5
思ったより早かった。
彼らがここまで来るのに、一時間も掛かってない。
お嬢様を倒したその実力は分からんが、見事なまでの強化魔術。
それは
あそこまで、熟練したのは努力の証。
流石は、魔宝師の弟子。
こんな子達が、お嬢様の同年代にいるとは、世界とは広いものだ。
正直、強化魔術を見た時に隙や、ムラがあったらそれを突いて一瞬で終わらせるつもりだった。
だが、気が変わった。循環に隙はない。
強化魔術も丁寧に編み込まれている。
俺も魔術で答えよう。
俺は思わず声を荒げて飛び上がる。
「早かったな。俺は
俺を倒せば屋敷だ
さあ!、来い!」
吹き飛ばす。
そして俺は魔術を展開する。
あの天狗の面と赤い下駄を見ても焦りはない。
うっすらその姿が見える、距離にして大体百メートル。
あの魔術からは何処か匂いを感じる。
俺には持ち合わせていない、魔術の匂いだ。
漂うのは、何かが燃えたような焦げる匂いを感じる。
あの人が持つ強力な魔術が、強者であることを俺に教えてくれる。
俺はやる事をやるだけだ。
どんな魔術でも俺の魔術を信じるだけ。
あの人との魔術の年数、経験には絶対勝てない。
だが師匠以外には絶対に負けたくない。
俺の魔術で挑むだけだ。
単純だ。負けなくない。
行くぞ。
俺は挨拶を返さなかった。
魔術の準備は終わっている。一度だけ確認もした。いつも通りだ。
再度魔力を循環する。
周一の体を巻くように一つの輪が現れる。
魔力の素には一つの円が出来ている。
『円環』の魔術が発動する。
周一の中に輝く魔力を信じて、いつもの掛け声を呟く。
「回れ」
撥と周一を直線で結ぶ円が瞬時に形成する。
地面と並行な円ではなく、傾いた円が浮かび上がる。
上空から見ると、綺麗な一つの円だ。
円は少しだけ光を放っている。
周一は魔術を発動する。
円上にいる周一自身に、強大な力が加わる。
力任せで強引に回すのではない、魔術が持つ法則に従って回す。
周一は一瞬で相手の右横に移動する。
その勢いのまま、相手の顔面を殴りに行く。
地面に叩きつけるように腕を振るう。
周一の考えはシンプルだった。
相手が慣れる前に倒す。
先手必勝。
きっと油断して隙なんて見せたら、一瞬で終わる。
自分が優位な状態を維持すればきっと勝てる。
その拳は相手の顔面を捉え、吹き飛ばして、撃ち落とす。
挨拶代わりに相手を殴り倒した。
そして周一は地面に着地する。
周一は相手を殴った拳を確認する。
あの赤い面、殴った手は火傷とかしなかった。
攻撃に反応して、反撃する魔術ではなさそうだ。
これなら、気にせず顔に打ち込める。
油断は出来ないが、もう一度狙う価値はある。
少し体勢を崩したが、受け身を取り、足から地面に直撃した。
そのまま、撥は立ち上がる。
赤い面でその詳細は分からない、口の中を少し切ったのか、自身の口を手で拭っていた。
吹き飛ばしたから、今はそれなりに距離がある。
すぐには近づけない距離。
俺の得意な間合いに詰める。
足に力を入れた瞬間、立ち上がった相手は足を向けてきた。
赤く光っている下駄がさらに、赤く、強く光る。
瞬間、空気が伸縮されるような音が鳴る。
それは赤い下駄の底から聞こえる。
下駄の歯が赤く槍のように伸びてくる、俺の体に穴を空けるような勢いで。
相手に向かって踏み出していた足を避けるために切り替える。
当たってはいけない、そう判断した。
俺は避ける。
赤い槍は周一のすぐ横で止まり、再び撥に戻る。
周一を貫こうとしたその槍は、周一のことを貫くことは出来ていない。
しかし、その間にある空気ははっきりと貫かれていた。
貫いた跡がまるで溶けているように赤く燃えている。
俺は再び魔術を展開する。
「回れ」
と近づこうとするが、伸びた下駄の歯が目の前に現れた。
ちっと舌打ちしながら、それを避ける。
