第8話 トゲ?
「馬車を停車させようか?」
「ううん。もう少し、流れる景色を見ていたい。いいかな?」
「もちろんさ。じっくりと見たいのかなと思ったんだよ」
「そっちもとても魅力的! 外にも同じように森が広がってて、同じような木や鳥がいるんだね!」
何を当たり前のことを、と思うかもしれない。
だけど彼女にとっては特別なことで、何気ない景色でも全てが輝いて見えることだろう。
もう少し進むと分かれ道がある、俺が来た東側へ続く道と西側へ続く道。そこで少し休憩することにしようかな。
もっとも、彼女が馬車を停車させて欲しいと言えば、すぐに寄り道するつもりだけどね!
急ぐ旅でもないし、路銀に切迫しているわけでもない。行商で細々と稼ぐことができればいいな程度なのだから。
道すがら俺もぼーっと景色を眺める。前のめりになって興味津々で時折声をあげるアメリアと対称的に、俺から出るのはふああという欠伸だった。
同じような緑緑緑が続くんだもの。木々で視界は遮られているし、道も若干下り坂になっている程度だからしばらく視界が開けることもないだろう。
うつらうつらとしてきて、意識が飛びそうになる。
「エリオ!」
「ん?」
急に肩を揺すられ、俺の首がかっくんかっくんしつつ目が覚めた。
なんだろうと思い、彼女の指さす方向へ目を向ける。
お、赤い実が群生しているな。なんだろう、あの実は。食べられるのかな。
「アーチ、止まってくれないか」
「うおおん」
ガラガラガラと音を立て、馬車の車輪が減速し止まる。
ひょいっと御者台から飛び降り、アメリアの手を取り彼女を御者台から降ろした。
「見に行ってみようか」
「うん!」
「あ、女神像って持ち歩かないとだっけ?」
「ううん、村の範囲くらいだったら歩くことができたから、馬車の中に置いたままで大丈夫だよ」
「言われてみると、そうだよな。今だって身に着けているわけじゃあないし」
「うん! でも、遠くなり過ぎると体が引っ張られちゃうの」
「分かった。余り離れないようにしないとな。アーチ。ここを任せる」
「わおん」
アーチの喉元を撫でると、彼は気持ちよさそうに目を細める。
そのまま喉から後ろ頭までもふもふと撫で、手を離す。
「わ、私もやってもいいかな」
アメリアの言葉に反応したアーチが彼女の方へ顔を寄せ、ペロリと彼女の手の甲を舐める。
ぱああっと笑顔になったアメリアは、尻尾でもあったら思いっきり振っていそうな感じでアーチの首元へ手を伸ばす。
ひとしきりアーチを撫でた彼女は、ぎゅーっとアーチの首元を抱きしめ体を離した。
「幸せえー」
「アーチも嬉しそうだ」
伏せの体勢で尻尾をパタパタ振って喉をゴロゴロ鳴らすアーチはすっかりリラックスしているように見える。
「うおん」
アーチが首をあげ、行ってこいとばかりに一声鳴く。
それに対し俺とアメリアは顔を見合わせ思わずくすりと笑いあう。
「あっちだな」
右手の藪の奥に見えた赤い果実を顎で指し、アメリアと一緒にてくてくと藪を抜ける。
近くで赤い果実を見てみたけれど、初めて見る果実だな。大きさは野イチゴより一回り大きいくらいだけど、つぶつぶじゃあなくてつるんと光沢のある一つの丸い果実だった。
上部に緑の房があって、そこから蔓が伸びている。蔓は別の木の枝に絡まっていて赤い果実が成っていた。
「毒はないみたい。薬……にもならないみたいだけど」
彼女の赤い瞳がブルーに変わり、また元に戻る。
「おお、『目』の力かな?」
「うん。食べられるとは思うけど、おいしいかまでは分からないわ」
「そっか、うん。じゃあ、俺が食べてみるか」
「そのまま食べるの?」
「果物だったら熱を通すのも、だし。食べちゃえば分かるさ」
毒はないのだし、ダメな場合でもせいぜいお腹を下すくらいだろ。
