、分かったわ。とりあえず、二人は撥の配下に加えていい?」
もちろんと撥は答える。
「はい、じゃあ二人とも下がっていいわよ」
そうして撥は失礼します、と言って部屋を出て行った。
華燐はそのまま残った。あることを確認するために。
詳しく聞いたことはない。
魔術師の一族なのに母はそれを私に求めない。
母様と言おうとしたが、今は二人なので止めた。
「母さん、どうして私に魔術師になれって言わないの?」
母は、笑顔でそれはねと言って答える。
「魔術師の家だからと言って、別に魔術師になれとは言わない。好きなことをやってくれれば何でもいいの。華燐には沢山の選択の自由があり、それを選べる環境もある。今だから言うけど、魔術を選んで欲しいって思った時期もあるわ。だけど、それを私は強制しない。華燐が一番真剣になれる事、それを真剣にやる事が私は一番嬉しい」
母は笑顔で言う。
やっぱ恥ずかしいけど、決めた。
魔術から逃げたことは沢山ある。
魔術の修行は地味で嫌い。
でも、新人戦で私が負けて、あの戦いを見て強くなりたい、
そう思った。
自分でも都合がいいと思う。
幼い時から変わらないことがある。
母の魔術を実際に見た回数はそこまで多くない。
それでも、その光景は脳裏に焼き付いている。
全てを滅却する、圧倒的な魔術。
空間を深い赤色に染め上げ、燃やし尽くす、その輝く脚を忘れない。
私は
母のように強くなりたい、この思いは揺るがない。
そんな強い思いは私を再び魔術に導いてくれる。
魔術から逃げる事もあるだろう、遠ざける事もあるだろう、見たくない事もあるだろう。
そうなる度にこの記憶が私を魔術へ引き戻してくれる。
この言葉を母に直接言うのは初めてだろう。
私は口にしていた。
「私決めた、魔術師になる」
そして私は母のこの笑顔が好きだ。
私の目指す魔術師、そして憧れ。
母さん、私、魔術師になる。
そう言って、恥ずかしくて母の部屋を出て行った。
***
俺の意識が戻る。
時計を見ると17時だった。
俺はベッドに寝ていた。
ベッドの横には志津河がいる。
志津河にようやく起きたのね寝坊助さんと言われた。
心配している様子だが、表情は柔らかい。
師匠の所ではいつもの事だったから、お互い慣れっこだ。
師匠にぶちのめされて、志津河がその傷を癒してくれる。
もう傷は癒えている。
起きたから呼んでくるねと言って、華燐を呼びに行った。
直ぐに華燐が来て傷は大丈夫?と心配されたが、俺はもう大丈夫と言ってベッドを降りて、靴を履いた。
華燐にその服はあげると言われた。
俺は自分の服装を確認すると、来た時とは違うものになっている。
ベッドの横の棚には俺がさっきまで着ていた、ボロボロの服が畳んで置いてある。
まじか……
そして俺たちは華燐に案内されるように赤華音さんの部屋に向かった。
華燐がドアをノックして失礼しますと言って俺たちは部屋に入る。
朝の状況とは違い、部屋に撥さんはいなかった。
赤華音さんが話をする。
「二人共、ご苦労様でした。実力も分かりました。火鉢の魔術師として迎え入れます。火鉢へようこそ」
ありがとうございますと二人返事をした。
どうやら俺たちは魔術師になれるらしい。
とりあえず当面の目標は達成した。
だが、嬉しいは嬉しいがあまり浮かれていられない。
続けて赤華音さんが話す。
「二人の監督者は釜錣になります。まだ学生なのでとくに指示はありません、学生の間は自由に過ごして下さいね。話はこれで終わりです。あと、17時って微妙な時間だけど夕食一緒にいかが?」
そう言われて、俺たちは火鉢の屋敷で夕食を一緒にするのであった。
***
夜も深まったころ、街灯が町を照らす。
俺達は自分たちの住むマンションの近くまで送ってもらった。
運転手の
マンションに入りそれぞれの部屋の前で、じゃあと挨拶して志津河と別れた。
部屋の明かりも付けずにベッドに横になる。
今日の事を振り返っていた。
負けた。
師匠以外の人に。
普通に魔術で負けた。
負けるつもりはなかった。
やることはやった。でも自分では納得していない。
出来ることはあった、魔術を使うタイミング、相手の魔術の立ち回り方、切り札を躊躇いなく出す決断力。
思い返せば、思い返すほど、俺が持つ少ない手数の中に最善の手があったはずだ。
なにが魔術師になるだ。
こんなんじゃ師匠の足手まといにしかならない。
師匠のところに戻るまで師匠以外誰にも負けるつもり何て無かった。
次がまた来るなんて思わない。
俺はずっと描いている目標がある、師匠と一緒に展示会に出場して、師匠が魔宝師になる手助けをしたい。
だが、展示会ではそんな次があるなんて甘いことは言えない。
負ければそこで終わり、生き残れなければ意味がない。
これが展示会を生き抜いた魔術師の実力。
その距離は実際に目にした距離よりも遠く感じた。
……くそ、悔しい
その表情は暗くて分からないが、周一の体は震えていた。
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