鬼封じの池
部屋の片付けをある程度終わらせた後、私は昼食の時間までミムーをパラパラと再読していた。
世の中には秘密結社めいたものが幾つか存在するが、ここ日本にも人類の進化のため暗躍する組織があるとかないとか、常識人が見れば胡散臭いと思うこと間違いなしの記事ばかりで、好奇心で見る分にはいいが、やはり一度でお腹いっぱいだなというのが素直な感想だ。
静香はこれを、何度も読み込んでいたのだろうか。
「龍美、ご飯よー」
「はーい」
お母さんの声に返事をして、私はリビングへ向かう。時刻はピッタリ正午。さっさとご飯を食べて出発すれば、五分前には到着出来るな。
いつもの席に座り、元気に手を合わせて料理にありつく。心なしか急いでいるのは両親にばれているようで、
「あんまり危ないところへ行っちゃだめよ、皆丈夫じゃないんだから」
そんな忠告を受けた。秘密基地に行く日がそうだが、出掛ける先を言わない日には、毎度心配されるのである。まあ、親からすれば娘がどこで何をしているかは、いつも心配なものに違いない。ごめんよ、お母さん、お父さん。
昼食を終え、この日も食器の片付けはお母さんに任せて、私は自室に引き返す。そして準備しておいた最低限の荷物を手に、家を出発した。
「行ってきまーす」
「早めに帰って来るのよー」
夏は日没が遅い。それでも五時くらいには帰ってきたいものだ。
玄人も虎牙も、お母さんが言うようにあれでそこまで丈夫じゃあないし。
空を見上げると、天気も下り坂だ。流石に雨が降ってきたら、探索なんて中断して帰らなきゃいけないな。
折り畳み傘はあるけれど、雨に濡れることよりぬかるんだ地面で滑ることの方が危ないのだ。
街を北西の方角へ進んでいき、指定時間の五分前には予定通り森の前に到着する。ひょっとしたら玄人は先に来ているかもと思っていたが、まだのようだ。
これから入っていく森の方を眺めてみる。こちら側からだと、電波塔は見えるが八木さんの観測所は隠れていた。
――今度行くときには、望遠鏡も見せてもらいたいな。
先日の話を思い出しながら、私は心の中で呟いた。
「……お」
振り返ったところで、ちょうど玄人がこちらへ向かってとぼとぼ歩いてくるのが見えた。もう見慣れているだろうに、道標の碑を見つける度に視線を向けながら歩いている。何百個と立っているのだから、それほど珍しくはないのだが。
「やほ、ちゃんと来たわね」
近づいてきた玄人に声を掛けると、彼は軽く会釈しながら、
「ん、どうも。今来たとこ?」
そう訊ねてきたので、私は頷く。
「ええ。虎牙はいつになるかしらねー……」
昨日は十分ほど遅れてきたから、今日もそれくらいは見ておいた方がいいかもしれない。まあ、何だかんだで約束には義理堅い奴だけれど。
ひゅう、と一陣の風が吹く。七月とは言え曇天のせいで結構気温が低い。薄暗い上に肌寒いとは、探索前に恐怖を煽ってくるものだ。
鬼封じの池。まさか侵入しようとしている私たちに、警告を発しているわけではないだろうけど。
虎牙は結局、一時ぴったりにやって来た。頭を掻きながら近づいてきた彼は、
「お前ら早えーな。こちとら時間通りだぞ?」
俺は悪くないぞと言わんばかりに私たちを睨む。別にその一言が無ければ何も文句は言わなかったのだが、少しムッとしたので、
「タイムイズマネーなのよ、時間通りに生きてちゃ大事なものを逃がしちゃうわよ」
と、自分でもよく分からない文句をぶつけた。それに対する虎牙の反応は、
「はあ?」
……まあ、そりゃそうよね。
「よし、三人揃ったし、まずは探索の準備でもしましょうか。秘密基地に大抵のものは置いてあるから、取りに行きましょ」
「分かった。じゃ、行こう」
三人で頷いて、私たちは一路、秘密基地を目指す。
家を出るとき、最低限の物しか持ってこなかったのは、さっき言ったように、秘密基地に大体の物が取り揃えられているからだ。各自が自宅から拝借してきた物ばかりなわけだが、ムーンスパローの製作以外にも役立つ道具は色々とあった。
秘密基地に到着し、玄人がテント内からごそごそと道具を取り出す。懐中電灯や虫除けスプレーなど、今回の探索には必携のアイテムだ。後は手に怪我をする危険があるからと、軍手も引っ張り出してきたのだが、正直私には必要ないものだ。
装着が面倒だし、付けていると何となく気になってしまうのだ。軍手だけでなく手袋全般にそれは言えた。
玄人だって、靴を履くのが面倒だと思うときくらいあるだろう。お互い様だ。
とりあえず、準備を整えたことを確認して、私たちは今度こそ鬼封じの池へと出発した。森にはよく入っている私たちでも、池への道は初めてだ。注意して歩いていかないといけない。
方角は東。ちょうど私たちの秘密基地と、八木さんの観測所の中間あたりに鬼封じの池は存在することになる。どちらからでも行けなくはないのだが、観測所側は道がうねっていることを考えると、まだこちら側の方が早く辿り着けるのだ。
進めば進むほど暗くなっていく道。目の悪い虎牙が、ブツブツと文句を垂れている。
「しっかし、暗いな。足元も見えんぞ」
「あんたは目が悪すぎるのよ。しょうがないわ」
「コノヤロウ」
「あはは……」
正直言えば、玄人だけでなく虎牙のことも心配ではあるけれど、昔彼に言われたことがある。無闇に心配してくれるなと。
だからまあ、こうして暗に気を付けろと言うくらいに留めているわけだ。
不規則に並ぶ道標の碑。それをまさしく道標にして、私たちは森の奥地へ。何十分歩いただろうか、とスマホを取り出そうとしたところで、ふいに視界が開ける。
ようやく目的地のお出ましだ。
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