第2話 村が燃えている!
旅立ちの日から三ヶ月の時が過ぎた。
行商の旅は順調だ。だけど、辺境ばかり巡っている。
シリウスが深い森か山の中に虹がかかる土地「アガルタ」があるかもしれないっていうものだからさ。
ガロという村で行商をした俺は森の中を進み、大きな川の向こうにあるという次の村を目指してた。
ところが、川はまだ見えていないというのに道が分岐している。
「この道、何だろう。間に村はないと聞いていたんだけどなあ」
北に向かう細い道の方へ目を向けた。
視線の先には深い森が広がっている。より深い森か。
急ぐ旅でもなし、見に行ってみよう! 道があるのだから、ひょっとしたら村があるかもしれない。
「アーチ、行こう」
「うおん」
北に進路をとった馬車がガラガラと音を立てて動き始める。
◇◇◇
そろそろ夕方だし休もうかなと思った。
思ったんだけど、道の先にオレンジ色の光がかすかに見えたんだ。
これは何か起こっているかもしれないと嫌な予感がした俺は休まず馬車を走らせることにした。
「村だ!」
道の終点には村がある。見つけた瞬間だけは「やったぜ」と歓声をあげそうになった。
だけど、大発見だと思う気持ちはすぐに吹き飛ぶ。
空に鮮やかな赤色の鱗を持つ飛竜が舞い、向かう先の村にある民家から炎があがっているようにも見えたからだ。
あれは「炎竜」で間違いない! 放っておくと村が焼き尽くされてしまう。
すっかり夜のとばりがおりているが、視界は悪くない。空は雲一つなく満月が登っているのだから。
焦りだけが募り、黒い馬車の御者台から体を浮かした俺はギリリと歯をくいしばる。
細くうねった道を興味本位で進んできて村があったまではよかった。だけど、まさかこんな状況に出くわすなんて。
「アーチ! 飛ばせるだけ飛ばしてくれ!」
血がにじむほどに手綱を握りしめ、馬車を引く相棒に向け叫ぶ。
俺の願いに応じ、白銀の毛並みを持つ巨狼フェンリルが首をあげ「うおん」と吠え低い姿勢になる。
彼の四肢が大きなストライドを描き、馬の数倍ともいえる速度で駆けた。
村の入り口まではあと少し!
空を睨む。
炎竜の口元にチロチロした炎が見え隠れしているではないか!
ま、まずい。
炎竜の目線の先には村の入り口で立ち尽くす赤毛の少女。
「アーチ! 俺を投げろー!」
相棒に向け叫ぶ。
彼の返事を待たず御者台を力いっぱい蹴る。それと同時に御者台が馬車ごと忽然と姿を消した。
これでフェンリルのアーチを縛るものはもう何もない。身軽になった彼は軽やかに跳躍し、俺の胴をやんわりと口に咥え身をよじった。
次の瞬間、宙を舞った俺の体は勢いよく前へ突進する。
「しゃがめええ!」
赤毛の少女に向け声を張り上げたものの、バランスを崩しゴロゴロと地面を転がってしまう。
一方で彼女は突然目の前に現れた俺に驚くより早く咄嗟に身を屈めてくれた。
『ガアアアアア!』
炎竜の口から炎のブレスが吐き出され、一直線に俺と少女に向けて襲い掛かってくる。
対峙する俺は倒れたまま握りしめた黒い箱を地面に置く。
「いやあああああ!」
少女の悲鳴があがる。
しかし、俺には震えなどなく救援に間に合ったことで安堵さえ浮かべていた。
迫りくるブレスを睨みつけ、能力の使用を宣言する。
見せてやるぜSSSスレイヤーパーティの「荷物持ち」の力を。
「固有能力解放『
能力の解放とともに黒い箱が一瞬にして大きくなり黒い馬車に転じた。
そこへ、炎のブレスがぶち当たり、霧散する。
対する馬車には傷一つない。
黒い馬車は特別性だ。炎竜のブレスくらいじゃあ、かすり傷一つつかないぜ。
ちょうどその時、追いついてきたアーチが俺の隣に並ぶ。
「アーチ、彼女を頼む」
「うおん」
ふさふさの銀色の毛並みを持った喉を撫でるとアーチが一声吠え、少女を咥えてぽーんと自分の背中に乗せた。
「あ、え、あ」
不意にアーチに掴まれた彼女は戸惑ったような声をあげる。
「大丈夫だ。すぐに
前を向いたまま背を向けた彼女にそう伝え、その場でジャンプし一息で黒い馬車の上に着地した。
さあて。
首を回し飛竜を睨みつける。
奴は自分のブレスがふせがれたことに動じた様子もなく、また口元に炎をため始めていた。
それじゃあ一発行きますか!
ポケットに手を突っ込み、手のひらに収まるほどの鉄球を握りしめ、大きく振りかぶり――炎竜に向け投げた。
時を同じくして炎竜の口から再びブレスが吐き出される。
「固有能力解放『
鉄球が一瞬にして直径10メートルほどに体積を増し、ブレスごと炎竜の胴体へミシミシと音を立てめり込んだ。
ドシイイン!
いかな巨体を持つ炎竜といえども、圧倒的な質量を前にしては成すすべもなく地に落る。更に追い打ちとばかりに鉄球が炎竜の体を押しつぶした。
「な、大丈夫だったろ?」
ひょいっと馬車から地面に降り立ち、少女に笑いかける。
だが彼女は、お礼を言うわけでもなくビックリして固まるでもなく、民家を指さし茫然と呟く。
「家が……」
「他の村人はどうしたんだ?」
「いない。ここは廃村だもの」
ふるりと小さくかぶりをふる少女。
意外な彼女の言葉に今度は俺の方があっけにとられてしまう。
「君だけがここで暮らしていたの?」
「うん。ここにはもうかつての思い出しかないの」
「それって」
聞き返そうとしたが、彼女はフェンリルから飛び降り駆け始めようとする。
しかし、俺は急ぐ彼女の腕を掴む。
「私、消火しないと。家が燃えているから!」
「待って、ちゃんと見てからの方がいい」
彼女を抱えあげ、跳躍し馬車の上に降り立つ。
ここからなら、村の様子をよく観察できる。
「よく見てみろ、プスプスと煙こそあがっているかもしれないけど、もう燃えている民家はない」
「随分、燃えちゃったんだね……」
火災はもうないからって彼女を安心させようと馬車の上に登ったんだけど、村全体を見えるようにしたのは逆効果だったみたいだ。
彼女は灰と化してしまった民家を見たことから、頭を抱え顔を伏せてしまう。
「君以外はもうここにはいないのだろう? なら、どこか近くの村まで送るよ」
「それはできないわ。私はこの村から離れることができないのだから」
これほど危ない目に遭って、彼女はここから離れることができないと言う。
いや、そもそも彼女は廃村で一人暮らしていたのだから、余程深い理由があるに違いない。
「もしよければ理由を教えてくれないか?」
彼女がコクリと頷きを返す。
馬車から降りようとした彼女を再び抱え上げ、一息に飛び降りた。
着地したところで彼女をそっと地面に降ろす。
「……ありがと。ついてきて」
ぶっきらぼうにそれだけを俺に告げ、彼女はスタスタと歩きだす。
だけど、俺は彼女に対して特に思うところはない。むしろ、これが助けてもらった彼女なりの誠意なのかなと感じた。
俺に顔を見せぬよう、前を向く彼女の肩は時折震えている。
今の彼女には俺と接する余裕なんてないことが見てとれた。それでも尚、俺に「残らないといけない理由」を説明しようとしてくれているのだから。
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