「ドールハウス」スキルで始める理想の街作り~老剣聖の元荷物持ち、町長に転職します~

うみ

第1話 突然、老剣聖から首を宣告された

「お前さんは今日限りでクビじゃ」

「え、えええええ! マジかよ。爺ちゃん」


 シッシとゴツゴツした手を振るい、口を尖らせる壮年の男へ言い返すも、男は取り付く島もない。


「いきなりどうしたんです。ベルンハルトさん」

 

 突然の出来事に細い目をした長髪の青年が口を挟む。

 彼以外の二人も一様に突然の出来事に戸惑った様子で首を捻っていた。

 

「爺ちゃん、いや、剣聖ベルンハルト。どうしてまたいきなり俺がパーティを首なんだよ?」

「お前さん、いつまで『荷物持ち』をやっておるつもりじゃ? 男なら自分の城を持ちたいとか思わんのか」


 壮年の男――ベルンハルトにバシーンと肩を叩かれる。

 強いって、爺ちゃんベルンハルト。相変わらずの馬鹿力だな、ほんと。

 彼が軽い気持ちでポンと叩いただけでも、俺が吹き飛んでしまうほどなんだから、ちっとは加減しろよ。

 

「ベルンハルトさん、我らのパーティはこれまでうまくやってきたではないですか。エリオを案じてのことなんですか?」

「そうじゃ。儂もいい歳じゃからの。そろそろ隠居しようと思ってな」

「ベルンハルトさんまで……。そうですか。エリオ」

 

 二人のやり取りを聞きながら、うーんと腕を組み唸り声をあげる俺。

 そんな中、突如自分の呼ばれた俺は、ハッとして顔をあげ細目の男へ目を向けた。

 

「シリウス。俺はどうしたら……正直迷っている。だけど、爺ちゃんが引退するなら」

「剣聖の『荷物持ち』は必要なくなる。そう言う事でしょうか」


 表情を変えぬまま、細目の男――シリウスが静かに問いかけてくる。

 俺は幼い頃ベルンハルトに拾われ、自分の固有能力を買われ彼に付き添ってきた。

 「俺の固有能力」は、荷物を持ち運ぶのにとても便利だから彼だけじゃなく他のみんなにも重宝されたんだ。

 ベルンハルト率いるパーティはモンスター討伐専門のスレイヤーの中で、押しも押されぬ最高ランク「SSS」に位置付けされている。

 だからこそ、戦利品も多く、そいつを持ち運ぶのにも俺がいてくれて便利になったとシリウスなんかは言ってくれていた。

 

 でも、確かに爺ちゃんの言う通り、俺は目的もなくただ彼らについて行っていただけ。

 子供だった俺をみんなが可愛がってくれていて、子犬のようにはしゃいでいただけなのかもしれない。

 だけど、それでいいと思っていた。

 だって、みんなとの旅はとても楽しかったんだもの。

 今日だって、冒険が終わりパーティの五人全員揃って酒場で祝勝会をやっていた。

 それが突然、爺ちゃんの引退宣言だ。そら、みんなポカーンとなるよ。

 

「爺ちゃん」

「なんじゃ。坊主」

「爺ちゃんもパーティから抜けるんだよな」

「そうじゃ。儂ももう体にガタがきておってな。満足に戦うこともできん」

「分かった。じゃあ、俺もパーティを抜ける!」

「うむ。いい目じゃ」


 へへ。

 ニヤっと口元をあげると、つられるように爺ちゃんも白い眉をあげ片目を瞑る。

 そのままふふふと笑いあい合戦になりそうなところで、シリウスが口を挟んできた。

 

「エリオ」


 シリウスがパーティメンバーのハイエルフの女性と筋骨隆々の大男へ顎を向けた。


「ちょっと、こっちへ」

 

 シリウスにぐいっと腕を引っ張られベルンハルト以外の全員がテーブルの隅に集まった。

 そこで俺は爺ちゃんから聞こえないよう小さく、本当に小さく囁く。


「あのさ。爺ちゃんは認めてくれたんだよ。俺がもう大人だって。だから、離れろ、自分の道を探せって」

「なるほど。本当に素直じゃないんですから。ベルンハルトさんは」


 くすりと笑うシリウスの顔に先ほどまでの厳しさはもう無かった。

 あ、爺ちゃんの耳がピクピク揺れてる。やっぱし、声をいくら小さくしても聞こえちゃってるかあ。

 

「ならば、今夜はベルンハルト殿とエリオの新たな門出を祝って盛大にいこうではないか」


 巨漢の男シュロスがガハハと笑う。声が大きすぎて耳がキンキンした。

 

「エリオくんはまだ飲んじゃあダメだからね」


 せっかく飲めると思ったのに釘を刺してくるのはハイエルフのニーナだ。

 

「おじさーん。ビールを四つ。それと、ぶどうジュースで!」


 手をあげて注文をすると、「あいよー」という元気のよい声が返ってきた。

 

 改めて椅子に座った四人の顔を一人一人チラリと見ていく。

 彼らとこうして会うのもしばらくは無いのかあ。これで最後って気が全くしないけど、明日になれば実感するのかな。

 

