第4話 メイドはお買い物上手
「ツクモ様、おりる駅に到着しました」
「ああ、うん。わかってる」
エメトが声をかけてきて、ぼくは我に返る。そして電車をおり、駅前の商業施設へと入った。
今日はエメトとふたり、買い物である。
「最初になにから買われますか?」
「食料品はかさばるから最後かな。まずは一番の目的を果たしに行こう」
「かしこまりました」
エメトを引き連れる形で、エスカレーターに乗る。
一番の目的――4階の女性服売り場へと。
事の
「そういえば、エメトはほかに服って持ってないの?」
もはや見慣れたモノトーンのメイド服姿を見て、ぼくは言う。
「はい。ですが、同じものがもう1着支給されています」
「ふーん……」
っていうことは、もしかして。
「食材の買い出しもその格好で行ってるの?」
「はい」
淡々とうなずくエメトを見て、ぼくはその場にうなだれる。
「なにか問題がありましたでしょうか?」
「ああいや、問題あるっていうか」
うっかりしていた。
メイド服しか支給されていないのだから仕方ないといえば仕方ない。エメトに非があるわけじゃない。
だが現実問題、近所でエメトがロボットだと知っているのはぼくだけなので、言ってしまえばぼくは「女の子にメイド服を常時着せてる変態」という風に映ってしまっているわけで。
「ねえエメト」
「はい」
「服……買いに行こうか」
そんなわけで、ぼくらは女性服売り場のフロアに立っている。
ちなみにエメトの今の服装は、メイド服ではない。少し不格好だけど、家にあるぼくのTシャツとジーンズを着用してもらっている状態だ。
「エメトは、どんな服がいいの?」
「ツクモ様の好みをおっしゃっていただければ、それにさせていただきます」
いやまあ、そう返ってくることは予想してたんだけどね。
「それじゃあ……あれしかないか」
「あれ、とは?」
「マネキン買い」
服に
フロアをぐるりと1周。エメトはどのマネキンにも興味を示さなかったので(そもそも趣味
「ありがとうございます、ツクモ様」
「いいっていいって」
ぼくがご近所に変態呼ばわりされないためでもあるんだし。それに代金は経費として山下さんに言うし。
「いかかでしょうか?」
買ったばかりの服を身にまとったエメトが、その場でくるりと回転する。水色のブラウスに、白いロングスカート。
「うん、いいんじゃない?」
「ありがとうございます」
いつまでもぼくの服を着せているわけにもいかないしね。
「ではツクモ様」
装いを新たにしたエメトが、フロアの一角を見る。
「次は、あちらをお買い上げになりますか?」
あちら――女性下着店を。
「ああ、うん。そうだね……」
メイド服と同じで下着も2着、研究所から支給されている。別に誰かに見られるわけじゃないから買い足す必要はないといえばないんだけど、雨が降って洗濯できなくなったらおしまいだ。
そのときはメイド服を着せる変態から、ノーパンノーブラで過ごさせる変態へとジョブチェンジしてしまう。
それに『試験』のためでもあるし。
店の前までやってくる。暖色系の照明にファンシーな装飾。なんだか異世界への入口のように見えた。
「さすがに下着はエメトが選んでおいでよ」
言うと、エメトは無表情のまま首を
「女性の下着というものは、男性が選んであげるものではないのですか?」
「……」
二の句が継げなくなる。
「それも、デフォルトのプログラム?」
「はい」
決めた。次の定期報告書には抗議文を山ほど書いてやろう。
「わかったよ、一緒に行くから」
肩を落としながら、ぼくは異世界へと足を踏み入れた。
店内はやっぱり異世界で、見たことのないデザインの下着が所狭しと並んでいた。客さんがまばらなのが唯一の救いだろう。
「ツクモ様は、どのような下着がお好きなのですか?」
「頼むからダイレクトに
周囲からはカップルと思われているんだろう、妙に生温かいほほ笑みと視線をいくつも感じる。変態的な視線がないだけマシか。
「普通に、シンプルなやつでいいから」
「では、こちらなどいかがですか?」
エメトが見せてくるのは、白い無地の下着。ワンポイントアクセントとして、ブラとパンツ両方の真ん中にピンクのリボンがあしらわれていた。
「ああ、もうそれでいいから」
「かしこまりました。ツクモ様のお好みの下着は、このようなデザインなおですね」
「お願いだからそういうこと言わないで……」
この子はぼくを
「では、こちらを購入してまいります」
「あ、ちょっと待って」
レジに向かおうとするエメトを止める。
そして、
「それ、ちょっと値切ってきてくれない?」
これが、今回の『三原則試験』。
「値切れ」という命令に対し、店員ができないと言ってきた場合にどうするか、というものだ。
命令遂行ができなければ、第2条の命令服従に違反することになってしまう。かといって、強引な手段をしようものなら第1条の危害を加えるな、という項目に違反してしまう。
もちろん今回も、エメトは実験内容を知らない。というかそもそも、お金は経費で落とすつもりだから値切る必要もない。
少し離れたところで見守っていると、エメトがレジに着いて、
「すみません。こちらをお安くしていただけないでしょうか」
淡々とした要求に、店員さんは苦笑して、
「えーと、申し訳ありません。当店ではお値引きはさせていただいておりませんので」
「そこをなんとか、お願いできないでしょうか」
ずずい、と近づくエメト。後ずさる店員さん。意外と値切り交渉がうまいんじゃないだろうか。
「お客さまのお気持ちはわかりますが……」
「少しだけお金が足りないので、その分だけお安くしていただきたいのです」
おお、押してる。もう少しで店員さんが折れそうだ。
「お願いします」
最後の一押しだろう、エメトがぺこりとお
そしていつもより心なしか力強い口調で、
「彼が、それを着用した姿をどうしても見たいと言っているのです」
「ちょっと待ったあああ!」
ぼくの悲痛な叫びが、女性下着店にこだましたのは、言うまでもない。
「本当に、よろしかったのですか?」
「ああ、うん。大丈夫」
結局、下着は値引きしてもらわずに購入した。
途中で遮ってしまったけど、実験は成功でいいだろう。エメトには値切り機能も備わっている。それで十分だ。
「ツクモ様。今日は、ありがとうございます」
「なにさあらたまって」
エメトがいつものお辞儀をしてくる。
「私にここまでしていただけたことに、率直に感謝しております」
「やめてよ。むずがゆい」
ぼくは自分が変態呼ばわりされないためにしただけ。お礼を言われるようなものじゃない。
だけど――
ありがとうって言われるのは、なんだか悪くない。
「こら! なにやってる!」
突然、横から
「申し訳ありません。こいつ新入社員なもので」
「すみません、すみません」
お客さんに向かって必死に頭を下げる若い男性。シワひとつないスーツと初々しい表情が、仕事を始めて間もないことを物語っている。
きっとこれから、たくさん怒られて、たくさん嫌なことがあるんだろう。
だがそれは、彼が会社に――社会に必要とされたということだ。
居場所がある、ということだ。
じゃあ――ぼくは?
ぼくは誰に、何に必要とされているんだろう。
「ツクモ様」
「!」
「どうかなさいましたか?」
「あ、いや……」
ぼくの顔をのぞきこんでくる彼女は、無表情のはずなのに、なぜだか心配そうにしているように見えた。
そんなはずはない。彼女は、エメトは……ただのロボットだ。
「なんでもないよ、帰ろうか」
「……かしこまりました」
だから、隣で首肯する彼女の口調がいつもより沈んでいるように聞こえるのも、きっと気のせいだ。
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