伸びた蔓から果実を一つ引っ張りプチっと切り取った。
まんまるの赤い果実の上部にある緑の房を摘まみ、一息で口の中に放り込む。
「痛っ!」
果実の瑞々しさが口に広がり、甘味はそれほどないから野菜としてそのまま食べるのもいいななんて思っていたら、突然舌に痛みが走る。
反射的にペット吐きだすと、口の中に血の味が広がった。
ん、これは。
吐きだした潰れている赤い果実の実にキラリと光るトゲのようなものが刺さっているのが見て取れた。
自分の吐きだしたものだから汚いというのも憚られるが、トゲを指先で挟み果実から引き抜いてみる。
これって、超ミニミニなナタみたいだな。
柄と湾曲した鉄の刃がついている。柄には蔓が巻き付けられていて、これが人工物であり使われていたことを主張していた。
なんだろうな、これ。
「大丈夫?」
心配してくれたアメリアが俺の顔を下から覗き込んでくる。首を軽く左右に振り、彼女に問題ないと返す。
そのまま彼女に、小さな小さな刃物らしきものを見せる。
「小指くらいの長さだけど、ナイフみたいに見えるね」
「うん、この果実を採集しようとでもしたのかな」
「だとしたら、手のひらくらいの大きさの人たちなのかな」
「小人とか妖精のたぐいなんだろうか」
「小人さんや妖精さん!? エリオは会ったことがあるの!?」
「いや、いるのかどうかも分からない。大きな街で聞き込みをすれば分かるかもだけど」
「そっかあ。でも、そんな人たちなら、一度くらい会ってみたいよね!」
「だな!」
改めて見てみると、刃は何度か研いだ後があり大事に使われてるのかなと思わせるものだった。
落とした人はこれを探しに来るんじゃないかなあ。
「もし、小人なり妖精なりがいたとして、この刃物は忘れて行ったって感じじゃいよな」
「すごい、そんなことまで分かるんだ!」
両手を胸の前で組み喜色をあげるアメリアであったが、俺としてはそんなにすごい気付きをしたわけじゃないから照れくさくなってしまう。
「この刃物はさ、手入れが行き届いているんだよ。それで、果実に突き刺したってことは刃物を握っていたわけだろ」
果物を採取しようとして、途中で投げ出したと考えるのが一番自然だ。
投げ出した理由が何かは分からないけど。
「あ! 何か不測の事態があったのかも、ってことね。大変、それじゃあ、困ってるかもしれないじゃない」
今にも動き出そうとしたアメリアの肩をむんずと掴む。
はい。どうどう、落ち着いてえ。
彼女を振り向かせ、鼻の頭を指先でちょんと突く。
「例え、何かがあったとしても『今』じゃないだろ。まずは落ち着いて、周辺を探索してみよう」
「そ、そうね。うん」
「おっとお。待って」
振り返り、駆けだそうとしたアメリアの肩を再びむんずと掴み、こちらに振り向かせる。
「アメリア。助けたいって気持ちが前に出過ぎだよ」
「う、うん……つい。私が力になれるなら、なりたいと思ったの」
「『周辺』って言ったのは、本当にこの場所から見える範囲の意味での『周辺』なんだ。この刃物の持ち主のサイズを考えてみたらさ」
ハッとしたようにコクコクと頷くアメリア。
俺だって助けられるものなら人助けをしたいって気持ちはあるにはあるが、彼女の場合は自分のことを顧みずに誰かを助けたいと思っているようにも見える。
普通、自分があっての他人で、自分の身を犠牲にしてまで見知らぬ誰かを救いたいとまでは思わないんじゃないか?
何かそうさせる理由が彼女の過去にあったのかもしれないな。
いきなり飛び出して行かないように、彼女を見ておかないと。俺は彼女に傷付いて欲しくはない。
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