5

 響来ひびきが競技場に着いたときに、観客席から自分を応援する声が聞こえた。

 響来は声がする方向に拳を突き出す。

 そして拳を下して、火鉢ひばち 華燐かれんと向き合う。

 響来が挨拶を始めた。

「俺は䬅扇きょうせん 響来ひびき、勝つつもりで行く」

 挨拶されると思っていなかった華燐は驚いた顔をしたが、すぐに私は華燐よと素っ気ない返事。

 お互いの挨拶が済み、指定の位置まで移動する。

 顔が向き合う。

 審判が開始の合図をした。

 お互いが魔力を循環する。

 そして強化魔術が発動する。

 しかし、次の瞬間今までになかった現象が起こる。

 魔術を展開していた。

 それは明らかに目に見える。

 響来はとても薄い緑色の風を、そして華燐からは赤い火がそれぞれ二人を覆うように現れる。

 響来が展開した魔術は華燐より、色も規模も弱く見えた。

 そして二人が相手に手を向けた瞬間、中空で風と火がぶつかる。

 風はその火に押上られてしまい、響来にその火が向かう。


 火が届くまで、あと一メートルのところ響来は冷静に対処法を考える。

 属性の相性は最悪だ。

 うまく技を使って、防がなきゃいけねえ。

 そこそこの強度で魔術を展開したが全然話にならなかった。

 しょうがねえ、分ける。


 すると響来の中であることが起きる。

 循環している魔力は一本しかない。

 それをに分けて魔術を展開する。

 先ほどよりも規模は一回り小さいが、色が濃くなった。

 魔力を分割して濃くする技術。

 魔力を意図的に濃くさせる。

 循環の間隔が変わるため、慣れが必要。

 だが、響来は自然に行う。

 自身の周りに先ほどより濃い緑色の風を纏う。

 纏っている風に火が触れた瞬間その火をかき消した。

 響来は上手く魔術を防いだことを確認して納得するように頷く。

 そして、華燐に向かって走り出した。

 響来には考えがある。


 遠距離で戦って勝ち目はない。

 近づくのはリスクがある。

 魔術を外したくない。

 俺の魔術が通用するかどうか……

 試さなければ、分からない。

 風を纏う。

 緑色の風が渦を巻きながら、響来を包み込む。

 自身の魔術の準備も並行して行う。


 再び彼女から同じ火が放たれる。

 色、規模どれも同じ。

 その火と響来を纏う風が当たった瞬間、今度は風が消えた。

 同じように見えた魔術だが、火の強度が上がっている。

 響来を守るのはただ透明な強化魔術のみ。

 対照的に華燐の周りには赤い火。


 一歩踏み込めんで拳を振れば当たる。

 二人の距離はそこまで近くなっていた。

 響来は内心焦りを感じる。

 予想よりも早く、近づいちまった。

 さらに今は俺を守ってくれる風はない。

 魔術の準備も終わってない。

 しょうがない、魔術の展開を優先する。

 踏み込んで接近戦に持っていくぜ。

 並行していた魔術の準備から切り替える。

 生身で魔術を受けるのはそれで不利になる。

 響来は瞬時に自身に魔術を展開する。

 一歩踏み出す。

 そして、ためらいなく、顔めがけ拳を振るう。

 しかし華燐はそれを察していた。

 近づく意図を何となく感じていた。


 華燐はこの状況を利用する。

 華燐は自分の間合いを調整して後ろに下がった。

 魔術を展開する様子はない。

 足を振り上げ、響来の攻撃を払いのける。

 そして華燐は周りに展開している魔術の火力を上げる。

 逃がさない。

 ここで倒す。


 響来に向けて魔術を放つ。

 火が赤くなる、空気が熱され膨張する。

 そして響来を守る緑の風を蝕んでいく。


 今度は逆に、華燐が響来に近づこうと距離を縮める。

 響来は華燐が操る火から逃れるため、すかさず後ろに下る。

 響来は魔術を用いて、近づく邪魔をする。

 華燐の足は止まり、彼女も魔術で応戦する。

 赤い火、緑の風が踊るように舞い上がる。

 そうして、二人の距離は約二十メートル離れた。


 響来は周りにある粘着するような火を、魔術で上書きして消す。

