4
新人戦当日。
午前中は循環の試験。
特に周一は何の問題もなくすぐに終わった。
午後の新人戦は校舎の隣の競技場で行われる。
そして今、競技場の控室にいる。
新人戦に登録したのはたった8人。
周一たちの学年は150人で、1クラス30人。
生活において魔力の循環はほとんど必要ない。
必要なのは魔力を出すこと。
しかし、一般家庭では教育の一環として練習する場合がある。
誰かに師事していたり、名のある家の者でなければ難しい。
また、動きながら循環を使うには一定の修練が必要になる。
それは循環した時の速度を自分でコントールして、維持する必要がある。
一定の間隔で循環させることはとても重要で、再度魔力の素に戻ってくるまでに強化魔術が弱まってしまう。
その弱まった瞬間を突くことで相手を戦闘不能にしやすくなる。
だがそんな隙を突けるのはまれだ、熟練者同士になるとその隙は無いといっていいほどの速度になる。
最近の授業で習い始めの者、元から遅い者には出場が厳しい。
そして今年は注目の
俺はあたりを見渡す。
出場するみんなが同じ控室にいる。
その空気はとても張り詰めていた。
あのチャラ男からは想像もできない。
「よう」と何時ものように軽口で声を掛けたら、無言で頷かれただけだった。
さらに声をかけようと思ったがやめた。
普段はとてもお喋りな奴なんだが、挨拶して頷くだけで返ってきたのは、初めてだった。
目線を変えて、火鉢 華燐をちらっと見た。
あまり緊張してる様子はなく、とても落ち着いた雰囲気を出している。
そして対戦表を再確認する。
俺の山は一番左。
響来は一番右の山、そして響来は準決勝で火鉢 華燐と当たる。
他の者たちに悪いが、気になるのはこの二人だけだ。
アナウンスで俺と対戦相手の名前が呼ばれて、競技場に向かった。
空は青く、晴れている。
独特な緊張感はない、日常ではないが別に問題はない。
匂いはほとんどない。
強いて言うなら、乾いた地面の匂いがする。
競技場の大きさは例えるとサッカーコートよりも一回り小さく丸い。
地面はむき出しで平たい、障害物は特にない。
競技場の観客席には人がまばらにいた。
午後は自由参加で、見ない人もいる。
中央には豪華な服を着た女性と、教師の人たちが揃っている。
周りには白い服装の人たちが見える。
間には審判。
そして対戦する相手と対峙した。
俺と相手の距離はおおよそ10メートル。
開始の合図が聞こえた。
俺は目の前の相手の強化魔術を見て思った。
まだまだ循環が隙だらけだ。
これならすぐに終わる。
そして魔術の準備を始める。
***
両親の都合で、俺は5歳の時からイギリスにいた。
その時、同年代でもありよく遊んだのが、
俺が住む家で遊んでいた時に、志津河が循環を見せてくれた。
その色に魅せられた。とてもきれいに輝く青い光が、志津河を包んでいる。
宝石という鉱物があるのは知っていた。
何で知ったのか覚えていないが、宝石の図鑑が家にはあった。
その美しさは、その図鑑に書いてある数倍いや何十倍にも輝いて見えた。
まるでサファイアのような輝きだった。
実物を見たことはない。
一目見た瞬間とても綺麗だと思った。
この輝きと色に憧れ、そして何よりも羨ましかった。
志津河の輝きを見た俺は同じように、魔力を循環させてみる。
彼女のようにスムーズにできない。
俺は循環の準備をするのに1分近くかかった。
そして魔力を循環した。
ゆっくり丁寧に。
期待した、わくわくした。
でも俺は輝かなかった、そして色も出ることはなかった。
この瞬間、現実を知った。
俺にはない、色も輝きも。
でも、諦められなかった。
魔力の素の能力なんて関係ない、俺もその輝きと色が欲しい。
頑張れば身につく、出来ないことは無い、そう思って俺は始めた。
魔術の修行という名の勉強を。
俺は独自に魔力のこと循環のことを学んだ。
わからない知識は両親、周りの大人、友達に聞いた。
図書館に行って本を読んだ。
循環の練習もした。
外にいる時、志津河と遊ぶ以外の時間、とにかく家で循環の練習をした。
無垢だった俺は、ただ無我夢中に貪欲に求めた。
そうこうしているうちに6年が経った。
成果は循環が無意識に行えるようになった。
秒で計れるものではない。
一瞬で循環が行えるようになった。
手に入ったのは速さだけ、俺の循環は色が付くことはおろか輝くことさえ無かった。
俺が本当に欲しい物は手に入らない。
だからと言ってあの輝きを忘れられなかった。
身分も、年齢も、運も、関係ない。俺だけの物。
でも、俺の中にはいないんじゃないだろうか?
こんなにやっても、見つけられない。最初は循環が速くなるのが楽しくて、たくさん練習した。でも成長が見えなくなると共に俺は不安になった。
その輝きが有るのか? 無いのか? 他人に聞いても分からない。だって、自分にしか分からないのだから。
もう練習を諦めようか続けるか、橋の上で川を眺めながら考えていたある日。
「何を悩んでいるんだい?」と知らない男から話しかけられた。
俺は何を思ったのか、本音を口に出していた。
「色は無理なのは分かった。俺にも友達のような輝きが欲しい。そう頑張ってきたけど、止めようか悩んでる」
「魔力の素の輝きかい?」
「そうだけど、なんでわかったの?」
「見る人が見れば分かるものさ」
そうしてまた男が話しかける。
「良かったら、僕の弟子にならないかい?」
「なにそれ、意味わからないんだけど」
「じゃあ、よく見るんだよ」
そう言われた通り、その人のことを見た。
外で使える魔術は循環とそれで発生する強化魔術のみ。
志津河のようにあんな凄い循環は今まで見たことがない。
この人はどうなんだろう?
