Prologue

途切れ途切れの過去

 ねえ。 

 私は、生き残りたかったわけじゃないの。 

 もしもあのときに、死ぬことができていたら。 

 そう考えるときだって、まだたまにはあるんだ。 


 今でも時折、あのときの光景は悪夢になって私を苛む。 

 その悪夢では、必ず世界は灰色に褪せている。 

 色を無くした世界の中で、私はやはり灰色の雨に打たれて独り、泣き続けていて。 

 何一つ変わることのないまま、目が覚めるのだ。 

 そして、自分が泣いていたことに気付く。 


 あのとき、私は私の無力さを痛感した。 

 あのとき、私は世界の無常さを痛感した。 

 そして混濁する意識の中で、私は私を、世界を呪ったのだ。 

 だから、この身に呪いを受けた。 


 私は十字架を背負っている。いつ下ろせるのか分からない、きっといつまで経っても下ろせない、大きな十字架。 

 その重みを感じながら、今もまだ生き永らえている。 

 もし、みんなが今の私を見たら、どう思うのだろうか。 

 やはり、許せないと憤るのだろうか。 

 きっと、それが怖いから。 

 私は今も、悪夢を見続けるのだろう。 


 両親に連れられて、住むことになった箱庭は。 

 私には似合わないくらい、愛おしさの詰まった世界だった。 

 この世界で生きていきたいと、次第に思うようになって。 

 私は救えなかった過去を、そっとしまっておきたいと思うようになった。 


 ねえ。 

 どうか、許されるのなら。 

 あの日死ぬことが出来なかった私だけれど、ささやかな平穏がほしい。 

 欠け落ちてしまった幸せを埋められる、満ち足りた生を、この箱庭で。 

 ずっとずっと、感じていたいと私は願う――。 

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