 今の対応を自身で褒める。

 よく、対処できた。

 あのまま、突っ込んだら間違いなく負けていた。

 相手が受けてくるとは思わなかった。


 響来は逆に、彼女に触れたことで冷静になれた。

 そして、直接触れたことにより現実を知る。

 魔術の力勝負じゃ勝ち目がねえ。

 魔力の素の質が明らかに違う。

 並の性能じゃない。

 俺が守るために使った魔術も、簡単に燃やされた。

 状況はよくない。

 相手は遠距離でその火を放っていれば、負けることはない。

 俺の魔術を防御で使いたくない。

 出来れば、先手を取りたい。

 俺の魔術は当てるのが難しいから、距離も詰められるだけ詰めたい。


 響来は、華燐に近づいた時の瞬間を振り返る。

 あの時、放つ準備が出来上がっていたら。

 あと少しで、魔術を放つことが出来たら。

 防御に使わず、先手を取れた。

 もう、近づくことは難しいだろう。

 相手は魔術を展開していれば負けることはない。


 響来は一つの賭けをする決心をつけた。

 これは賭けだ。

 防御に魔術は使わない。

 相手の魔術が勝っていたら、その時はその時。

 負けだ。

 魔術の準備は出来た。

  

 響来は走り出す。

 自身の魔術を放つため、そして勝つために、近づくことを試みる。


 華燐は近づいてくる、響来を見つめていた。

 何がしたいのか分からない。

 だが、何か考えがあることを感じた。

 触れて分かった。

 魔力の素はそこまでじゃない。

 警戒するのはあの循環。

 循環の速度が、異常に速かった。

 今はさっきよりも循環が遅い。

 魔力を絞っているのは分かったけど、その乱れない循環は見事と形容する他無い。

 自身もあまり好きではない魔術を修行した。

 修行したからこそ分かる。

 あそこまで仕上げるのにどれ程修行するのか。

 そして嬉しくもあった。

 同年代に自身と同じ、魔術に費やした者がいたことに。

 魔術はそんなに好きじゃない。

 だからと言って、負けるつもりはない。

 私は自身の脚に手を触れる。

 いつでも準備は出来てる。

 立ち向かってくるなら受けて立つ。

 さっきは逃げれたけど今度はどう?


 華燐は響来に向けて魔術を展開する。

 火がうねり上げる。

 まるで生き物のように。

 高さは四メートルほど。

 その規模や、色は最初とは比べ物にならない。

 競技場の1/3を占める。

 色は赤く、赤い。

 その勢いは激しく、圧倒的な火。

 逃げ場をなくすように、その火は包むように燃えていく。


 火が徐々に響来を包み込んでいく。

 体中がひりひりする。

 所々服が焦げていたり、火傷している。

 これじゃあ、このまま負けちまう。

 相手の位置は大まかにしかわからない。

 このまま負ける。

 この火に突っ込んで耐えれなくても負け。

 移動して位置が変わっていたらそれでも負ける。

 だが、同じ負けでも挑戦して負けることを俺は選ぶ。

 勝負するしかねえ。


 魔力を三本に分ける。

 緑色に染まる、強大な風が、響来の目の前に現れる。

 それは大きな緑の風。

 この火を吹き飛ばす、そんな意思を魔術から感じた。

 一点に集中していた魔術を展開する。

 緑色の風が、火と衝突した。

 火はびくともしない。

 ただ緑の風が赤い火に飲み込まれる。

 大きな壁となって響来の目の前に立ち塞がる。

 弱い風、強い風、どんな風も防ぐ壁に見えた。


 響来の意思が届いたのかは分からない。

 少しだけ、少しだけ、その火に隙間が出来た。

 響来は声を出さずに笑う。

 一筋の勝利の道。

 そのために駆け出す。

 体は火に飲まれる。

 服は焦げ、さらに皮膚には火傷。

 酷い部分には血も見えている。

 そんなことで、立ち止まらない。

 突き進む。

 ただ突き進む。


 響来は火の壁を潜り抜けた。

 目の前には華燐がいる。

 距離にして五メートル。

 

