第16話 げーこ
「あ」
「え」
思わぬ事態に俺とアメリアの声が重なる。
微笑ましい気持ちで姉を抱きしめるパトリックを眺めていたら、赤い紐のような何かが伸びてきてパトリックに絡まった。
何だ? と思う間も無く、パトリックが宙を舞う。
「アメリア! パトリックの姉を見ていてくれ。すぐに追いかける!」
「うん!」
モンスターの気配? もちろん探っていたさ。
俺はアーチほど感知能力に優れているわけじゃない。それでも、これほどあからさまに襲撃される気配を出されて気が付かぬわけじゃあない。
原因は至極単純なことだった。
「人間基準」で危険を探っていたこと。これに尽きる。小鳥の捕食者と、人間の捕食者、巨人の捕食者はそれぞれ異なるだろ?
小さな肉食動物やモンスターにまで気を払っていたら、多過ぎてきりがなくなる。
アーチだってそうだ。前述の通り、彼の感知能力は俺より優れている。
だけど、彼が危険だと判断するモンスターにしか反応しない。最近だと炎竜とかだな。
ともかく、油断していたわけじゃなくてもパトリックが連れ去られてしまう事態になってしまった。
彼が宙に浮いた角度、距離から判断するに――。
こっちだ。
左斜め前の茂みの裏。
ひえええ。
な、なんという絵面だ。
ズズより二回りくらい大きいエメラルドグリーンと白のツートンカラーをしたカエルがパトリックを飲み込んでいる。
だが、幸いにも彼の体全体を丸のみにしていたわけじゃなかった。
彼の下半身はカエルの口から出ていて、脚をばたつかせている。
よかった。あれだけ体を動かすことができるのならまだ無事だ。
だけど、あくまでも「まだ」無事なだけで予断を許さない。
窒息している可能性も高いからな。滑稽過ぎ、力が抜けそうな絵面だけど、早く対処しなければ。
「パトリック」
俺が近寄ってもカエルは微動だにせず、パトリックの脚はまだバタバタと揺れている。
どうしたもんかなこれ。カエルを踏みつぶしてもいんだけど、なんだか気が引ける。
「脚を引っ張っていいか? 大丈夫そうなら右の足首だけを動かしてくれ」
お、パトリックが指示通りの動きをしてくれた。
ならば、親指と人差し指でパトリックの腰を挟み、ゆっくりと引っ張り上げる。
「あ、ありがとう。兄ちゃん」
上半身をねとねとに絡まれたパトリックが顔に付着したねとねとを拭いつつ俺に礼を述べた。
パトリックという餌を引っこ抜かれたカエルは、相も変わらずみじろき一つしない。
な、何なんだ。このカエル。
謎の大物感を出すカエルに対し、たらりと額から冷や汗が流れ落ちた。
「パトリック?」
「兄ちゃん、こいつ、悪い奴じゃなさそうだよ」
「いやいや、さっき食べられそうになっていたよな!」
「うん、でも」
パトリックはぬとぬとになった手でカエルの腹辺りを撫でる。
まずい、不用意に近づき過ぎだ。
カエルがぱかんと大きな口を開き、顔を上に向けた。
げーこげーこ。
ぐ、ぐうう。いちいち気の抜ける。
なんだこの間抜けな鳴き声は。
カエルだから仕方ないと言えばそうなんだけど、パトリックは何故かにこにこしてカエルを撫で始めたし。
「
パトリックの少年らしい高い澄んだ声が響く。
これって固有能力か?
げーこげーこ。
表面上カエルの態度は変わっていない。
げーこげーこ。
だああ。いちいち鳴き声を出すな。
「うん。友達になってくれるって」
パトリックが背を伸ばしぺしぺしとカエルの顎下を叩く。
「今の力はパトリックの?」
「うん。ズズやゴゴみたいなアンゴラネズミのお世話をしているうちに、使えるようになったんだ」
「そうなのか! 固有能力だよな? 今のって」
「固有能力? 僕たちの間ではスキルって呼ばれているよ」
「へえ。呼び方はどうであれ、俺の『ドールハウス』と似たようなものだよな」
「兄ちゃんみたいな、ものすごい力じゃないけどね。ほんのささやかなものだよ。こうして、友達になれる能力なんだ」
「言う事を聞かせたりってこともできるのか?」
「うーん。お願いはできるけど、命令はできないよ。命令はしたくもないし……だって、友達だもん」
「何だかいいな。その考え方」
純朴な小人族のパトリックらしい固有能力……スキルだよな。
小動物と友達になれるスキルなんて。もう何度目か分からないほど同じことを考えているけど、パトリックはどんだけ人が良いんだよ。
そのカエル、自分を捕食しようとした奴だぞ。
そいつとお友達って……。俺なら確実に踏み潰している。ヒャッハーとな。
「ま、まあ。パトリックも無事だったことだしアメリアのところへ戻ろうか」
「うん!」
げーこげーこ。
俺たちが動くと、カエルがズルズルと後をついてくる。
「パトリック」
「どうしたの? 兄ちゃん」
「カエルが」
「一緒に来たいって!」
「そ、そうか……姉ちゃんが捕食されないようにちゃんと『お願い』しとけよ」
「食べないよ。だってゲコは僕の友達だもん。僕の大事な人を食べたりしないよ」
「それならいいんだけど……」
戻って早々、パトリックの姉が脚をばたつかせることになんなきゃいいんだけど。
いや、まだ彼女は気絶しているからばたばたもしないか。
って、そんな問題じゃねえ。本当に大丈夫なんだろうな、このカエル。
もし、彼の姉を捕食しようもんなら、バッサリといってやるから覚悟しておけよ。
なんだか少し納得がいかないところもあったけど、パトリックが無事でなによりだ。
彼の姉が目を覚ましたらひと段落ってところかな?
元の場所に戻ると、アメリアが満面の笑顔を浮かべこちらに手を振る。
「エリオくん、パトリックくん、お姉さんが目を覚ましたよ! でも、言葉が通じなくて」
アメリアはペタンと座った自分のスカートの上へ指先を向けた。
そこには、彼女と同じようにペタンと座っているパトリックの姉の姿が。
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