第9話 しましま

 ちょ、注意しようと思ったはなから彼女が突如四つん這いになって、もそもそと藪の下を覗き込み始めたじゃないか。


「しましま……」

「誰かいないか見ているんだよ?」

 

 顔だけ振り返って上を向く彼女に少しばかりドキリとする。決してときめいたとかそんなドキドキじゃあない。

 これは仕方ないことなんだ。彼女はスカートが短いしそんな姿勢になったら、不可抗力じゃあないか。

 俺はそもそも、無茶な行動を控えるよう注意しようとしたところだったんだぞ。

 

「ねえ、エリオ」

「見てない見てない」

「ちゃんと見て」

「いや、さすがにそれはよくない」

「こっちこっち」


 紳士的な態度をとる俺だったが、彼女にぐいっと手を引かれ、そのままその場でしゃがみ込む。

 藪の下を見てってことだったのね。納得だ。

 

 ほう。腰ほどの高さがある低木の下、雑草が生い茂る中にクリーム色の何かが見える。

 ひょこっと草の影から顔を出したそいつは、毛の長いネズミといった印象だ。ネズミよりは二回りくらい大きいだろうか、まんまるの黒い目と鼻。首元と耳の中の毛だけは茶色をしていた。

 俺たちと目があっても逃げる様子がない。それどころか、鼻をヒクヒクさせながら、左右へ蛇行し時折立ち止まって鼻をヒクヒクさせながらこちらに寄って来るではないか。

 

「可愛い」


 ぽやあと呟くアメリアに癒されながらも、彼女とは別の感情が俺に生まれていた。

 あいつ、野生動物じゃないんじゃないのか。

 長い毛のネズミのような動物は、俺たちと一メートルくらいの距離まで近寄るとさすがにそれ以上は寄ってこなくなった。

 手を伸ばせば届く距離にまでは人に慣れた鳥なんかでも寄っては来ない。ペットであっても、飼い主以外の見知らぬ人には足元までくることなんかないもの。


「ひょっとして……」


 手の平に乗せた小さなナタのような刃物をそっと前へ向けると、長い毛のネズミはお尻をこれでもかと振りクルリと踵を返す。

 そいつはよちよちと数歩進んで、こちらを振り返り鼻をひくひくさせる。

 ついて来いってことかも?

 

 アメリアの手を取り長い毛のネズミを驚かせないよう静かに立ち上がり、一歩だけ踏み出す。

 すると、彼も俺の歩幅分だけ先に進み立ち止まる。

 

 アメリアと頷き合い、長い毛のネズミの後をついて行く。

 

 藪を一つ抜けた後、目前にある大木の洞には蜘蛛の巣が張っていた。

 洞は俺が見上げるくらいだから二メートルちょっとくらいかな。手を伸ばしても届かない距離だ。

 ちょうど俺たちと大木の中間地点で長い毛のネズミが立ち止まり、二足立ちになって首をあげて口をもそもそと動かす。

 

「アメリアはここで、みてくる」

「うん……」


 ぎゅうと口をしぼめ、眉根を寄せるアメリアへ笑いかける。

 ここならまだアーチの索敵範囲内だ。強力なモンスターがいたとしたら彼が反応してくれる。

 何もないってことは、そういうことなんだ。

 彼の鼻は俺の気配察知より遥かに優れているから。とはいえ、完全に警戒しないってわけにはいかない。

 気配を隠すのに特化したモンスターだと、匂いさえ周囲に溶け込んでしまうからな。それが、ナイトメアクラスのモンスターだってこともある。

 つっても、道沿いにそこまでのモンスターはまずいないと思うけどね。

 

 ソロソロと足音を立てないよう大木の下まで歩き、洞を見上げる。

 何かいるのかなあ。

 幹を軽く蹴って、右手で洞へ手をかけもう一方の手で蜘蛛の巣を払いのけた。

 しかし、蜘蛛の巣の割に妙に重量が。

 不思議に思い、ゆっくりと引っ張り出すと蜘蛛の糸でがんじがらめになった繭のようなものが出て来た。

 

 ひょっとして……。

 繭をやんわりと掴み、地面に着地。

 

「アメリア、一旦馬車まで戻ろう」

「それ……」

「確認は後だ」

「うん」

 

