Fourth Chapter...7/22

オカルト雑誌の記憶

 七月二十二日。今日の天気は生憎の曇天だった。

 鬼封じの池に冒険へ出掛ける大事な日だというのに、神様も意地悪なものだ。

 時計を見ると七時ニ十分。普段よりは少しだけ早く起きられた。私は早速スマホを手に取り、グループチャットに連絡を入れておく。


『おはようゴザイマス! 今日は鬼封じの池を探検するから、ちゃんと一時に森の前へ集合すること。以上、連絡終わり!』


 私が言い出した以上、こういう連絡はキッチリしておかなければ後で自分がモヤモヤしてしまう性質なので、早めに伝えておきたかったのだ。まあ、案の定既読は一つだけ。それからすぐに『了解』というメッセージが玄人から返ってきたので、虎牙はまだ寝ているに違いない。

 ふと、満雀ちゃんはどれくらいの時間に寝起きしているのだろう、と気になった。私たち四人はプライベートや過去の話は結構不干渉でやって来たので、グループチャットに入れない満雀ちゃんの生活サイクルはあまり知らないのだ。篭絡しなきゃって思ってるのにな。

 着替えなどをテキパキと済ませ、リビングで両親と朝食をとる。テレビでやっている全国版のニュース番組をぼんやりと眺めながら、いつかはこの満生台も、何らかのメディアに採り上げられることになるのかなと考えてみたりもした。

 願わくばその内容が、悪いものではないと良いのだけれど。

 ……どうしてだろう。良き方向にと願うほどに、きっと物事は悪くなる。

 そこで私の脳裏に、何故か自分が泣いている光景が一瞬、浮かんで消えた。


「どうしたの? ぼーっとしてるわよ、龍美」

「あ、ううん。何でもないの」


 お母さんに言われて、私は箸を持ったまま呆けていることに気付く。

 いけない、いけない。昨日の夜の感傷が尾を引いているようだ。

 それに、最近疲れが溜まりやすいような感じもある。時折目が充血しているのも乙女としては気になるところだ。

 あまり夜更かしはしないでおこうと毎度思うのだが、寝ながらスマホは中々止められないのである。

 朝食を終え、部屋に戻ったところでグループチャットの更新に気付く。チャットのグループには男二人しかいないが、これがもし仲良しの女友達と繋がっていたりしたら、それこそ夜更かしの原因になるんだろうな。

 発言主は虎牙だ。私が送った早朝のメッセージへの返信だった。


『朝から元気だな』


 全く、コイツときたら。憎まれ口ばっかりで、従順なところなんて少しも見せやしない。

 喧嘩するほど、なんて諺もあるけれど、虎牙はきっとそういうパターンではないだろう。

 そう、絶対にない。


「むう」


 結局返事はせずに、私はスマホを傍らに投げ出してベッドに寝転んだ。時刻は九時。集合の時間は昼一時なので、午前中いっぱいは時間があることになる。

 ちょうどいい機会だからと、私は部屋の掃除でもして暇を潰すことに決めた。

 満生台へ来てからというもの、整理整頓という点でも結構だらしなくなっているのが悲しい。

 読了した小説などがベッドのヘッドボードや机の上に投げ出されていたり、髪留めなどの小さな装飾品もあちこちに放置されたままだ。私はそれらを拾っては元の場所へ戻していく。

 反動と言っても、流石にだらしなくなりすぎなのでは――ふとそんな疑問を抱いたとき、チクリと頭が痛んだ。形容し難いが、まるで古傷に沁みたような……そんな痛み。

 心の中に引っ掛かるものがあるのかと思ったが、いくら考えても理由らしい理由は浮かばない。最近の体調不良のせいで頭痛がしただけだなと、私は結局結論付けた。

 ……それにしても片付けが遅い。私って本当、不器用になったな。


「……ん」


 小説を棚に戻したところで、一冊の雑誌と視線があった。

 オカルト雑誌、月刊ミムー。

 これが、かつての親友に貰った雑誌だ。

 何年も前に刊行されたものだが……やはり見る度、懐かしさがこみ上げてくる。

 

「静香……」


 蛇見静香じゃみしずか。賑やかで窮屈だった都会暮らしで、唯一心を許せたと言える親友。

 他にも沢山友人はできたけれど、何でも話せるのは彼女だけだった。

 空手部で知り合い、少しずつ仲を深めていったあの頃。

 彼女は腕前こそ周りより劣っていたけれど、その代わりに尽きない好奇心と、慕われる優しさがあった。

 思春期の少女がたまにはまることもある、オカルトの世界。静香もまた、多くの少女と同じくそれにはまっていた。

 よくあるタロット占いなどをやってみせたりもして、部員からも結構な信頼を集めていた。

 私と静香が親友になれたのも、そのタロット占いがきっかけだ。

 というより、多分……彼女は見抜いたのだろう。灰色の日々を送る者の気配を。

 私たちは互いに、家庭の事情というやつに縛られていた。

 それが私たちを結びつけるきっかけになったのだ。


「ミムー、かあ」


 彼女が愛してやまなかったオカルト雑誌。

 私は結局、読んでみたらと渡されたこの一冊しか読まなかったけれど……月刊雑誌なら今も刊行されているのだろうか。

 無性に気になったので、私はスマホで検索をかけてみた。月刊ミムーは四十年以上の歴史がある、その界隈では有名な雑誌のはずだ。名前で調べてみれば、すぐにホームページが出てきた。まだ廃刊にはなっていないらしい。

 最新号は、伍横町で発生した例の連続殺人事件について特集が組まれていた。中学生七人が霧夏邸という屋敷に忍び込み、そこで連続殺人が発生した恐ろしい事件。この前テレビでも見たが、最近メディアでの報道は下火になっている。

 生き残った子供たちはただの殺人だと主張しているし、実際に犯人も逮捕されている。けれど、邸内の状況が人間業とは思えないとのことで、オカルトチックな噂が流れているのだ。

 雑誌の表紙には、暗闇の邸内で惨殺された子供たち、というアオリ文が大きく表記されている。この雑誌の記者が果たしてどのようにして事件の内幕を知ることができたかはさておき、中々詳細な内容が記されているようだ。

 真贋は不明だが、このところ世間を賑わせていた事件というだけあって気にはなる。満生台にも宅急便は届くしネットで注文すれば入手はできるのだけど。


「……また気が向いたら買ってみようかな」


 今読んでいる小説が全て終わったら、新しい小説を漁るついでに買うのも悪くはない。とりあえずミムーのことは、心に留めておくことにした。

 静香にもらったミムーは三年前……つまり二〇〇九年の十二月号。それからちょうど一ヶ月後に、あの事故が起きたことになる。

 私がここへ来ることになった事故。

 全てが目の前で喪われ、私の両手の無価値さを呪った日。


「……ふう」


 大丈夫、今の私の両手には、きっと価値があるのだと。

 私は何となく、自分に言い聞かせた。

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