移動が遮られた。
周一はその場で止まってしまう。
その一瞬をついて、撥が一気に距離を詰める。
周一が横を向いた瞬間、赤い下駄を履いた撥の足が周一の顔に向かって振りぬかれる。
周一の顔に当たろうとした瞬間。
「回れ」
そう聞こえた後、お互い背を向かい合って、反転していた。
撥は周一の魔術に適応する。
たった三度のやり取りによって、大まかに発動するタイミング、法則を掴んでいた。
彼にはその魔術がはっきりと見えている。
自身と周一を結ぶ円がはっきりと赤い目に映っている。
戦いの経験から培われた、魔術の対策方法。
一つの予想を立てる。
あの子の魔術はこの円に関係がありそうだ。
瞬時に俺との距離を詰めてくる。
円上に魔術を伸ばした時、あの子は止まった。
これは、あえて止まったのか、それとも飛び越せないで止まったのかまだ考えが定まらない。
移動する魔術というのは恐らく間違いない。
しかしこの魔術が、空間という制限を飛び越えて発動するのかは分からない。
まだ時間はたっぷりある、ひとまず広範囲に魔術を展開しよう。
反転してすぐに撥は周一に向き直り、魔術を扇状に展開する。
広範囲に広がる魔術を繰り出した。
そして、その後すぐに――紅葉の形をしたうちわを手に持ち、周一に向けて振った
"く"避けきれない、そう思って周一は腕で防いだ。
扇状の炎が俺の視界を鈍らせる。
相手はもう次の行動に移ってい。
距離を取りそして空に飛び上がり、そのまま静止した。
右手には紅葉の形をしたうちわを取り出し。それを俺に向けて振ってきた。
突如激しい風が、俺を包みこむ。
思わず腕で顔を隠した。
周一が腕をおろした瞬間、その光景を見て険しい表情をになる。額には汗が染みている。
突風の中に紛れ込んでいたのは、紅葉の形をした火。
その火の葉先は五つに分かれている。
そんな紅葉の葉が、周一の周りを複数舞っていた。
紅葉の形をした火が俺に触れた。
そして紅葉が爆発した。
爆発は別の紅葉にも反応して連鎖する。
咄嗟に顔を腕で守る。
爆発の衝撃とその熱による痛みが、全身に響き渡る。
このまま爆発を受け続けるのはまずい。
「回れ」
もう円が消えかかっている。
その円を手繰り寄せて、魔術を実行する。
この爆発から逃げれるように回した。
広範囲の爆発は俺の体力を削っていく。
息を突く間もなく次の行動に移す。
相手は新しい手を使ってきた。
紅葉の形をしたうちわを手に持っている。
あの広範囲の魔術は厄介だ。
俺の魔術の制限とはいえ、ここまで不利になるとは思わなかった。
考えは纏まらない、ひとまず、近づく。
再度魔術を展開する。
相手は上空で静止している、それなら最初と同じことをするまで。
「回れ」
俺の位置が分かるのか、絶妙なタイミングでうちわを俺に向けて振ってくる。
突風の後、再び目の前にいくつもの紅葉の火が舞う。
俺は紅葉がある位置で止まる。
紅葉に触れると爆発が起こる、これに触れないように気を付けないと。
紅葉同士に隙間はあるが、その隙間は人が通れるような隙間ではない。
恐らくその辺も計算しての事だろう。
空気中を漂うように見せているだけだ。
程よく通れない密度、そして爆発が連鎖するように配置している。
これ以上は進めないと思って、魔術を使って開始の位置に戻る。
俺の魔術では相性が悪い。
瞬間移動っちゃ瞬間移動だが、ワープしてその位置に移動している訳じゃない。
障害物を無視できない制限がじわじわと俺を追い込んでくる。
展開されている魔術がその円上にあったらそれを通らないといけない。
言い換えれば、直撃は免れられない。
なら俺も別の手段を試すしかない。
いつ来てもいいように攻撃できる準備をする。
「回せ」
と相手の位置を移動させた。
そう移動させることが出来た。