「エリオ、あなたはもう何を目指すか決めているのですか?」

 

 乾杯をした後、シリウスが俺に問いかけてきた。

 

「うん」

「おお、スレイヤーをやるのか?」

 

 ビールを一息で飲んだシュロスが続く。


「ううん。モンスター退治はやらない。俺さ。さっき爺ちゃんが『男なら城を』って言っただろ」

「城をどこかに建てるのですか?」

「いくら俺でも言葉の意味そのままじゃないって! 俺さ。自分の故郷ってものが無いんだよ。小さい時に爺ちゃんに拾ってもらってずっと旅だろ」

「そうじゃったな」


 ぶすっとぶっきらぼうに爺ちゃんが相槌を打つ。


「勘違いしないでくれよ。爺ちゃん。旅はとっても楽しかった。城をって言われた時にピンときたんだよ。故郷をさ、作ればいいんじゃないかって」

「ほうほお。そいつは面白そうじゃな。完成したら誘うがよい」


 偉そうにフンと鼻息荒い爺ちゃんだったが、にやけた顔が分かりやすい。


「それは街を作るということでしょうか。お金も必要になりますね」

「うん。とってもいい手を思いついたんだよ。俺の能力さ、『荷物運び』に適しているだろ。だから、行商をしようと思って」

「なるほど。資金を集めつつ、街の候補地も探すということですか」

「そそ! 参考までにみんなが知っている素敵な場所ってのを教えてくれないか?」

「もちろんです」


 言い出しっぺのシリウスから、語りはじめてくれた。

 彼の話を聞くうちに俺は夢中になってしまう。

 場所はどこか分からないけど、ずっと綺麗な虹がかかった土地があるらしい。その土地の名前は「アガルタ」と言うそうだ。

 そこだ。そこにしようと思った。毎日虹を見ながら一日を過ごす俺の街。想像しただけで幸せな気持ちになる。

 他のみんなもいろいろ教えてくれたが、俺の気持ちはもう虹がかかる土地で頭が一杯だった。

 

 目をつぶってこれから見る景色を夢想していたら、寝ているとでも思ったのかニーナが毛布を被せてくれる。


「エリオは寝たのか」

「いろいろあって疲れたんでしょう」


 爺ちゃんとシリウスの声が聞こえてきた。

 次の瞬間、カツンとビールグラスを打ち付ける音がして、彼らがまだまだ飲むのだなと分かる。


「エリオは一人でちゃんとやっていけるのでしょうか」

「なあに、あいつのことだ。心配いらん。もうあいつは一人前だ」

「そうですね。奥深くの秘境にでも行かない限り、『強さ』の面では心配ありません」


 爺ちゃん、シリウス……。

 やべえ。普段全く褒めない二人がこんなことを思っていてくれていたなんて、少しジーンときた。

 

「エリオくんはお財布を忘れないか心配だわ」

「ガハハハ。それもまた冒険じゃないか!」


 次のニーナの突っ込みにガクンとする……。

 目を瞑って聞き耳を立てていたら、本当にウトウトしてきて、いつしか眠ってしまった。


 ◇◇◇

 

 ――翌朝。

「いいのか、爺ちゃん、みんな。これもらっちゃって」

「新たな門出の選別じゃ。のう。お前さんら」


 爺ちゃんが呼びかけると、他の三人も頷きを返す。

 爺ちゃんとみんなは、今まで使っていた馬車を俺にくれるというのだ。

 漆黒の馬車を見上げ、グッと拳を握りしめる。

 

「この馬車はあなたがいてこそ。中もそのままにしてあります。宝箱は空っぽにですがね」

「ありがとう! 『持ち歩くよ』」


 シリウスに礼を言い、馬車の壁にペタリと手のひらを当てた。

 その時、ポンと俺の肩を叩く爺ちゃん。


「せっかくだから、引いて行くといいと思うがの」

「わおおおん」


 爺ちゃんがぴゅーと口笛を吹くと、風のような速度で一頭のフェンリルが駆けてくる。

 大型の銀色の狼のような姿をしたこのフェンリルは、いや、フェンリルだけがこの馬車を引くことができるんだ。

 こいつは二代目。先代は現在隠居中である。


「アーチ!」

 

 フェンリルの名を叫ぶと同時に彼が俺の胸に飛び込んできた。

 巨体に押しつぶされそうになった俺だったが、彼は構わず俺の顔をべろんと舐めてくる。


「お前さんが育てていたのじゃ。アーチもお前さんと行きたがっておる」

「こんなにもらっちゃっていいのか」


 何だか泣けてきたぜ。

 フェンリルのアーチの首元を撫でると、彼は気持ちよさそうに目を細める。

 

「じゃあ、みんな行ってくる! 今度会う時は俺の街に招待するから!」


 手を振り、みんなと別れを告げた。

 さあ、行商の旅の始まりだ。

 シリウスから聞いた虹がかかる土地「アガルタ」を探しつつ、のんびりと資金稼ぎをすることにしよう。


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