第3話
俺は、今しがた「恋愛すること自体をバカにするのは許さない」と怒りを言葉にして俺にぶつけてきたこの女、四方路由香を前に
―――唖然としていた。
それは、四方路が怒りを顕にしたことに対してではなく、四方路が恋愛するのを楽しむために、その為に少しでも役に立つようにと作られたであろうこの女の『化けの皮』に気付いてしまったが故の驚愕だった。
「ちょっと!何とか言いなさいよ!」
化けの皮を纏っている状態の四方路なら絶対に使わないであろう声のトーンで彼女は俺に向かって叫ぶ。
俺はここで素直に謝るべきだろうということを、合理的にかつ冷静に判断しようとした。
だが、それ以上に俺は、『恋愛を知るのを楽しむ』という考えの自分では絶対に理解できない理由。つまり『恋愛するのを楽しむ』ために努力するその理由が、どうしても気になってしまっていた。
いくら恋愛するのを楽しむためとはいえ、本当の自分を隠して人と接し続けるというのは、生半可な気持ちでは不可能だろう。
俺はその理由を知るために、この状況を1番手っ取り早く解決できる合理的な手段を捨てて、普段の俺なら絶対に言わないであろうことを口走った。
「でも実際そうだろ。恋愛なんてくだらない感情だ」
俺の言葉を聞くと、四方路は先程よりもさらに怒っている表情でこちらを睨んだ。これはもう怒っているというよりキレている。
少しビビってしまっている俺に四方路は口を開く。
「私はね。あなたみたいに、恋をしたこともないような人間が偉そうに恋は良くないものみたいに語ってるのが、この世で1番腹立たしいのよ!」
ものすごい剣幕で迫ってくる四方路。それを見た俺は、そこまで怒る理由にさらに興味が湧いてしまった。
恐らく今まで1度も人前で剥がれたことのないであろう四方路の化けの皮。それが俺の放ったたったの一言で、いとも容易く剥がれ落ちてしまったのだ。
だからこそ興味が湧く。こいつがここまで反応する理由。その根幹にあるこいつの恋愛に対する考え方に。
「俺は何か間違ったことを言ったか?恋愛なんてのは自己中心的で浅ましく、自分の欲を満たすためだけの愚かしい行動だろ」
初対面の人になかなか凄いことを言っているなと思いながらも、四方路に目を向ける。
すると四方路は、意外なことに深呼吸をして自分を落ち着かせていた。さらに怒り狂うかと思っていたのに。彼女の呼吸の動き合わせ、後ろにくっついているポニーテールがフサフサと揺れる。
「思わず取り乱しちゃったわ。ま、この際だからハッキリ言ってしまうけど、これが私の本当の性格よ。あなたは友達少なそうだし大丈夫だとは思うけど、他の人にバラしたりしたら二度と平穏な高校生活は送れなくなると思いなさいよ」
「お、おう。分かったけど急に冷静になるな…」
強気な感じは変わらないが冷静になった四方路が言う。
急激なテンションの変化と本性がバレたら急にズバズバ言ってくることに驚きながら、一応は何とかなったみたいで安心していると。
再び四方路が口を開く。
「それじゃあさっきの話に戻るけど、あんたは恋愛というものについて、ひとつ大きな思い違いをしているわ」
会話の流れ的にもう話は終わりだと思っていた俺は、いきなり核心的な話をされて戸惑いながらも、四方路の言葉に耳を傾けた。
「思い違い…?なんだそれは」
「それはね、あんたが『自己中心的であること』を絶対の悪だと決めつけてしまっているということよ」
「俺が『自己中心的であること』を悪だと決めつけている…?」
「ええ、そうよ」
四方路の言葉を繰り返した俺に、彼女は堂々とした態度で言い放った。
「まぁ、あんたの言いたいことも分かるわ。恋愛にのめり込むと自分のことしか見えなくなるって言いたいわけでしょ?」
「ああ、そういうことになるな」
「でもそれは、必ずしも悪いことではないの」
「どういうことだ…?」
全く理解が追いついていない俺を置き去りに、四方路は確信を持ったような表情で喋り続ける。
「だって考えてみなさいよ。自己中心的ってことは、行動の動機はいつだって『自分』でしょ?」
「そうだな」
「つまり、自分が相手を悲しませたくないと思ったら相手を思いやることもできるし、自分が嫌われたくないと思ったならきっと他者にも優しさを向けることができるのよ」
