6

 競技場の地面が元に戻った。

 競技場は決勝とだけあって、異様な空気に包まれている。

 戦う二人が、競技場に現れた。

 黒い髪の男の子、赤い髪の女の子。

 男の子は少し緊張した雰囲気を。

 女の子は少し楽しそうな雰囲気を。

 お互い挨拶をする様子は見えない。

 そして、輪洞りんどう 周一しゅういち火鉢ひばち 華燐かれんは向かい合い最後の戦いが始まる。


 試合開始と同時に、華燐は即座に魔術を展開する。

 前の試合にまさか自身の魔術を使うとは思ってもいなかった。

 華燐は少し感情が高ぶっている。

 同じ年で自分の魔術を持ってる人と初めて戦った。

 そしてすごかった。

 あのような緊張感を持った戦いを私はまたしたいと思っている。

 そして向かい合う男の子に期待を寄せる。

 さあ戦いましょう。


 ――開始と同時に手を向けて周一に火を放つ、その赤い火はうねりをあげる


 まずはどう対処するか様子見。

 強化魔術を見た感じでは色はなかった。

 あなたはどう対処する?


 周一も魔術を展開した様子。

 向かってくる火を、横に動かして当たらないようにずらした。

 周一は顔には出さないが、内心少し焦っている。


 循環には俺が突けるほどの隙はない。

 強化魔術にも穴はない。

 雑になりがちな部分も丁寧に強化魔術を施している。

 火鉢の名にふさわしい魔術の練度。

 そして、準決勝で見た「真紅に輝く脚」。

 恐らくあれがあの子の魔術。

 早く準備をしなきゃ。

 間に合わなくなる前に、できるだけ長引かせないと。

 あの魔術を使われたらとてもじゃないが耐えきれない。

 そうして周一は緊張した顔で準備を進めて行く。


 放った火は周一を避けるように進んで消えた。

 華燐は遠距離から魔術を展開して相手の様子を伺う。

 まだどちらも一歩も動いていない。


 華燐は確信する。

 無色。

 強化魔術をここまでやる人を初めて見た。

 最初見た時は気づかなかったけど、あんな強化魔術が出来るなんて思いもしない。

 隙間どころか、その上にさらに強化魔術を着せているように見える。

 よく強化魔術を糸の編み込みと表現するけど、ここまでやるとは……

 この編み込みも丁寧で難しい技術。

 でも、も付けるなんて、そんな神業を始めて見た。

 私も丁寧にときつく言われたが、それ以上。

 強化魔術だけなら私が見た中で、一番。

 それほどの高みにある。


 顔を見ても焦った様子はない。

 ならどんどん火力を上げていきましょう。

 魔術を連続して展開する。

 次第に火の威力、規模が増大していく。

 先の戦いと同じようにこの競技場を埋める、強大な赤い火が包み込む。


 周一は向かってくる火を自身の魔術で当たらないように腕を振って反らす。

 だがそれでは防ぎきれない量の火が水のように押し寄せる。

 魔術で、振り払っても、振り払ってもその火は消えない。

 そして周一はその場を動いた。

 状況が動く。


 華燐はその変化を逃さなかった。

 周一がまたその場に戻れないように火で遮る。

 周一は華燐を中心にして、回るように移動する。

 まだ、二人の距離は変わらない。


 その様子を見て華燐は一つの疑問を持つ。

 近づいて来ない。

 でも後ろに下がる様子もない。

 考えが読み取れない。

 それなら私にも考えがある。

 今度は違う方法で情報を引き出すわ。


 競技場を埋める火とは別の魔術。

 五個の火の玉が華燐の周りに現れる。

 大きさは、バスケットボールと同じくらい。

 そしてその玉は、火を濃縮したように赤く燃えている。

 華燐は魔術を素早く放つ。

 その火の玉は空間との摩擦によって、高音が鳴る。

 五個の玉は周一の逃げ場を制限するように飛んだ。

 そのうちの一つが周一に当たる。

 濃縮した火が爆発した。


 火の玉が当たる直前、周一は回避行動をとろうとしていた。

 しかし競技場を覆う火が邪魔をする。

 まるで誘うかのように、先々には火の玉が。


 瞬時に防御の耐性を取る。

 後ろに下がれば避けきれるのだが、後ろに下がろうとしない。


 周一は覚悟を決める。

 一つは受けよう。

 そして周一は魔力を十本に分ける。


 俺は魔術が直撃する前に身構えて受けた。

 服が少しだけ焦げる。

 しかし直撃したにも関わらずそれだけの被害で済んだ。

 相手はまだ様子見の段階。

 さっきので気づくかもしれない。

 この距離の不自然さに。


 魔術が当たったが何とかなった。

 まだ1/3くらいだ。

 腕が少しひりひりする。

 これは駆け引き。

 俺が、後ろに下がろうとすれば、あの子は近づいてくるだろう。

 そして、俺が前に進めば、あの子は遠ざかるだろう。

 そういう先手をあえて相手に譲る。

 あの子が近づくのであれば、俺が下がる。

 逆に離れるのであれば、俺は近づく。

 出来るだけ、長引かせたい。


 ――周一は構築した魔術を華燐に向けて放つ


 だめだ、重すぎる。

 この状態だと、魔術が思うように作用しない。


 魔術が相手に効かないのにも関わらず周一は冷静でいた。

 周一は確信していた。

 自身の魔術が通じることを。

 そうして周一は着々と準備を進める。


 華燐は何回か左右に動かされる錯覚を感じた。

 この感じ、魔術なのかどうかは分からない。

 本当に気のせいかもしれない。

 そして、この違和感は何?

