第15話 小人の姉
「エリオくん!」
「ちと待って。反応があったんだ」
迫るアメリアに向け左手をあげ、右手に巻きつけた糸をくいくいっと小刻みに引っ張る。
かえってきた反応は小さかったが、反応速度ははやい。
こいつは何かあったな。
ゆっくりと糸を引き上げ、止める。引き上げ、止める。
二度目に止めた時、ピクピクと向こうから糸を引っ張る反応があった。
「どう? エリオくん」
「少し待とう」
物憂げな顔で穴を覗き込むアメリアに少し離れるよう指示を出す。
何が飛び出してくるか分からないからな。
反応から察するに問題ないとは思うけど、万が一ってこともある。
ガサリ。
ぴょこんと穴から三角帽子が顔を出す。
パトリックだ。
「無事か?」
「うん。宙づりになってびっくりしちゃった。でも、姉ちゃんが!」
「穴がどこかに抜けていて、すとんと落ちたってことか?」
「外の壁にまで繋がっていたんだ。中腹くらいだと思う。あの下は谷になっているんだ!」
「『通り道』とは別の場所に?」
「うん。通り道は東西にあって、北側が谷になっているのさ。姉ちゃん!」
「すぐに行こう!」
「ありがとう。兄ちゃん」
パトリックの話は要領を得なかったが、のんびりと構えている場合じゃないことだけは分かった。
彼の姉の無事を祈りつつ、壁の外側に移動する。
◇◇◇
確かに谷がある。
小人のパトリックにとっては、だけど。
そそり立つ壁の高さに反し、谷は五メートルの深さもなかった。幅も一メートルと少しといったところ。
ゴゴはといえばヒクヒクと鼻を揺らし、顎を上に向けている。
彼女の鼻を信じるのなら、この崖のどこかにパトリックの姉がいるはずだが見当たらない。
崖の中腹となれば、相当な高さなんだ。十センチほどの身長しかない小人を発見するには裸眼だと難しい。
「パトリック、見えるか?」
「見えないよお。下に落ちているのかな、それとも崖に」
「小人の視力は人間と余り変わらないのか?」
「近いところは人間より見えると思うけど、僕達は人間より小さいから、遠いところは(人間より)もっと見えないよ」
「分かった」
となればしらみつぶしに探すしかないか。
ゴゴの鼻先を参考にするなら、崖のどこかに引っかかっているかもしれない。
そうあってくれと願いつつ、固有能力を開放する。
「
体積自在なのがドールハウスなのだけど、要は物を拡大縮小する能力なんだ。
こいつを俺の視界に適用すれば――。
視界が拡大されるのだ。
虫眼鏡で拡大されたかのように目に映る景色が一変する。
自分の目に固有能力を適用することを俺は滅多にしない。視界を拡大すると、酷く狭い視野でしか見ることができなくなってしまうから。
岩肌のでこぼこまでハッキリと見える。
岩の出っ張りか刺さった小枝なんかに、パトリックの姉の姿がないか探して……いや待てよ。
先にパトリックが落ちたとかいう穴を探せば、そこから落ちたわけだから。
お、あった。
小さな小さな穴を発見したぞ。
ここから真っ直ぐ下に……。
「いた! 能力解除」
視界の向きを変えぬよう慎重に視力を元に戻す。
「どこなの? 姉ちゃん!」
「この先の尖った岩のところに引っかかっている。衝撃を加えると落ちるかもしれない」
パトリックと同じようなピンク色の三角帽子をかぶったワンピース姿の少女。
彼女は肩口辺りでうまく服が岩先に引っかかっていて、宙づりになっている。
岩を縮小して一気に助け出したいところだけど、そうもいかねえ。
小さくした衝撃で彼女が崖下に落ちてしまうかもしれないから。
「兄ちゃん!」
パトリックがぶんぶんと両手を振り、俺の名を呼ぶ。
焦る気持ちは重々分かる。だけど、選択を誤ると彼の姉は崖下に真っ逆さまだ。
んー。どうしたものか。
「エリオくん」
今度はアメリアが俺の肘辺りの服を引っ張ってくる。
彼女もまた真剣な顔で眉間に皺を寄せつつも、反対側の手で指を一本立てた。
「あのね。布で受け止めることはできないかな?」
「それだ。アメリア!」
「うん! エリオくん、馬車から布を」
「いや、『受け止める』って言葉で思いついたよ」
そうだよ。「受け止めれば」いいんだ。
だけど、最初は大胆にそして、後からは繊細に慎重にいかねえとな。
ゴゴの鼻が正確に場所を示していることも分かったから、彼女にも協力してもらおう。
「それじゃあ、救出作戦、開始するぞ!
大雑把に崖の下三分の一ほどを段々になるように大きくして、階段のように中腹まで登ることができる道を作っていく。
ゴゴを手のひらに乗せ、ズズとパトリックはアメリアに抱えてもらい階段状の岩肌を進む。
「ゴゴ、どっちだ?」
ヒクヒクと鼻を揺らすゴゴが顎を斜め上に向ける。
そろりそろりと歩きつつ、ゴゴの鼻が真上を指すまで移動。
「
足場になる程度に岩肌の一部を拡大し、そこへ跳躍、着地した。
ゴゴの鼻の様子を確認しつつ、細かく慎重に下から上へと少しづつ岩肌を拡大していく。
よし、あそこだ。
十センチしか身長がないとはいえ、近くまで来たらハッキリとパトリックの姉の姿が確認できた。
受け止めるというヒントから、下からせり出すように登り階段を作っていく作戦が功を奏したようだ。
「姉ちゃん!」
ズズごとアメリアの手の平に乗るパトリックが叫ぶ。
「待ってろ。パトリック、すぐに救い出す」
はやる彼へできる限り穏やかな声で言葉を返す。
ズズの首元をつまんで肩へ乗せる。彼女は俺の肩に乗っても変わらず鼻をヒクヒクさせ首をパトリックの姉へ向けていた。
一方で俺は、足場になるように岩肌を大きくして、そこへ足を乗せる。
手を伸ばし、ぐったりして気絶している様子のパトリックの姉をそっと掴み、パトリックの方へ向ける。
「大丈夫だ。息はある」
「よかった! ありがとう! 兄ちゃん!」
「下に降りるまで俺がこのまま彼女を運んでいくぞ。落ちないように慎重に」
「うん!」
パトリックの姉は小さく小さく胸を上下させていた。
ふう。呼吸にも問題ないし、この様子だと気絶しているだけだと思う。
◇◇◇
「
最後に岩肌を元に戻して完了だ。
ゴゴの上にパトリックの姉を乗せ、地面に降ろすと待ちきれなくなったパトリックがアメリアの手から飛び降りて彼女に駆け寄る。
「姉ちゃん!」
「気絶しているだけだと思う。もし怪我をしているようなら、アメリア特製のポーションがある」
「うん!」
姉を抱きしめるパトリックが力強く返事をした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます