第3話 村の守り神

 村の広場を抜けたら、すぐに民家が見えなくなった。

 木々に囲まれた細いあぜ道を進んだ先には巨大な岩が姿を現す。

 岩にはくり抜かれた部分があり、女神像が彫り込まれていた。女神像の足元には花が供えられており、それはまだ瑞々しさを保っている。


「村の守り神なの」

「これが移動できない理由なのか?」

「うん。女神像と私の命は繋がっているの。私は女神像から離れることはできない。これからもずっとここで」

「え、それって、一体どういうことなんだ!?」


 命が繋がっている? 魔法なのか、呪いの一種なのだろうか。

 驚き目を見開く俺に対し、彼女は長い睫毛を伏せ寂しそうに言葉を返す。

 

「だ、大丈夫だよ。私の体は至って健康だから。悪い事なんて何もないの。ただここから離れることができないだけ」

「……うん」

 

 きっと彼女にも深い事情があるのだろう。興味が無いと言えば嘘になるけど、傷心の彼女にこれ以上問い詰めるのは酷ってもんだよな。

 でも、ふむ。つまるところ、女神像が手元にさえあればいいってことだよな?


「もし、村から出ることができるなら、出たいのかな?」

「不可能だわ。だけど、外に出てみたい。私はこの村から出たことがないから……」


 その場でしゃがみ込んだ彼女が、女神像の手にそっと触れる。

 俺もそんな彼女の横で膝立ちになり、女神像に手のひらを向けた。

 

 ――固有能力解放。ドールハウス体積自在

 心の中で念じると、一瞬で女神像が岩ごと手の平に収まる大きさに形を変えた。

 

「え……」


 小石ほどになった岩を両手の手の平の上に乗せ、わなわなと肩を震わせる少女。

 驚きが収まった彼女は、座ったまま怪訝な顔で俺を見上げてくる。

 

「あ、ひょっとして、小さくしたら君に何か影響が?」

「何ともないわ。私は女神像があればそれで大丈夫みたい」

「そっか。それならよかった。もしかしたら、大きさが変わるとまずいんじゃあって……考え無しでごめん」


 後から考えてゾッとした。

 もし縮小することで彼女の身に何か起こっていたらと思うと……。

 本当にごめんと心の中でもう一度彼女に謝罪する。


「ううん。でも、どうして、ここまで私にしてくれるの?」


 ところが彼女は怒った様子もなく、俺に問いかけてきた。


「俺さ。今は行商をやって暮らしているんだけど、夢があるんだ」


 問いに応えず唐突に話題を変えた俺に対し、彼女は自分の問いかけを聞くでもなく頷きを返してくれる。

 

「夢?」

「うん。俺、爺ちゃんの引退を機にスレイヤーのパーティを外されちゃってさ。その時、爺ちゃんが『男なら自分の城を見つけろ』って」

「よく分からないわ……」

「シリウスがさ、消えない虹がかかる土地があるって。そこに俺の場所を作りたいんだ」

「そこに村でも作りたいというわけなの?」

「うん。そんな感じ。それでさ、報酬といっては何だけど、民家をもらっていってもいいかな」

「それは……うーん。一つお願いを聞いてくれるなら」

「うん?」

「私も連れて行って欲しい。かつてこの村は活気で満ちていたの。だから、残った家がもう一度、賑やかさを取り戻す様子を見てみたい!」

「それなら大歓迎だよ! 俺はエリオット。エリオとでも呼んでくれ」

「私はアメリア、まだ心の整理がつかないけど……」


 勢いよく立ち上がった彼女の動きに伴って、縛った髪の毛の毛先とスカートの裾がふわりと揺れる。

 続いて彼女は右手を差し出し、花が咲くような笑顔をこちらに向けた。

 

「よろしく。アメリア」


 ガシっと彼女の手を握る。

 

「こちらこそよろしく。エリオ、先に一言だけ言わせて」

「うん」

「ありがとう。本当にありがとう。外の世界に連れ出してくれて。夢を持たせてくれて」


 彼女の赤色の目から大粒の涙がこぼれ落ちる。

 涙をぬぐいながら、彼女がブルブルと首を振り再び笑顔になった。

 でも、目から涙が流れるのは止まっていない。

 

「ごめんね。嬉しくて」

「よっし、じゃあ、無事な家を小さくして馬車に運び込もう」

「うん! あ、でも、エリオ。ううん、何でもない」

 

 彼女の目から流れる涙が止まり、笑顔だけが残る。

 そのまま彼女は右手の空を指さす。


「炎竜はもういない。たまに数匹で襲撃してくるけど、気配を感じない」

「ううん、そうじゃなくって。このまま朝まで待ってみてくれない?」

「元からそのつもりだったんだ。もう夜も遅いし。何かあるのかな?」

「朝になってからのお楽しみ!」


 束になった後ろ髪を揺らし、口元に人差し指をあてるアメリア。

 彼女の動きに合わせて短いスカートがふわりと舞う。


「はは。何だか分からないけど、朝が楽しみになってきたよ」

「でも、私を連れて行ってくれる約束は忘れないでね、絶対だよ」

「もちろん! んじゃま、馬車のところまで戻ろうぜ」


 女神像が彫られた石を手のひらに乗せて歩く彼女を見て、持ち歩くには少し大きいかなと感じた。

 もうちょっと小さくした方がいいかな。あれ。

 

 ◇◇◇


 二人並んでフェンリルのアーチを待たせている広場にまで戻ってくる。アーチは馬車の横で四つん這いになり地面に顎をつけてじっとしていた。

 俺の姿が近づいてくると、尻尾をパタパタ揺らし顔をあげる。

 

「さてと、村の家をと思ったけど、明日の朝の方がよさそうだな」


 アーチの首元をゴロゴロさせながら、隣にいるアメリアへ目を向けた。


「うん、私もその方がいいかなあって」


 だよな。いくら満月の夜で真っ暗闇というわけじゃあないけど、朝よりは断然暗い。

 明るい時の方が地面に何か落ちていたらすぐに気がつくし、今晩はここですごすつもりなので急ぐ必要もない。

 ぐうう。

 その時、俺の腹が悲鳴をあげた。

 安心したらすぐ訴えかけるとは、腹の虫は相変わらず行動が早い。

 苦笑しつつ、周囲をぐるりと見渡す。

 

 広場は馬車とアーチがいてもまだまだ十分な広さがある。

 

「落ち着いたところで、食事といきたいところだけど……先に寝床を準備しよう」

「エリオ、私の使っていたお家は燃えちゃったの。他のお家でもいいかな……?」

「アメリアの家が……辛すぎるな……」

 

 それでさっき「家が……」と悲鳴をあげていたのかな。でも、彼女の気持ちは痛いほど分かる。思い入れのある家なら尚更だ。

 彼女は一人この村に残り暮らしていたのだろうから。


「ううん。エリオが女神像を連れ出してくれたから。でも、他のお家はずっと使っていないから、キッチンが使えるか見てみないと」

「じゃあ、俺の家を出そう」

「え?」


 さっき見せたじゃないか。俺の固有能力をさ。

 

 ひょいっと御者台へ飛び乗り、馬車から「家」をとって戻る。


「これ、俺の家。小さいけど中々気に入っているんだぜ」

「た、確かに……少し、小さいかなあ……」


 手のひらに乗せた家をアメリアに見せると、彼女の顔が引きつっていた。

 なんだよもう。丸太の形をそのままに活かした屋根がなかなか良いだろ?

 

ドールハウス体積自在


 手の平サイズの家が一瞬にして、人の住むことができる大きさに変化した。


「コンパクトだけど、煮炊きもできるしベッドもあるんだぞ」

「そ、そうなんだ……あはは」


 彼女の好みじゃあなかったのかなあ。

 手を家に向けたままプルプルしているし、家と言ったのが良くなかったのかもしれない。

 小屋といっていれば、彼女も「素敵」とか言ってくれたのかも?

 

 でも、野営する時はこの村の広場みたいに開けた広い土地を確保できないことの方が少ない。

 それに、俺とアーチが入ることができれば事足りるから、さ。

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