 距離が変わらない。

 近づいても来ないし、距離を取ろうともしない。

 火の玉は後ろに下がれば避けれた。

 でも避けずに、それを受けた。

 相手の顔を見ると、焦りとか諦めるとかそういう目はしていない。

 きっと距離が重要なのかも。

 確かめに行く。

 遠距離では優位、でも状況が変わらない。

 相手に近づくことはこの優位をわざわざ見捨てることはあり得ないこと。

 でも、確かめないと。

 そうして、彼女は周一に近づくことを決める。


 華燐が周一に向かってくる。

 周一は距離を取ろうと離れる。

 周一の逃げ場を限定するように火を操りながら、華燐は器用に進む。

 次第に二人の距離が縮まっていく。

 周一はわざと火に飛び込んだりしているが、火の勢いによって速度が殺される。

 そうして二人は接触する。

 華燐の蹴りが周一の顔に向かうがそれを腕で防ぐ。

 華燐の勢いは止まらない。

 足蹴りを連続して繰り出す。

 周一は見事に全て防いだ、そして再び距離を取る。


 周一の準備は着々と進んでいる。

 周一は自分の状況を分析する。

 残りは1/3。


 華燐は違和感と苛立ちを感じていた。

 何がというのは分からない。

 でも違和感を感じた。

 ただの直感。

 また距離を取られた。

 近づいては来ない。

 このやり取り、いい加減面倒くさい。

 細かいことはあまり好きじゃない。

 展開している魔術の効き目も少ない、そしてあの強化魔術を破れない。

 なら、

 彼女は一つの魔術を使う。


 ***


 火鉢ひばち 華燐 かれんは四名家の一つ火鉢家の娘。

 この日本において赤の色を授かった一族。

 そして母は最強の魔術師。

 中学生の時に華燐は魔術で伸び悩んでいた。

 強化魔術に色をのせることが出来なかった。

 難易度の高い技術。

 火鉢の娘として魔術に色をのせることは火鉢が継承している魔術にとても密接な関係がある。

 火鉢家の場合その強化部分は「脚」。

 彼女は中々その強化魔術が出来なかった。

 名家ということもあって彼女にはなかなか友達が出来なかった。

 学校では楽しそうに異性と話している女の子の姿が目立つ。

 私も混ざりたい。

 でも恥ずかしくて話せない。

 そう思いながら月日が経っていく。


 ただ、母のようになりたかった。

 その強さに憧れた。

 でも、そんな強さはすぐに手に入らなかった。

 母と同じ魔術を扱うには、繊細な作業が必要だった。

 細かい調整。

 地道な努力。

 本当は友達を作って遊びたい。

 こんなのやりたくない、でもやらないと強くなれない。

 そんな葛藤がずっと続く。

 誰にも相談できずに、貯め込んでしまった。

 出来ない自分に対しての嫉妬がどんどん積まれていく。


 そしてある日その思いが、魔術の修行の時に爆発する。


 ***


 魔術は時に世界を欺く。

 火を生み出し、火を操る魔術。

 このような魔術だけでは世界を欺けない。

 一般的と呼ばれる、生み出して操作するだけでは足りない。

 そこに何か一つ工夫が必要になる。

 強い信念、強い思い、強い感情。

 何かしら自身が自身たらしめる要素が関係してくる。

 自分の魔術くらい、わがままででいい、自由でいい。

 魔力の強度が弱くても、

 魔力の構築が遅くても、

 魔力の色がたとえなくても、

 魔術を志す者たちは、自分が思い描く世界を魔術で表現する。

 その時、その瞬間が大切な思い出、そして宝物。

 宝物たちは、魔術になって世界を時として欺き、そして世界が魔術を欺く。

 魔力が物理法則に従うのではない、

 一般的と呼ばれる魔術とは一線を画すオリジナルの魔術。

 人はそれをと呼んだ。


 競技場を覆っていた、火が突如消えた。

 消した本人の表情に迷いはない。

 他の魔術と同時に使うことが出来ないために周囲の火を消す。

 華燐は迷いなく自身の脚に手を当てて、小さく呟いた。

「――いくよ、焔天脚えんてんきゃく

 自身が手に入れた力を意味する名前。


 彼女の脚は真紅に輝く。

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