第10話 あ、主がきちゃった
馬車はアメリアの言うようにガランとしていて、後部に置いた大きな箱以外には何もない。
俺につられるように視線を向けたアメリアは大きな箱に興味津々といった様子。
「綺麗な色をした箱だね」
「シルバーメタルだったか、ハイミスリルだったか、その辺の素材でできているんだって。軽くて頑丈って教えてもらったよ」
「そうなんだあ」
大きな箱は白銀の光沢を持ち、蓋に当たる部分は湾曲している。この箱は、ぎゅうぎゅうつめになれば二人くらい中に詰め込むことができるほどの大きさがあるんだ。
箱の前面にはルビーがはめ込まれており、そこに手を当てると――。
「開いた! すごいね!」
きゃっきゃと歓声をあげるアメリア。
俺以外にこの箱を開くことができないように魔法がかかっているんだ。こうしてルビーに手を触れないと、この箱は開かない。
「よっと」
箱の中から、三センチほどのベッドを取り出した。
「この子を寝かせるのね!」
「うん。ドールハウス」
ドールハウスの力の入れ具合を調整し、ちょうどいい大きさになるように、少しづつ大きくしていく。
よっし、こんなもんだな。
小人の少年(仮に少年とした)を彼に合うサイズになったベッドに寝かせ、外に出る。
◇◇◇
外に出て来たものの、そんなにすぐ薬草って見つかるものなのかな?
と思っていたらアメリアが目の前の藪でしゃがみ込み、雑草の葉を摘まんでいるではないか。
「それ、薬草なの?」
「うん、だけどさっきの洞のところの方がいいかも」
瞳の色が赤から青に変わった彼女が顔だけを上に向ける。
「薬草でもいろいろ違いがあるのかな」
「うん。この薬草……ミーティアは怪我向けなの。あの子には傷とか見当たらなかったからあまり役に立たないかも」
「服の下に怪我があるかもしれないけど、それだったら血が滲んでいるものな」
脱がしてみなきゃわからないくらいの傷なら、慌てて治療する必要もないか。
気絶して眠っているだけだと思うんだけど、万が一他の要因もあり得るものなあ。
「ひょとしたら、麻痺毒とかに侵されているかもしれないと思ったの」
「なるほど! その辺は俺、全く未知の領域だ」
「エリクサーみたいな何でも治療! なんてものは私の腕じゃあ作ることができないけど、材料があれば治療薬と気付のポーションくらいなら」
「すごいじゃないか!」
思わず叫んでしまった。
俺の声にびくうっと肩を揺らしたアメリアだったが、照れたようにえへへと頭に手をやる。
「ほ、本当に薬師としては大したことができないんだよ。診断も苦手だから」
「診断が苦手なのは仕方が無いと思うんだ」
この先はあえて言わないでおいた。
彼女はずっと独りぼっちだったんだもの、患者の診察をやろうにもたまたま訪れた旅人相手くらいしかないのだから。
経験を積めなきゃ、得意になるようがないさ。
「でも、村の周りにあった草木は全部、見たの。だから」
「洞のところにあるのが、気付のポーションやらが作ることができる材料なんだな。でも、主が戻って来てるかもしれないから、俺が先行する」
彼女の言葉にはあえて答えず、明るい声でそう返した。
洞の前まで来たが、主はもちろんモンスターの気配は全くしない。アーチの反応も今のところ無いから、特に心配することはないだろう。
アメリアは洞のある大木の隣にあった木の根元でキノコと草を採取していた。
「アメリア、この糸とか、虫とかは判別がつかないのかな?」
「うん。私の『目』は植物だけしか分からないの。分かる『目』を持った人もいるってお爺ちゃんが言っていたわ」
「てことは、虫とかもポーションの材料に使えたりする?」
手を止めずにコクコクと頷くアメリア。
うああ。これまで飲んだポーションに虫とか入っていたかもしれないのか。
