第12話 岩壁なんぞ物の数ではない

「可愛いー」


 アメリアが両手を合わせて頬を桜色に染め歓声をあげる。

 彼女の気持ちも分からんくはない。確かに、ふわふわネズミと小人の少年の組み合わせは愛らしいよな。うん。

 特に可愛いもの好きではない俺でも、ついつい口元が緩んでしまうほどなんだもの。

 

「あ、そういや」


 ふと思い出し、ポンと手を叩く。

 小さな小さな刃物を指先に乗せ、パトリックの前に寄せる。

 

「兄ちゃん、ありがとう。僕のナタを持ってきてくれたんだ!」

「ま、まあな。はは」


 「実は食べてました」なんて言えるわけがない俺は「ははは」と曖昧に笑い後ろ頭をかく。

 そんな俺に満面の笑顔を向けたパトリックだったが、目線を葉っぱに移す。

 葉から伸びた細い茎を両手で握り、持ち上げた彼は葉っぱを左右に振り、にいいっと子供っぽいいたずらっ子のような笑みを浮かべた。

 

「お姉ちゃん、これもらっていいかな?」

「うん。そこでとってきたものだし、私が持っていても仕方がないものだから」

「やった。この大きさの葉っぱをとるのは中々大変なんだ」

「何かに使うの?」

「うん、こうして傘にするんだよ」


 肩に茎を担ぐようにして、顔を上に向けるパトリック。

 なんだか、絵本の中から飛び出てきたようだな。葉っぱの傘にふさふさネズミに乗った少年か。

 

「兄ちゃん、村まで案内するよ」

「もう大丈夫そうか?」

「うん。元気そのものだよ!」


 パトリックは葉っぱの傘をクルリと回し、ニヒヒと笑う。

 

 ◇◇◇

 

「ちっと、待ってくれ。ドールハウス」


 小人の道で馬車を走らせることなんてできないだろうから、馬車を手のひらサイズに変化させる。

 

「ほえええ。兄ちゃん、すごいな!」


 傘をぽろりと取り落とし、目を丸くするパトリックへ、アメリアが苦笑し彼に落ちた傘を手渡す。


「私も初めて見た時はビックリしたんだー。 世の中にはいろんな固有能力があると聞くけど、まさかこんな固有能力があるなんて」

「持ち運びにはとても便利な固有能力だよな。ドールハウスはさ」

「パトリックくんとお話しするのにも、ね!」

「そうだった」


 馬車を腰のポーチに入れ、しっかりと口を閉める。

 

「うお、兄ちゃん」

「そのまま、前を進んでもらおうかと思ったんだけど、大きさのことを忘れてた」


 長い毛をしたネズミのズズごとパトリックを持ち上げ、伏せの体勢をしたアーチの背中にまたがった。

 ズズをアーチの耳と耳の間に乗せ、アメリアの手を握り俺の前に座ってもらう。

 

「パトリック、方向の指示だけ出してもらえるか?」

「うん! 高いなあ! すげえ!」


 ズズに乗ったままのパトリックがはしゃぐ。

 

「うおおん」


 しかし、アーチの鳴き声に彼は両耳を塞ぎ、しゃがみ込んでしまった。


「ごめん、アーチの声も小さくしなきゃだな」

「うおん」


 アーチの名前を言ったからか、彼が再び一声吠える。

 馬車と違ってアーチなら、小回りもきくしどんな悪路だって楽々だ。

 崖だって登れちゃうんだぜ。ひゃっはー。

 

 ◇◇◇

 

 ごめん。さっきの言葉は訂正する。

 確かにアーチは傾斜のきつい崖のような登坂だって平気だ。

 だけどさ、ほぼ直角に近い壁のような崖なんていくらなんでも登ることができるわけがない。

 

 それも、岩壁の高さは百メートル以上もある。


「ごめんね。エリオ。僕、エリオとアメリアの体の大きさのことを考えていなかったよ」


 申し訳なさそうに三角帽子に手をやり、眉尻をさげるパトリックに向け首を左右に振った。

 アーチに乗って、パトリックとアメリアがきゃいきゃい歓声をあげながら景色を楽しみながら順調に進んでいたんだ。

 しかし、ここにきて岩壁にぶち当たった。

 そこでパトリックが指さすのは小さな、本当に小さな壁に開いた穴。

 この穴は、パトリックを乗せたズズでも頭がつっかえるほどの大きさしかない。

 

「この穴……いや洞窟を抜けた先がコンチュ村でよかったんだよな?」

「うん。コンチュ村は岩壁に護られているんだ。この壁があるから、怖いモンスターが入って来られないんだよ」

「なるほどなあ。迂回しようと思ったんだけど、村は壁で囲まれているのかあ」

「うん。入り口はこの洞窟ともう一つ、同じような洞窟だけだよ」


 うーん、どうしたもんかなあ。

 腕を組み、首を捻る。

 そんな俺へアメリアが仕方ないと言った風に両手を合わせ苦笑いした。

 

「エリオ。小人さんの村を見てみたかったけど、私たちの大きさじゃあ仕方ないよ」

「うーん。いや、心配の種はそこじゃあない」

「他に何を心配しているの?」

「体の大きさの違いってのは、この穴みたいに当たり前が当たり前じゃなくなるって思ってさ」

「それって?」

「ん。いやなに。パトリックが『十分な広さがある』と言っても、本当はアーチが寝そべるくらいしかなかったりするかもだろ?」

「それは……あるかも」


 アメリアと俺の視線は自然とパトリックの方へ向かう。

 二人に見られたパトリックは何のことだろうと鼻を指先でさするばかり。

 

「パトリック。壁の中にある村ってどれくらい広いんだろう?」

「エリオの馬車くらいなら、村の広場に入るほどだよ」

「おお。そいつは具体的な例でよいな。それだったら大丈夫そうだ」

「でも。この洞窟は僕とズズにしか」

「ん? そこは問題ないさ。俺には固有能力があるから」


 よっと。

 アーチの背から降り、岩壁を見上げる。

 洞窟の場所は避けた方がいいな。

 

 てくてくと岩壁に沿って数メートル離れ、立ち止まり岩壁に手を当てる。

 うん。視界は十分届く。

 

ドールハウス体積自在


 固有能力の発動と共に、そそり立つ岩壁の一部が消失したように忽然と姿を消す。

 そして、岩壁をくり抜いたかのようにアーチが通るに十分は横幅がある道ができたのだった。

 手品は簡単。岩壁の一部を縮小したんだ。ちょうど道ができるようにね。


「すげえええ! エリオ!」

「あ、あわあわ……」


 ズズの上でぴょーんと飛び跳ね喜ぶパトリックと、顎が抜けそうなほど口を開きぷるぷると指先を震わせるアメリア。


「パトリック。ここから進もう。安心してくれ。ここを抜けたら元に戻す。帰る時にもう一度、道を作っちゃうけど、ちゃんと戻すから安心してくれ」

「うん! もうコンチュ村は目の前だよ!」


 再びアーチに乗り、ゆっくりと岩壁そそり立つ道を進んで行く俺たちであった。

 

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