第13話 小人の村

「すげえ。こんなところがあったなんて」

「おもちゃ箱みたい」


 俺に続き、アメリアも両手を胸の前で合わせ歓声をあげる。

 岩壁にぐるりと囲まれた小人の村は別世界のようだった。

 洞窟の出口に当たる部分から細いレンガの道が伸び、小さな小さな畑が広がる。畑と交差するようにズズと同じアンゴラネズミの牧場が見えた。

 牧場は木の枠で囲まれていて、アンゴラネズミたちは放し飼いにされている。

 

 俺たちの知る村や街と違って、コンチュ村には外と中を隔てる壁はない。

 おもちゃの箱のような赤と青の屋根がポツポツと並び、途中から小高い丘になっていた。

 丘をぐるりと取り囲むように、うねったレンガの道に沿って民家が立ち並び、頂上には高い櫓が建っている。

 

 小人たちにとっては、普通に住むことができるサイズなんだけど、俺やアメリアにとってはそうじゃない。

 繊細に扱わないと壊れてしまう、小さな小さな宝石箱。それが俺の抱いたコンチュ村の印象だった。

 

「兄ちゃん、助けてくれてありがとうな。村には……無理かなあ」

「だな。俺たちはここで、とてもいいものが見れたよ。それだけで満足しているさ」

「僕にはよくわからないや」

「そうだな。うん。ここで待っているからさ、一つ頼まれてくれないかな?」

「いいよー」


 いや、内容を聞いてから返事しような。

 なんて思ってしまうのはきっと俺の心が汚れているからだろう。

 小人がみんなパトリックみたいに牧歌的で人を疑うことを知らない人たちばかりなら、小人の村は外部の者に知られないようにした方がいい。

 

 しかしそれはそれ、これはこれ。

 遠慮なくお願いすることにしよう。カカカ。

 

「俺、行商をやっているんだけど、何か交換できそうなものはないかな? それと、移住希望者も募っている」

「ポーションなら、みんな欲しがると思うよ! お姉ちゃんが煎じたものだよね! 移住希望……?」

「ここから引っ越ししたい人がいないかなあって」

「うーん。外は危ないよ。僕だってほら」


 困ったように顔をしかめたパトリックは芝居がかった仕草で大仰に肩をすくめておどけてみせる。

 確かになあ。このサイズだと脅威ではない生物が脅威になる。

 岩に囲まれたこの地こそ、小人たちの安楽の土地なんだろう。

 それだと無理に移住者を募るのも頂けないか。

 

「だな。もし奇特な人でもいたら、で。俺さ。アメリアと一緒に街を作ろうと思っててな。それで絶賛住民募集中だったんだよ」

「そうなんだ! 何だか面白そうだね!」

「だろ。いつも虹がかかる土地にアガルタって街をつくるんだ」

「へえ。僕も一度行ってみたいな!」

「いつでも歓迎するよ。引き留めてごめんな」

「ううん。行ってくるね。少し待ってて」


 ぶんぶんと両手を振って、パトリックは小人の村に向かっていく。

 彼の後ろ姿と小人の村は絵になるなあ。まるで絵本の中に来たようだ。

 

「アメリア。お昼にでもしようか」

「うん!」


 ずーっと景色を眺めていたアメリアに声をかけると、彼女はハッとしたようにこちらに振り向きコクリと頷く。

 分かる分かる。ずっと見ていたくなる風景だよな。

 この最高の景色を見ながらの昼食は格別だ。

 

 ◇◇◇

 

 ずずずず。

 お茶がうまい。

 満腹になったアーチは丸くなってすやすやと寝息を立てている。

 アメリアもアーチの毛皮の中にうまり、うとうととしている様子。

 俺も何だか、眠くなってきたなあ。

 

「ふああ」


 両手を伸ばし、大きく伸びをする。

 目元から涙がにじみ、指先で拭い取った。

 ん?

 ズズに乗ったパトリックが血相を変えてこちらに駆けてきている。

 どうしたんだろう? 何か不測の事態が起こったのだろうか。

 しかし、周囲に何か起こった様子はない。アーチも反応していないし、今危険が迫っているってことは無さそうだ。

 

「といっても」


 寝そべった体勢から両足を振り、振り子の要領で一息に立ち上がる。

 パトリックの様子はただ事じゃあない。気を引き締めておいた方がいいだろう。

 

「兄ちゃん!」

「どうした?」


 ズズから降りようともせず、パトリックは涙目で俺をみあげてくる。

 相当動揺しているようで、何か喋ろうとして言葉になっていないようだった。

 

「まずは落ち着くんだ。すうはあすうはあ」

「すうはあー。すうはあー。ふう」

「その調子だ。ゆっくりでいい。要領を得なくてもいい」

「兄ちゃん。俺の姉ちゃんがいなくなってしまったんだ!」


 ううむ。まさか家出ってわけじゃあないよな。

 

「攫われたのか?」

「分からない。どうしよう、俺。姉ちゃんがまだ戻ってないっていうんだ」

「落ち着け、パトリック」


 パトリックに向け指を一本立てる。

 状況がまるで見えないが、彼から事情を聞かないことにはこちらもなんとも言いようがないからな。

 

「姉ちゃん……」

「パトリックの姉さんは村から出たのか、出ていないのか?」

「出ていない……と思う。姉ちゃん、今日は家でパイを作るって」

「そうか。それで、時間になっても戻っていないと」

「うん! こんなこと今まで一度だってなかったのに」

「探そう。パトリックだって蜘蛛の巣の中に居たりしたんだ。村の中とはいえ、何者かに連れ去られた可能性がある」

「う、うん。だけど、何をすれば」

「まずは、村の人に聞き込みだ。姉さんがパイを作る時、外出はするのか? するのなら、どこに顔を出す?」

「そっか! 分かった。兄ちゃん。行ってくる」


 あ、待て。

 言うより早く、パトリックはズズを走らせ元来た道を進んで行ってしまった。

 

 んー。

 この村の中で行方不明になるとは考え辛い。

 誰かの家で長居しているとかならいいのだけど、パトリックのあの焦りようからそうじゃあなさそうだ。

 となると、何者かに攫われた?

 岩壁で囲まれた村を襲う者……空を見上げ、ポンと手を叩く。

 

「鳥か。龍か。空を飛ぶ生物かなあ」


 ともかく、パトリックの帰りを待とう。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る