周一のすぐ右横に撥は移動させられた。
撥は漂う紅葉に当たりながら移動してきたが、紅葉が爆発する様子はない。
周一はその位置にピンポイントで殴れる準備を取っている。
拳に力を入れて、撥の顔を殴る。
しかし、先ほどとは違い撥は吹き飛ぶどころか、のけぞりもしない。
それを見て、周一は動揺してしまった。
その間に、赤い下駄を履いた撥の足が周一の顔に向かい
――空気を巻き込む強烈な蹴りが炸裂する
顔に強烈な一撃をもらった、俺はたまらず地面に転がる。
対処の仕方、痛み、次の行動、様々な思いが錯綜する。
思考は上手く機能していないが、体の反応によって俺はすぐに体勢を整える。
体勢を整える間に相手は追撃を図ってくる。
右足を空に上げ、踵落としをしてくる
何とか、体を転がして避けてから、その勢いで立ち上がる。
相手の勢いは止まらない、次の蹴りに備えて俺は受ける準備をする。
そして、ここから激しい近接戦闘の打ち合いが始まった。
主導権は撥が握っていた。
連続して蹴りを周一に向けて放つ。
周一は守ることしか出来ない。
周一は魔術を使って何とか距離を変えたりするも、ことごとく撥は対処して近接攻撃の手を緩めない。
周一がつぶやく、回しても、回せても同じ方法で対処される。
紅葉の形の火がどうしても崩せないでいた。
周一にとってそれは要塞だった。
撥は近づかれてもいいように、紅葉を数枚纏っている。
撥はその爆発、爆風は受けない、周一に対してそれは攻撃として働く。
そんな周一は耐えることしか出来ない。
彼が魔術を使っているのが分かる。
新人戦の時の見た目をしている。体を巻くように一つの光の輪が現れている。
今の状況は防戦一方だが、それでも釜錣に引けを取らない戦いをしている。
外から見て分かったのは、一瞬で移動していること。
そして爆風によって、少しだけ軌道が見えた。
円に沿っているのね。そして魔力もいじっている。
あの魔力の色でどうするんだろうと最初は思った。
やっぱり研魔している。
でなければ、あの魔術の速度、強度の変化に説明がつかない。
研魔を修めると、あんなに魔力の光が変化するなんて。
どんな研魔をしているのだろう。
どっちが勝つのだろう。
そんなことを思っていた。
ふと、志津河を見ると真剣な目をして見守っていた。
志津河も真剣なんだね。
そうして、戦いをしている二人の姿に視点を戻した。
二人の距離は十五メートル。
決定打がない。
攻撃手段もない。
俺が得意な距離に詰めれず、常に相手に主導権がある。
紅葉が邪魔で思うように反撃も出来ない。
度々、舞っている紅葉に触れて爆発させてしまう。
徐々にこっちの体力が減らされる。
しかも相手はその爆発の影響を受けない様子。
決断するしかない、このまま体力勝負で負ける。
それなら直撃してでも魔術で近づく。
あの紅葉の魔術で俺が戦闘不能になったら俺が弱かったそれだけだ。
「回れ」
と言って相手に近づく。
相手は紅葉のうちわを俺に向けて降ってきた。
関係ない突っ込む。
いくつもの爆発が俺の体を包み込む。
出来るだけ姿勢を低く保ち、顔を腕で覆う。
耐えろ。爆風と激しい爆発音が脳に響く。
一瞬で移動するはずの時間なのに、俺は途轍もなく長く感じた。
目の前が爆発によって遮られる、次第に感じる痛み、音が遠のいていく。
長い移動を終え、赤い炎とともに俺はその爆発を通り抜けた。
そうして俺は相手の魔術に耐えた。
移動速度は紅葉の爆発の影響を受けてるせいか、少しだけ遅くなる。
俺は相手に魔術を向ける。
必殺技とかそんな大した技じゃない。
どちっかていうとせこい技だ。
ただ直線に結ぶだけでは地面にぶつからない。
触れて持ち上げることにより、距離を曖昧にしてそれを意識して魔術を展開する。
不意打ちに近い。だが技は技だ。これで終わらせる。
「回せ」