そんな疑問を抱いていた。
そして何の前触れもなくその人が輝いた。
色々な角度から光を放っていた。
志津河に見せてもらった宝物のようにとても輝いて見えた。
その光は次第に輪を作り出す。
そして俺は見た。
この人が自分で輝きを作り出しているところを。
「弟子になれば君にこの輝きをあげることが出来る、どうだい?」
俺が瞬きした後その輝きは消えていた。
「弟子にしてください」
俺は真剣な表情で口にしていた。
あの時抱いた無垢な心を思い出す。
欲しい、欲しい、俺もその輝きが欲しい。
***
周一は特に焦った様子も緊張した様子もない。
魔力の流れを感じ、魔力を循環させる。
そして自身の循環する魔力を絞る。
自ら魔力に手を加え、循環を高速で行う。
強化魔術が発動する。
周一の体を薄い薄い強化魔術が覆う。
むらなく、均等に。
目を凝らしても見えるか見えないくらいの強化魔術。
並みの魔術師ではここまでの強化魔術いや、循環は出来ない。
ここまでする必要はない。
しかし周一はそれを自然と行っていた。
周一は強化魔術を体中に張り巡らす。
一瞬の隙間もなく。
薄い薄い魔力だがその強度は並みのものではない。
彼には絶対的な自信がある。
魔力の操作、こと循環において誰にも負けないという絶対的なもの。
循環の隙、強化魔術の隙を見抜くのは彼にとって容易い。
周一の場合はここまで循環を極める必要があった。
自分の魔術のため。
そして周一は準備を始める。
相手の様子を見るとようやく、循環が一周した。
周一の循環はもう何百周もしている。
そして周一は一歩二歩と踏み出し、相手の目の前に進んだ。
相手が驚いた表情をしているが周一には関係ない。
相手の循環は出来ているが何分遅すぎた。
拳で相手の腹部を殴る。
勝負は一瞬。
対戦相手はお腹を押さえ地面に倒れた。
そして相手の強化魔術は解除されている。
審判が終了の合図を出す。
その一瞬の出来事に観客席の生徒たちからちらほら驚きの声が聞こえる。
当の本人は、あまり気にしていないようだ。
周一の一回戦は終わった。
周一は対戦相手に軽く礼をして、控室に戻って行った。
***
試合も俺の準決勝が終わり、控室に戻る途中、火鉢とすれ違った。
特に会話は交わさなかった。
控室に戻ったら響来が俺に声をかけてきた。
「おめでとう、流石だな」
「ありがとう、いよいよ次だな」
「ああ、俺は勝ちたい」
「俺は勝った、先に待っている」
真面目な顔でおうと返事して、競技場に向かっていった。
***
観客席では、波止場 志津河、
競技場に向かう途中、結媄と峡が合流。
そのあとに、結媄が志津河を見つけて合流した。
最初の接点は放課後、志津河が周一を呼びに行ったときにお互い自己紹介をしている。
もちろん響来とも。
それからは学校ですれ違ったときに挨拶や話をしていたりする。
ちょうど周一が控室に戻るときに、結媄が興奮した様子で最初に口を開いた。
「周一くん、凄いね。普段強化魔術使うの見てるけど、あんなに速く使ってるの見たことないよ。なんで二人ともそんなに驚いてないのよ! あと、あのバカもすごいじゃん!」
最初に峡は当たり前だ的な反応をして、次に志津河が話す。
二人共あまり驚いていない。
「そんなの当り前だ、周一と暑苦しいやつの循環はほぼ完成している」
「私は周一と付き合いが長いからね、でも響来くんの循環もすごいね」
そんな返答が返ってきた結媄が不機嫌な顔をする。
「なんで二人とも分かるのよ。しかもなんで循環なのよ」
峡がそれに対して答える。
「国内戦とかを見ていても、こういう細かいところは見落としやすい。いかに循環が重要かを再認識させてくれる。いくら強力な強化魔術を施しても、ムラがあっては駄目だ。どんな魔術師でもこの循環を瞬時に均等に行う必要がある。じゃないとあいつらのように魔術で相手すらさせてもらえない。この結果は循環の差で生まれたものと言っても過言ではない。もちろん学生同士の戦いっていうのもあるかもしれないがな」
「へーだからすぐ終わちゃったんだ。今日はいつにもなく饒舌だね。私は強化魔術が見えないから二人の意見を聞きたいんだけど、あのバカは火鉢さんに勝てそう?」
二人の返答は、「負けるかもな」、「難しいです」
結媄がどうして? と聞き返した、そして峡が説明する。
「色の濃さが違い過ぎるあいつは暑苦しいが、色はそんなに濃くない。循環をうまく使えば、誤魔化せるが、その地力の差で負ける」
「え!? じゃあ、ほとんど勝ち目ないじゃん」
それに対して、志津河がすぐ反応した。
「いいえ、まだ負けじゃありません。おそらく響来くんは自分の魔術を持っています」
峡がだろうなと一言、結媄が驚いて答える。
「あのバカ、自分の魔術持ってるの!?」
「お互い手の内は知らないから、その魔術を使って勝つしかない」
「じゃあ勝てるように、私たちが応援してあげないとね」
と最後に結媄が会話を終わりにしてえいえいおーと掛け声をかける。
おーと反応したのは、志津河だけだった。
峡は一人思っていた。
あの循環は、厳しい修行をした結果だ。
実技の授業で初めてあいつの循環を見たときにそれを思った。
あいつの肩を持つのは不服だが、勝って欲しい。
口には出さずに心の中でそう呟いた。
今日も変わらず、峡の目にはくまが付いている。
そうこうしているうちに、準決勝が始まる。
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