7

 華燐かれんの脚が真紅に輝く。

 彼女が立っている足元は、熱によって赤く光り溶けている。

 まるで、ぐつぐつと音が聞こえてくるような赤い流体が湧き上がった。

 発生する蒸気によって綺麗な赤い髪が舞い上がる。

 華燐が周一に向かって走り出す。

 強く地面を踏みこむと同時に、爆発的な音が鳴る。


 十メートルの距離を華燐は一気に詰める。

 そして右脚を周一に向けて振りぬく。


 周一は驚異的な反応速度で一瞬のうちに判断した。

 躱しきれない。

 この攻撃を受けるしかない。

 腕一本で防げるか、いや防ぐ。

 魔力を三十本に分けて、強化魔術の性能を一気に押し上げる。


 気のせいと感じてしまうような変化で、周一の体に少し光が加わる。

 周一が腕で守ったその瞬間、腕が焦げる臭いと爆発的な音がした。

 それにより発生した炎が二人の周りを赤く染める。


 周一がボールのように吹き飛んだ。

 土埃を起こしながら、地面を転がる。

 再び二人の距離は約十メートル。


 周一はその攻撃を受けた痛みが脳を刺激する。

 左腕が吹き飛んだかと思った。

 左手に力を入れる。

 動くがめちゃくちゃ痛い。

 腕を見ると酷い火傷の跡と血が流れている。

 倒れている体をすぐに起こす。

 三十本に分けても駄目だった。

 だが、色を濃くしたからこれで済んだと思うことにしよう。

 俺は立ち上がる。

 もうすぐ、俺の魔術も使えるようになる。

 あと少し……

 落ち着くために匂いを嗅いだ。

 これが火鉢の魔術の匂い。

 空間が燃える匂いがする。

 だが、この匂いは悪くない。

 この世界そのものが持つ、匂いだと錯覚させてくれる。

 勝てない相手じゃない、勝ってやる。


 華燐はその様子を見て驚いていた。

 この一撃を防ぐなんて。

 でも、受けた影響か左腕は血塗れで、酷い火傷。

 その腕の惨状を見て、気分を少し害すが、華燐はもう割り切っている。

 これは勝負。

 私は強くなりたい。

 最後まで真剣に行くわよ。

 彼の強化魔術が解除される様子もない。

 いいわ、ぶち抜くまでこの脚でとことん付き合ってあげる。


 爆発的な音を散らし、地面を溶かしながら突き進む。

 周一に接近したと同時に、連続で蹴りを放つ。

 その衝突によって、炎が舞い上がる。

 だが周一はしっかり受けていた。

 思わず"はああああああ"と気合を入れた声が漏れる。

 ようやく最後の一回が相手の腹部を捉える。

 そしてぶち抜いた。


 周一はごふっと咽る。

 一発受けちまった。

 魔術を五十八本に分けたが、わりに合わない。

 俺が分けれる最大の数。

 時間がかかるうえ、そこまで強化魔術の性能は上がらない。

 せいぜい、防げる程度、直撃はどうしようも出来ない。


 俺は血が混ざった唾を地面に吐き捨てる。

 だがここからだ。

 準備が終わった。

 ようやく出来た。

 俺の中の様子を見る。

 魔術の素の形が変わっている。

 まるで加工されたダイヤモンドのように。


 周一はこの新人戦中ずっと準備をしていた。

 魔力を使って、研魔けんまをしていた。

 魔力の循環が終わったその先にある、魔力の素の形を変える技。

 周一は師匠のところで長い間ずっと、この研魔を磨いてきた。

 周一の魔力の素の性能はよくない。

 魔術は使えるが、それを瞬時に実行することが出来ない。

 普通に使えるのは、循環を極めた強化魔術のみ。

 しかし、この研魔で魔力の素の形を変えることにより、強大な魔術を扱うことが出来るようになる。

 魔力の素は変えられない。

 だが、それを磨けば、強度、透明度、色――魔術に必要な要素が全て手に入る。

 周一の努力の結晶。

 そして周一が手に入れた、

 その輝きによって、魔力の素に一つの円が出来ている。


 周一は痛みを忘れ、華燐を見つめる。

 やっと、師匠から教わった形に出来た。

 まだ慣れてないから一瞬でこの形には出来ない。

 魔力で無理やり形を変え、傷がつかないように丁寧に仕上げた。

 憧れた志津河しずかの輝き。

 色はない。

 だが俺が求めた輝きがここにある。

 これが俺の輝きだ。

 実感する。

 輝きの匂いがする。

 とても良い匂いだ。

 何かと具体的には言葉で表現は出来ない。

 だた俺の中に確かに存在する輝きの匂いだ。


 魔力を循環する。


 華燐は二度目の驚きでうそと口にしていた。

 体に一発当てたのに相手はまた立ち上がる。

 なんという耐久力と忍耐力。

 相手の体を確認するとあちらこちらに出血の跡、火傷の跡が見える。

 あなたはよく頑張ったわ。

 これで決着よ。