ま、まあ。効果があればそれで良しなんだろうけど……知らない方がよかったかも。
いそいそと採集を続けるアメリアの背中を見つめながら、額からたらりと冷や汗が流れた。
すぐにアメリアはクリーム色のキノコと木に張り付いていた地衣類の一種だろう灰色のコケみたいなものを採取して俺に見せる。
「これ使って」
「ありがとう」
布の巾着袋をアメリアに手渡すと、彼女はキノコもコケもひとまとめにして巾着袋に放り込んだ。
「これで一人分なら大丈夫」
パンパンと服をはたいた彼女は、ぐっと右こぶしを握り締める。
「よし、戻る……アメリア、先に戻ってていいよ」
「……何かきたの?」
「まあ、大した奴じゃあない」
耳を澄ますと聞こえる。カサカサという音が。
場所も分かりやすい。ほら、洞のある大木の樹上だ。葉が揺れている。
目線をそこに送ると、アメリアも気が付いたようでさああっと彼女の顔から血の気が引く。
「何がいるんだろうな、蜘蛛だろうか」
「エリオって絶対何か麻痺しているよお。あれ、葉の動き具合からして結構な大きさだよ」
「ん、まあ。アーチがまるで反応していないからなあ……」
強者ってのはどちらかだ。
ビリビリとする威圧感を放つものか、反対に全く気配を発しないか。
この気配の主はそのどちらでもない。大型の虫型モンスターか、せいぜい樹上生活する猛獣が関の山だろう。
どうやら相手はこちらを窺っているだけみたいだな。
つっても、隙あらば襲おうって腹がみえみえだぞ。
アメリアもいることだし、ここは、そうだな。
小石を掴んで、ひょいっと樹上に投げる。
「ドールハウス」
ちょうど葉の中に小石が吸い込まれていったところで、それを拡大する。
といっても飛竜の時ほど石を大きくはしていない。
ドシーン。
樹上から握りこぶし三つ分くらいの石と共に落ちてきたのは大型の蜘蛛だった。
全身が黄色と黒の毒々しい模様をしていて、脚だけで一メートルくらいかな。モンスターなのか、ただの大型の虫なのか難しいところだな。
「きゃああ」
蜘蛛を目の当たりにしたアメリアが悲鳴をあげ、俺の後ろにすがりつく。
一方で蜘蛛は仰向けにひっくり返り、脚をゆらゆらと動かしている。
「大丈夫だ。こいつはたぶん俺たちを襲ってこないよ」
「こ、怖いんじゃなくて……気持ち悪いの……裏返すなんて……脚の動きがあ」
そこまで嫌がるなら見なきゃいいのに。
俺の背中からちらちら顔を出して、ゆらゆら動く蜘蛛を観察するアメリアであった。
蜘蛛はといえば、ようやく表向きにひっくり返って洞のある大木に戻ろうとしている。
あれはモンスターではなくただの虫なようだな。モンスターは貪欲で食べられるものだったら、ところかまわず襲うことが多い。
自分より大型の相手に対しても恐れず向かってくる場合が大半だ。
だけど、あいつは自分の捕食対象以外は襲わないように見受けられる。さっき奴が警戒していたのも、縄張りから俺たちが去るのを待っていたってところだろうか。
小人の少年が囚われていたあの洞の中に餌をためているのかな。
「戻ろうか」
「倒さないの?」
「倒してもいいけど、潰す?」
「う、ううん……あ」
「お」
アメリアの驚く声と同じように俺も思わず声が出てしまう。
カサカサと進む大蜘蛛が大木の根元に前脚をかけようとしたところで、にゅーんと赤い棒のようなものが伸びてきて大蜘蛛の胴体を捉えた。
あれは、長い舌か!
そのまま長い舌に引っ張られた大蜘蛛は藪の奥に消えていった。
「うわあ……見に行く?」
「ううん、戻りたい……もうやだあ」
ぶんぶんと首を振るアメリアは俺の服をぎゅうううっと握りしめる。
あの蜘蛛を食べる長い舌の主ってカエルか何かかなあ。
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