「な、なるほど…?」
一見めちゃくちゃなことを言っているように聞こえるが、一応話の筋は通っているように感じる。
「それなのに『自己中心的なこと』は悪いことだと決めつけてよく知ろうともしないなんて、それこそ浅はかで愚かだと思わない?」
その時、俺は非常に困惑していた。
その理由は、四方路が思ったよりしっかりした意見を言ったからでも俺がそれに妙に納得してしまったからでもなく
―――俺が、そんな考え方を全くしたことがなかったからだ。
自分が見下していた『恋愛をする側』の奴に、自分にない新しい考え方を教えられるという事実が、俺を大きく混乱させたのだ。
「てっきり、あんたは私と同じタイプだと思ったのに」
困惑している俺に、四方路がそんなことを言ってくる。
「それは、どういう意味だ…?」
「だってあんた、私みたいに色々探ってたじゃない。クラスの人間関係とか」
それは、簡単なことだった。
俺が、四方路が男子を調査していることに気付いた理由は、自分と似た行動をしていたからだ。なら、当然その逆も有り得るというだけの話だ。
それにすぐに納得できた俺は、たった今自分の中にできた考えを、目の前の全く考え方の異なる人間に伝えることを選んだ。
「なあ四方路。聞いてくれるか?」
「なに?」
真っ直ぐこちらを見据える四方路に、俺は言う。
「実は俺はな、『恋愛を見て、聞いて、知って楽しむ』のが好きなんだ」
「……は?」
一瞬訳の分からないといった表情をした四方路たが、すぐに理解したようで再び真面目な視線でこちらを見てくる。
「あんまり驚かないんだな」
「まあ、それならあんたの言動にも合点がいくもの。それで、何が言いたいの?」
「俺は、『恋愛をする側』の奴らなんて、ただの浅ましくて愚かしい醜い人間だと思ってた」
「だいぶ思ってるわね…」
「その考え自体は間違っているとは思わない。でも、『恋愛をする側の人間の考え』まで愚かだと決めつけるのは、それこそ浅はかだと思ったんだ」
「そう。つまり、何が言いたいの?」
言葉の核心を聞いてくる四方路に、俺は勇気をだしてハッキリと言う。
「俺がより深く恋愛を知って楽しむために、俺に『恋愛をする側の考え』を、教えてくれないか…?」
四方路は、驚いた顔でしばらくこちらを見つめた後、悩むように考え込んだ後、やがて口を開いた。
「あなたは、自分が考えうる中で最も素晴らしい恋、『理想の恋』を見たことがある?」
「理想の、恋…?」
「ええ、そうよ」
「いや、ないだろうな」
「でしょうね。でも私はそれを見たことがあるわ」
「何だ?自慢か?」
俺の言葉に心底呆れたようにため息をつく四方路。なんか申し訳なくなってくるからやめて欲しい。
「私はね、『理想の恋』を見たその日から、『理想の恋』をするためだけに努力を重ねて生きているの」
なるほど。つまりこれが、俺の知りたかった四方路が努力する理由、彼女の恋愛観の行き着く最終地点なのだろう。
「単刀直入に言うわ。私は『理想の恋』をするためには、どうしても外部の、自分とは違う考え方の人間の意見が必要だと思っていたの。だからあんた、私に協力しない?」
「協力…?」
どこか不気味な笑みを浮かべる四方路に、恐る恐る尋ねる。
「ええそうよ。あんたは私が『理想の恋』をできるように協力する。その報酬として私は、あんたに『理想の恋』を見せてあげるわ」
そう言って手を前に差し出してくる四方路。
―――なんて。なんて興味を惹かれる話なのだろうか。
『理想の恋』なんてものが、俺の望むものかどうかは分からない。それでも、その話は『恋愛を知りたい』俺にとってはとてつもなく魅力的な話であったのだ。
「分かった。その条件で協力関係を結ぼう」
「そう言ってくれると思ったわ」
そう言って俺は、差し出された四方路の手に自分の手を近づけ、同盟の証の握手をする。
こうして、俺と四方路の、恋愛観の全く違う俺たちの、『理想の恋』を巡る協力関係が始まった。
ゆかしかるレンアイカン 大咲アラタ @masshu428
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