 その距離をまた一気に詰める、彼女からは殺気すら感じ取れる。

 真紅に輝く脚を相手に向ける。

 周一は何とか立ち上がった。

 最初とは違い体にある変化が起きている。

 胴体を巻くように、一つの細い光の輪が出現した。


 周一は言う

「回れ」

 一瞬で周一と華燐の位置が入れ替わる。

 お互いがを向け合っている。


 師匠との修行が終わって初めての魔術。

 概念、定義、制限、どういう魔術にするか周一の中で決まっていた。

 オリジナルの魔術。

 それを今、実行する。

 円環えんかん、周一は自身の魔術にそう名前を付けた。

 この魔術は周一と対象物を直線で結び、その直径の円を形成して、円周上の対象物を任意の位置に回す。

 対象にできるのは周一とその他で二つまで。

 自身とその他を選んだらそれ以上は回せない。

 回すときは時計回り、反時計回りにしか回せない。


 人を回そうとするとその対象の魔力の強度分、重さに加わる。

 魔術も強度という重さを持つため、それ自体回すのはあまりに非効率。

 だがあえて回す。

 周一のこだわり、悪く言うと我儘。

 強化魔術以外でまともに使える、唯一の魔術。


 研魔が終わらないと使えないこと。

 円周上にしか回せないこと。

 瞬時に円を形成しないといけないこと。

 障害物がある場合それを無視出来ないこと。

 様々な制限と引き換えに、一つの法則をほんの一瞬だけ書き換える。


 回せるようにする。


 円周上ではこの法則が優先され、強度を無視する圧倒的な魔術が完成する。

 その法則が成り立つように世界を書き換える。

 時に魔術は世界を変える。

 その輝きに見合った、美しく強い魔術。

 周一が求めた、輝きが現実に現れる。

 周囲から見れば弱い輝きだが、周一にとっては違う。その輝きは強く強く見える。

 妄想ではない、事実としてこの世界に再現される。

 周一の魔術は美しい円を形作る――


 早く倒れたい。

 そう思っていた。

 だが負けたくない。師匠にも言われた、真面目にやれと。

 勝負は勝負。

 どんなことがあろうと、真剣に戦う。

 輝きが俺を負けるなと動かしてくれる。

 あと単純に魔術で負けたくない。


 周一は言う。

「回れ」

 円は瞬時に形成され、とても薄い透明色の円が浮かび上がる。

 少し光っている円はよく目を凝らさないと見えない。

 二人はその上に立つ。


 そして、世界の法則を無視する魔術が発動する。


 この法則に抗うことは出来るが、逆らえない。

 そういった絶対的な力が発生する。

 まるで、地球の自転を一瞬止めることが出来るならば、その時に発生する慣性。

 現実ではありえないような力。


 周一は華燐のすぐ横に移動する。

 周一が持つ最強の魔術を繰り出す。


 周一自身も少し戸惑っている。

 一瞬に切り替わる景色を見て、脳がまだ理解をしていない。

 相手には何が起きたか分からない。

 しかし、使っている周一だけがこの法則を知っている。

 一瞬で入れ替わったように見える動きも、実は違う。

 本当に回している。

 一瞬で素早く移動させる。


 まだ上手く使えないけど、一回目で容量は掴んだ。

 恐らく、俺と同様、相手も一瞬で入れ替わったように感じて混乱していると思う。

 そう見えただけかもしれない。

 体がその慣性を感じるまでもなく、一瞬の出来事で反応すらしない。

 脳と体が錯覚するほどの早業。

 そして、俺が自由に使える力。

 この回す勢いは、俺に力を与えてくれる。


 その勢いを使って華燐を下から持ち上げるように殴るが、華燐もこの速度に反応する。片足で立って体を小さくして防御の姿勢を取る。


 その反応を見た周一は感じる。

 化け物かよ。

 だが俺がやりたいことは出来た。

 あの子を浮かせること。


「回せ」

 先ほどとは違う言葉を周一は言う。

 横ではなく、縦に回した。

 華燐は周一の魔術によって体を浮かせて、弧を描くように、地面に叩きつける。

 不意を突かれた華燐は茫然とした表情で宙に舞う。

 あまりにも瞬時の事で、対応が遅れる。

 ただ身を任せるように、地面に叩きつけられる。

 "ズドン"と鈍い音が響いた。

 強大な力によって、華燐の周囲の地面も潰される。

「回れ」

 周一は決着をつけるためにに接近する。

 そして気づいた。

 華燐の強化魔術が解除されていることに。

 真紅に輝いていた脚はいつの間にか、普段の女の子の足に戻っている。

 華燐は気絶していた。


 その瞬間、試合が終わりを告げる。

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