碑を数えて

 手には地図とシャーペン。

 私はなるべく軽装で、かつ虫刺されには気を付け虫除けスプレーをかけまくって、山道を歩いていた。

 八木さんの邪魔になっては悪いからと反対側に来たし、まずはこちら、東側から調べていかなくては。


「あっつー……」


 木陰の中といえども、その間を縫って降り注ぐ陽射しはとても厳しい。そこまでの重労働にはならなければいいのだが。

 などと考えていると、早速一つ目の碑を発見する。ただの石を明確な違いがあるのかと言われれば答えるのは難しいけれど、何となくこれが道標の碑だというのは分かるのだ。

 神秘性、というのも微妙なところだが、とにかく私は碑とそれ以外を区別することができた。


「ここにマル……と」


 地図は子どもが描いたにしては精緻なものになっているんじゃないかと自負している。問題は自分が立っている位置が地図上でどこなのかというところだが、まあその辺りは大体でいいだろう。

 見た感じ碑の並びに規則性はないようだし。

 三分ほど歩いて、次の碑を見つける。こちら側は数が少ないのかもしれない。

 やはり一番多かったのは鬼封じの池だ。あそこは池の周りをぐるりと碑が囲っていたのだから。

 あの場所だけで五十以上はありそうな気がするな。

 それから二、三分おきに一度のペースで、道標の碑が見つかった。汗を拭き拭き、私はシャーペンで地図に丸を書き入れていく。

 二十分ほど歩いて、計八個の碑を記せたところで、ふいに視界が開けた。木々が生い茂る場所を抜けたようだ。

 山の外れ。気付けばそこは土砂崩れのあった現場付近だった。隣町へ向かう唯一の公道は、やはり今なお土砂に埋まっている。

 せっかくなのでもう一度現場を見ておこうかと、私は段差を飛び降りて道路に移り、崩れた土砂のすぐ側まで近づいてみた。

 双太さんとここへ訪れた一週間前と比べると、ほんの僅かに泥土が雨に流された感じはある。しかしそれは本当に表層だけで、人が通れそうもないというのは変わらなかった。

 この土砂は、すぐに業者を手配して除去させるという話だったが、天候が回復した今でも業者の姿は見当たらない。

 今になっても除去作業が始まっていないのなら、やはり貴獅さんは業者へ依頼をかけていなかったのだろう。

 完全とは言えないまでも、満生台はクローズド・サークルへ変貌している。よっぽどの緊急事態が起きた場合には、無理やりにでもここを越え、隣町まで行かなければならないだろう。


「人工地震、か」


 もしも人為的に地震が起こせるとして、この土砂崩れも意図的に起こせたものなのだろうか。……狙ってここを封鎖するとしたら、むしろもっと過激な方法だって考えられた。

 大きな衝撃が起きれば、それに伴って揺れも生じるだろう。

 爆発物による人為的な土砂崩れ……。


「……まあ、想像でしかないけど」


 見た感じ、起爆装置の破片などもない。理知的な犯人ならば、そんなものすぐに回収しただろうが。

 時間が巻き戻れば、真実なんて簡単に分かるのに。そんな夢みたいなことを、私は何となく考えてしまった。

 きっと、繰り返せたとしてもそう簡単にはいかないだろうに。

 とりあえず、早期の復旧は絶望的とみてよさそうだ。事件を食い止め、このクローズド・サークルがなるべく早く解放されることを祈るしかない。

 私はくるりと身を翻して、再び道標の碑の調査に戻った。

 さっきは山の上部から下りてくるようなルートだったので、戻りは普段観測所へと向かう道、つまり永射邸跡の辺りから続く山道を上っていく。こちら側も毎回、道標の碑が不規則に立っているのは目にしていた。

 黙々と作業を続け、観測所の前まで帰り着く頃には、数えた碑の総数は二十個になっていた。


「よし、こんなもんで一区切りかしらね」


 観測所より東側は、これで調査し尽くしたはず。時間もちょうどいい頃合いだろうし、一度帰ってお昼ご飯でも作るとしよう。

 私は静脈認証で入り口扉を開き、観測所の中へ入った。エアコンをオンにしたまま出たので、室内はとても涼しくて生き返る心地だ。

 時刻は十一時、出発してからぴったり一時間だ。これから昼食を二人分作って、八木さんを待とうか。もし一時を過ぎるまで帰ってこなければ、ご飯できてますと書置きでもして昼の部を始めてもいいかな。

 冷蔵庫から適当に食材を漁り、調理を開始する。素麺があったので、夏場に相応しい冷製の麺料理を作ることにした。

 ……楽だもんね。

 というわけで、三十分ほどでトマトを入れた冷製パスタ風素麺ができあがる。汁は別でかけるようにしたから帰ってくるのが遅くても伸びる心配はない。

 八木さんの分は冷蔵庫に入れておいて、私はお先に料理をいただく。手早く作ったにしては、まあまあの出来かな。

 それにしても、あちらの調査は長引いているようだ。


「もうすぐ十二時かあ……」


 観測所から池までの距離はそう遠くない。だから、きっと色々と調べて発見もあったのだろう。

 事件に繋がることかはさておき、早く報告を聞きたいものだ。

 素麺を啜りながら、ふと八木さんの仕事用デスクを眺めていると、パソコンが点けっぱなしなのに気付いた。地震の観測装置も動いているし、放置したままでもいいような作業をしているのだろうか。

 少し気になったので、綺麗に素麺を完食した私は、お皿を片付けてからデスクの方へ近づいてみた。

 どうやらパソコンでは、何かのデータ解析をしているらしい。プログラムが起動していて、そこにひたすら英語の羅列が表示され続けている。

 観測装置で得たデータをパソコン側のプログラムで検証する、なんてこともあるのかもしれない。とりあえず、残念ながらプログラミング言語もほとんど分からない私には全く理解できないものだった。

 これがたとえば、人工地震という空想科学的なものを証明するデータになるとしたら、凄いけれど。

 さて、お昼ご飯も食べたことだし、涼しい室内が名残惜しくても、そろそろ午後の部を始めなくては。

 私はさっきの荷物をもう一度背負いこんで、観測所を出発した。

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