第2話

「飲みもん取りに行くけど、なんか欲しいのある?」

「じゃあ俺コーラ!サンキューツジ!」

「私はメロンソーダお願い!ありがとね瀬場くん」

「俺にもジンジャーエール取ってきてくれーい」

「いやそんなに持てねーわ」


 懇親会としてクラスの数人で集まったファミレスで、既にだいぶ打ち解けたクラスメイト達が賑やかに会話を楽しんでいる。

 俺はそれに時折混ざるような形でクラスの恋愛関係の観察を続けていた。

 やはり懇親会に参加して正解だったな。クラス内の事情が分かってきたぞ。特に、既に付き合っているカップルをいくつか知れたのは思わぬ収穫だった。もう付き合っているカップルなど微塵も興味ないからな。


「ほら光樹。ファンタ取ってきてやったぞ」

「おおサンキュー。でもジンジャーエールがよかったな」

「文句を言うな文句を」


 観察を続けている俺に、ドリンクバーから帰ってきた哲治が声をかけてきた。

 それにしてもやっぱりこいつ凄いな。懇親会始まるなりすぐに全員と仲良くなってたもんな。さすがとしか言いようがない。


「哲治は交友関係で言ったらあの四方路由香にも引けを取らなさそうだな」

「はは、そんなことねーよ。そういう光樹は四方路と話さねーのか?色々恋バナとかありそうだけど?」


 純粋な疑問といった感じで哲治が尋ねてくるので、俺は四方路由香の方へと視線を向ける。

 四方路は今も周りの人と会話をしている。特定の誰かと会話をすると言うより、皆と談笑している感じだ。


「ああいうタイプは…どうなんだろうな。告白とか全部断ってそうじゃないか?」

「ははは、確かにそうかもな!」


 爽やかに笑いながら哲治が言った。

 それを見て俺も言葉を続ける。


「まぁ、後で隙を見て話してみるよ。興味がないわけじゃないしな」


 俺の言葉に哲治がおう、と返したところで俺達の元に1人の女子がやってきた。


「やーやーお二人さん。今日もアツいねぇ」

「まだ春だぞ?」

「今日も津露くんはクールだなあ」


 軽い感じで声をかけてきたのは、去年も同じクラスだった涼呂美優すずろみゆ。誰とでも親しくできるタイプの人間だ。こういう奴に限って恋愛関係の噂とか聞かないからつまらないんだよな。


「なんか津露くんが懇親会とか来たのちょっと意外だったなー」

「そうか?別に普通だろ」

「俺も普通だと思うぜ!めっちゃ普通!」


 おい哲治。その演技っぽいのやめろ。あと普通連呼すんのもなんか虚しくなるからやめろ。


「なーんか怪しいなー。もしかして、狙ってる女の子でもいるのか〜?私に相談してみてもいいんだぞ〜?」

「はぁ。そんなものはないから期待するな」


 恋バナ好きという点では盛り上がれそうだが、俺の恋路に興味があるのならそれはお門違いってもんだ。

 ちょっとトイレとか言いながら逃げるようにその場を去り、トイレへ向かう。


 用を足し出てくると。そこにはちょうどあの、四方路由香が居た。どうやら四方路もトイレから出てきたところのようだった。

 どうしようかと思って立ち尽くしていると、すぐに目が合い、向こうから話しかけてきた。


「あ、同じクラスの。確か…津露くん、だよね?」

「ああ、こんにちは四方路さん」


 俺のような男のことまで知っているとは。さすがあの四方路由香だ。などと思っていると、その四方路が口を開く。


「新クラスだから緊張してたけど、皆いい人達でよかったよ。津露くんはこういう皆でわいわいみたいなの、好きなタイプ?」

「まぁ、嫌いじゃないよ」

「そうなんだ!私、津露くんと話してみたいと思ってたんだよねー」


 容姿も完璧、性格もかなりいいであろう人気女子が自分と話してみたかったと言っている。これだけでかなりの男は心を奪われてしまうかもしれない。

 だが俺は、自分が恋愛したくないという事に加え、この女が今行っていることを理解してしまったので当然そんな気分にはなれない。


「俺の情報収集はしなくていいと思うよ。俺恋愛とか興味ないから」

「え…?」


 焦った様な表情をする四方路。そりゃあ焦るだろう。相手に自分が秘密裏にしていることがバレたんだからな。


「えっと…情報収集ってなんのこと?」

「隠さなくてもいいよ。クラスの男子の中から恋人にできそうな奴とか探してるでしょ」


 そう。この四方路由香は、表面的に言えば俺と同じことをしていたのである。つまりは観察である。四方路の場合は俺と違い、恋愛をするためにそれを行っているようだが。しかし、こんなこと普通の人間が傍から見ただけではもちろん分からない。それこそ同じようなことを日頃からしている人間でないと、分かるはずがないのだ。

 だがこの一言で、俺が他人の恋愛が好きということがバレることもなさそうだからな。相手の無駄な労力を減らしてあげただけだ。


「そっかー。分かっちゃったか。…引いた?」


 心底不安そうな顔で質問してくる四方路。

 自分が秘密裏にしていることが他人にバレるというのはかなりのショックを受けることを知っているので、フォローするために俺は口を開く。


「いや、別に引いてないよ。それに俺が気づいたのはそういう行動に敏感だったからであって、誰にでも分かるものじゃないと思うよ」

「そ、そう?ならよかった…」


 はぁ。自分の行動が他人にバレないように気を使い、バレたら自分の身を案じなければならない。恋愛をする側の人間の行動とは、なんて労力を使うものなのだろうか。


 『これだから恋愛なんてくだらない』


 もちろん、恋愛を『する 』のが、という意味だが。


「今、なんて言った?」


 突然後ろから声が聞こえる。声の主は四方路だ。

 しまった。今の声にでてたのか…。このタイミングでの恋愛くだらない発言は、四方路をバカにしているかのようになってしまうからな。しっかりと誤解を解いておこう。


 そう思い振り返ると、そこには怒りの感情を惜しみなく滲み出している四方路がいた。


「もう1回言ってみなさいよ!」


 声のボリュームは抑えながらも、怒りを込めた声で四方路は言う。

 まずい。ここまで怒るとは思っていなかった。


「ご、ごめん。四方路さんをバカにしたつもりはなかったんだ」

「そうじゃない!」


 四方路は音量は抑えながらも叫ぶように言った。

 待て。なんだこれは。四方路ってこんなにキレる奴だっけ。むしろ四方路が怒ったなんて聞いたこともないぞ。

 困惑している俺をよそに、四方路は言葉を続ける。


「私の行動はいくらでもバカにされたっていい。でも、恋愛すること自体をバカにされるのだけは絶対に許せない!」


 憎悪を口からそのまま吐き出したかのように四方路が言い放ったところで、俺はようやく気づく。

 間違いなくこいつは恋愛を『して楽しむ』側の人間だ。だからこそ気づいてしまった。

 学校1の美少女、完璧な四方路由香は、こいつが恋愛を楽しむために作った、化けの皮であるということに。

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