First Chapter...7/19

道半ば

 病院へ向かう道の半ばで、私は立ち止まっていた。 

 暑さのせいだったかもしれない。ほんの一瞬だけ、意識がどこかへ飛んでしまっていたみたいだった。 

 七月十九日。いくら夕方とは言え、夏の太陽はまだ高いところにある。焼けるような陽射しが、私の白い肌に降り注いでいた。 


 ――変なことを思い出したな。 


 まだ元気だと思い込んではいるけれど、実際はかなりやられているのかもしれない。まだ時折思い出すことはあったけれど、こんな日中にぼうっとして、昔のことが浮かぶだなんて。途端に憂鬱な気分になってしまった。 

 明るい私で定期健診に行こうと思っていたけれど仕方がない。ちょっと気分が盛り下がってしまったし、こうなれば双太さんには慰め要員になってもらおう。普段は強気な女の子の弱い一面には、どんな男もタジタジでしょう。 

 私――仁科龍美は、そんな適当なことを考えながら、目的地に向けてまた足を動かし始めた。 

 満生台に引っ越してきてから、もう二年になる。この街での暮らしにも、もうすっかり慣れていた。『満ち足りた暮らし』をコンセプトとしているだけあって、食糧面でも技術面でも、街は殆ど不自由なく生活できる水準にあるし、発展のペースも早い。掲げた理想に向けて、猪突猛進に突き進んでいる感じだ。その勢いが災いして、一部の住民からは嫌悪感を示されたりもしているみたいだけど。 

 私のような子どもにとっては、日々何かが新しく変わっていくのは新鮮で、便利で、とても喜ばしいことだ。けれども大人にとっては、そんな風にはいかないのだろう。 

 満生台に住む人の大半が、他所から移住してきた人たちだ。都会に疲れ、田舎でのスローライフに憧れたというのも理由の一つにはあるだろうが、もっと大きな理由がある。それが、今ちょうど眼前に見えてきた建物だ。 

 満生総合医療センター。この街の、唯一つの病院。 

 満ち足りた暮らし、の根幹として健康問題を挙げ、それを打破するために満生総合医療センターは設立された。その立役者は牛牧高成という人だ。病院の院長を勤めている牛牧さんは、たった一人で構想を練り、この場所に病院を作り上げたのだ。真似できない行動力だと思う。 

 そんな牛牧さんの活躍で、年々人口の減少が続いていたこの街も、移住者が増加しすっかり立て直したというような次第だった。 

 永射孝史郎という人が、数年前にどこかから派遣されるような形でやって来て街の行政を担う中で、病院は設備が充実していき、増築もされた。だから、今の病院は四階建てで前面には広い駐車場もあり、都市部の病院だと言ってもおかしくはない規模にまでなっている。相当見上げなければ、近くから全体は見渡せなかった。 

 自動ドアを抜け、ロビーに入る。待合室には三人ほど先客がいた。積極的な定期健診を勧めているこの病院には、いつ来ても二、三人くらいはソファに座っているのだ。健診のペースは、健康な人なら数ヶ月に一回程度、持病があったり何か問題があったりする人なら、もっと期間は短くなる。もちろん、それとは関係なく来院しても構わない。私はだいたい、月に一度といったところだ。 

 受付の女性に保険証と診察券を渡し、番号札をもらって空いているソファへ。まだ人口がそれほど多いわけではないから、最大でも三十番の札までしかもらったことがないけど、いつかはもっと大きい番号の札をもらうことにもなるんだろうな。 

 先に来ていたご老人方が、順番に呼ばれて診察室へ入っていく。診察室自体は二つあるのだが、実際に使われているのは一つきりだ。これも、人口が増えていけば二部屋使われるようになっていくのだと思う。 


「龍美さん、仁科龍美さん」 


 十分くらい待った後、私の名前が呼ばれる。私はお姉さんに向けて明るめの返事をして、診察室の扉を叩いた。 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る