 響来は大きく息を吸った。

 

 想像以上に分厚かった。

 火によって行く手を邪魔されたが、ここでもう使うしかない。

 魔術の準備は完了している。

 もう

 あとは放つだけ。

 

 ***


 俺はただ、自然とそれを身に付けた。

 俺の苗字、䬅扇きょうせんは四名家の一つ風鍔かぜつばの遠い親戚。

 両親の教育で、循環を覚えた。

 俺は楽しかった。

 年の離れた兄と一緒に修行してた時に、出来てしまった。

 俺の魔術が。

 兄にその魔術を見せたらひどく驚かれ、そして褒められた。

 胸部だけが緑色に光る強化魔術の姿を。

 俺はその時はまだよくわからなかった。

 兄と一緒に修行するのが楽しくて、魔術を覚えた。

 その時に俺は決めた。

 この力を極めてやると。


 ***


 響来の胸が緑色に輝きだす。

 息をただ、深く吸った。

 そして、慣れ親しんだ言葉を叫ぶ。


「吐あああああああああく!」


 その瞬間暴力的な緑色の竜巻が発生する。

 横向きの竜巻は地面を抉り、巻き上げた石を粉々にして進む。

 強化魔術の色のせ。

 特殊な方法によって使う、最強の強化魔術。

 響来は呼吸器系を強化させる。

 響来の魔術。

息吹いぶき』。

 魔術が物理という世界を従えた結果、超常的な現状を引き起こす。

 魔術それは小さな力。

 しかし時としてその力は大きく個人を後押ししてくれる。 

 世界が魔術を欺き、

 そして、

 魔術は世界を欺く。


 華燐は響来が火を潜り抜ける瞬間を見ていた。

 そして胸部だけが光ったことを認識している。

 警戒を上げるが突如、響来の叫びが耳に入って一瞬驚いてしまった。

 そのせいで一動作遅れる。

 次の瞬間暴力的な竜巻が華燐に向かって来る。

 避けようするが間に合わない。

 受けるしかない、華燐はそう判断した。

 魔力を絞り込む。

 自身を守るように火の魔術を展開する。

 分厚く、赤く、熱い火の壁を。


 ただその壁は、圧倒的な風の前では無力だった。

 それごと風が飲み込んでいく。

 ただ無慈悲に。

 そして華燐は竜巻に飲まれた。


 ***


 響来は既に次の準備をしていた。

 一度魔術を放てば、実質繰り返し行うことが出来る。

 華燐は竜巻に飲まれたが、まだ強度魔術が消えていないのが見えたからだ。

 いつの間にか周囲の火は消えている。

 響来は心の中で呟く。

 あれで仕留められなかった。

 もう一度ぶっ放さなきゃ、やべえ。

 今の状況は、俺が圧倒的に優位だ。

 この状態なら吸って、吐けば間に合う。

 次で終わらせる。


 そうして魔術を構築しようとした瞬間。

 見えた、いや見た。

 響来の竜巻が真っ赤に燃えて消えた。

 まるで溶けるように。

 そして彼女の脚が、光っている。

 真紅に光る「脚」だ。

 響来は瞬きをした。

 その横には彼女の足がある。

 顔を狙っている。

 だが響来は自然と笑顔になった。

 華燐から「見事だった」と聞いて、響来は地面に倒れこんだ。


 競技場の観客席は静まり返っていた。

 この激戦を見てみな言葉を失っている。

 そしてこれが魔術の戦い。


 担架で響来が競技場の外に運ばれて行く。

 運ばれていくのを見たときに、土壌どじょう 結媄ゆみはちょっと見てくると言って席を離れた。

 その後を追うように波止場はとば 志津河しずかも席を離れた。


 浸渡しみわたり きょうはその戦いを見て思った。

 届かなかったか。

 よくやったとかは思わない。

 ただ、次は勝てよと。


 次の試合に向けて、白い服装の人たちが、魔術を展開して競技場を元に戻す。

 抉れていたり、溶けている地面が無くなり、元の平らな地面になる。


 そして新人戦、最後の戦いが始まる。

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