相手を殴って浮かし、瞬時に回す。その勢いに任せて地面に叩きつける。
はあはあと息を切らす。
周一の表情をまだ優れない。
撥の状況を確認するとまだ、気絶も強化魔術も解除されていなかった。
その男は立ち上がる。
「今のは効いたぞ、次は俺の番だ」
撥は空に向かって飛んで、止まった。
撥は焦っていた。
思ったよりやる。
接近戦での打ち合いは的確に対処してくる。
俺の魔術にもそれなりに対処して見せた。
戦いの主導権は俺が握っていたが、あの子はその状況を打ち崩すために賭けをしてきた。
状況が傾いた、引き戻されてしまった。
あの攻撃は俺の意識を刈り取るのに十分な威力だった。耐えた。
あの子がここまでやるとは正直驚きだ。
もう、隠す必要はないだろう俺の魔術の本質を見せよう。
俺は魔術の素を研魔する。
宝石のルビーのような形に仕上げる。
そして一瞬でその研魔は終わる。
俺の魔術は運の要素がある。だが、その分強力に魔術が作用するようになる。
始めるとしよう。
――光を当てられたルビーのように、紅く透明で鮮やかに輝きだす
撥の叫び声が漏れる
「ほおおうらああよおおお!!!」と下駄を飛ばした。
周一はその下駄を避けた。
撥の下駄は当てるのが目的じゃない。
「発動しろ、下駄占い」
撥は下駄の様子を確認する。
表だった。
「おお!、今日の天気は晴れだ!」
そういった瞬間、下駄が光りだした。
撥の姿が赤く輝き出した。
周一が追い求めるような輝きを目の前にする。
周一は直感した。
何かしてくる。
相手が何か話していたが、その内容はよく分からない。
避けた下駄に目を移した瞬間、それは輝き出した。
周一は目を閉じてしまった。
しまったと表情に現れるが、すぐに切り替える。
周一が再び目を開けると撥の後ろには一本とても大きな、もみじの木が立っている。
その木の葉は紅葉している。
葉のように見えて、一つ一つが先ほどの紅葉の形をした火だった。
周一は匂いを嗅いだ。
あのもみじの木から何処か優しい匂いがする。
メイプルシロップのような甘い蜜のような匂いだ。
心地いい匂いだ。
ついこれが戦いであることを忘れさせてくれる。
だが優しい匂いとは裏腹に、目の前に広がる光景は俺を現実へと導く。
思わず嘘だろ、とつぶやく。
相手を確認すると手に持っていた紅葉の形をしたうちわを、振り上げていた。
その上には紅葉の束が数えきれないほど集まっている。
そしてうちわを俺に向けた。
先ほどのような突風はない。
だが、一面に紅葉に埋もれた景色が俺の視界に入る。
前の戦いにはあった隙間は存在しない。
ただ、赤く染まった世界が俺の目の前にあった。
そして一つの葉が周一に当たった瞬間。
先ほどとは比べ物にならない爆発の連鎖が周一を包み込む。
赤く染まった世界に、灰色の煙が混ざり合う。
周一は、爆発の中なんとか、立っていた。
体に目を向けると血塗れだった。
周一が魔術を循環しているのは何となく分かる。
普段よりもさらに弱い輝きだと感じる。
周一はまだ、諦めていない。
俺は相手の後ろにある木をかき消そうとする。
相手が作り出した世界の法則だと何となく察した。
俺はそれを回して、不確定なものにして書き換えをする。
いや回す。
俺は俺の世界の法則に従って回す。
師匠との修行で完成したもう一つの技。
俺には世界を作ることは出来なかった。
でも一瞬、一度だけ、法則を書き換えることが出来る。
相手が構築する魔術の世界を狂わす、切り札。
これが円環の魔術の本質。
だだじゃ負けない。せめて相手に一泡吹かせてやる。
俺は呟く
「回して、回せ」
もみじの木が消えたと同時に、周一は膝から崩れ落ちるように倒れた。
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