 糸の主が戻ってきたら餌がなくなったことに怒り狂いそうだし、主が来ないうちにアメリアと共に馬車まで戻る。

 予想通り、長い毛のネズミも俺たちの後ろをひょこひょことついて来た。

 繭の中にいるのはきっと、このネズミの飼い主に違いない。生きていてくれたらいいんだけど……。

 

 ◇◇◇


 馬車の横扉を開け、アメリアに「入って」と目配せする。

 しかし彼女はすぐに入ろうとせず、横扉から馬車の中を見やり大きく息を吐いていた。

 あ、そういや、彼女、御者台には乗ったけど馬車の中にまだ入ってなかったか。

 

「すごいね、この馬車!」

「爺ちゃんからもらった特別性だからな! さあ、入って入って」

「う、うん」


 繭を持っていない空いている方の手でアメリアの手を引く。

 彼女はゴクリといった感じで小さく頷き、馬車の中へ一歩足を踏み入れた。

 彼女の足がふかふかのクッションで沈み込み、驚いたのか彼女が慌てた様子で足先を上にあげる。

 

「ふかふかになっているんだ! 見た目は外と同じ硬そうな黒色なのに」

「だろお。内側の壁も同じような感じなんだ」

「ほんとだ!」

「俺も最初驚いたのなんのって。硬い馬車の材質だから、中をどうしようかって思ってたら」


 あの時の爺ちゃんの顔を思い出し、乾いた笑みが浮かぶ。

 あの時は取り乱し過ぎたからな、いや、はしゃぎ過ぎたと言った方が正しい。

 爺ちゃんの呆れたような顔が今でも鮮明に頭に浮かぶ。

 

「でも、思ったよりシンプルなんだね、馬車の中。あ、ごめんね! 先に繭を!」


 床のクッションに慣れたアメリアの興味は馬車の中に移ったようだ。

 しかし、ハッとしたように彼女は俺の手の中にある真っ白の繭に目を向けた。

 

「はは。繭のことから先にやろう。馬車の中なら安全だ。アーチもいるし」

「うん!」


 その場であぐらをかき、繭をつぶさに観察する。

 対面でペタンと座り込んだアメリアも身を乗り出し繭を覗き込む。

 

 繭は絹糸のような光沢があるクリーム色の糸でできており、繭を引っ張っても糸がほどける様子がなかった。

 粘着性のある糸のようで、ガッチリとお互いがくっついているようだな。

 ハサミでチョキンしてしまえばいいか。でも万が一、中の誰かに引っかけてしまうと事だ。

 なら、こうするか。

 

「アメリア、少しだけ後ろにお尻をズラしてもらえるかな」


 アメリアが床に両手をつき、うんしょっと座ったまま後ろへ動く。

 よっし。では。

 

ドールハウス体積自在


 固有能力が発動した瞬間、手のひらサイズの繭が一メートルほどまで一瞬にして拡大する。

 

 シュパ――。

 腰からダガーを引き抜き、繭の端っこへ切れ目を入れた。 

 切れ目に指を差し込み、ぐぐぐっと力を入れたら余りに抵抗が無さ過ぎて一気に繭を切り裂いてしまう。

 

「よっし。これで」


 繭の中を覗き込んでみたら、小さな人影が横たわっているのが確認できた。

 人影は身長こそ10センチ程度だが、人間と同じような作りをした人型だ。

 そっと繭の中から出してみたら、小さな人型は顔も人間そっくりで、緑色の三角帽子に赤のチョッキ、木靴を身に着けていた。

 髪の毛の色は青で中性的な顔立ちをした少年とも少女とも判断がつかない。歳の頃は10歳前後に見える。

 

「小人……なのかな」

「可愛い。息をしているし、寝ているだけなのかな」


 アメリアと顔を見合わせていたら、いつの間にかひょこひょこと馬車の中に入ってきた長い毛のネズミが小人の頬をクンクンとし自分の鼻をくっつけた。

 だけど、小人は眠ったまま反応が無い。

 

「ん、しばらく寝かせて様子見るか」

「ポーションが作れるか外で薬草を探してもいいかな?」

「それだったら手伝うよ。この子のためを思ってだよな」

「うん。使わなかったら、売り物にもできるよね?」

「もちろんだ。……とその前に」


 すくっと立ち上がり、後ろへ目を向ける。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る