ゆかしかるレンアイカン

大咲アラタ

第1話

『之を知る者は之を好む者に如かず。之を好む者は之を楽しむ者に如かず』


 こんな言葉がある。要するに楽しんだもん勝ち、みたいな意味だ。

 俺はこの言葉を、全面的に肯定することができない。したくない。

 何故ならこの世には、『知る』という行為そのものを『好み』、『楽しむ』者がいるからだ。

 ―――かく言う俺も、その1人なのだが。


光樹こうきー!ご飯できたよー!」


 朝っぱらからそんなことを考えていると、母から朝食の準備が整ったことを知らされる。


「分かった。今行く」


 母に返事をして自分の部屋から出る。食卓からは香ばしいパンの匂いがする。なかなかに食欲をそそる匂いだ。


「早く食べないと、学校遅れるぞー。今日から新学期でしょ?」

「大丈夫だよ。まだ時間に余裕あるから」


 食卓に着くと、俺より先に席に着いていた姉から心配をされる。何とも間抜けな顔をした姉だ。

 全く、急かされたら美味しいパンも美味しく感じられなくなってしまうだろ。


「光樹も今日から高2かー。色々頑張ってね」


 まだ学校が始まっていない姉が全く興味の無い様子でそんなことを言ってくる。

 これが大学生の余裕ってやつか。


 そんなことを思いながらいつもの様に朝食を食べ、いつもの様に家を出て学校に向かう。


 今日から新学年、新学期とはいっても、特に何か大きく変わるわけではない。いつも通りの毎日が続くだけだ。

 いや、変わるといえば変わるか。新クラスの状況を把握し直さなきゃいけないからな。


「おーっす津露つろっち!ひっさしぶりー!」


 考え事をしながら歩いていると、後ろからバカみたいに明るい声が聞こえてくる。振り返って見ると、そこに居たのは馬鹿だった。間違えた、鹿馬しかばだった。


「元気してたー?てかなんも変わってないねー!」

「朝から声がでかいぞ、鹿馬」


 バカでかい声で話しかけてきたのは、1年の時に同じクラスだった鹿馬優真ゆうまだ。ちなみに2年のクラスは既に発表されていて、こいつとはまた同じクラスになった。なってしまった。


 割と仲は良い方なのだが、必要以上に話しかけてくるのが少し苦手だ。憎めないやつなのは事実なのだが。

 えらく興奮した様子で鹿馬は話し始める。


「てか新しいクラスさ、あの四方路よもじも一緒なのヤバくね?」

「ああ、そんなことも言ってたな。けど俺関わりないから全然知らないんだよなー」

「俺はちょくちょく遊ぶけど、めっちゃ良い奴だぜ!」


 ほほう。さすが学校1の美少女。どうやら性格もいいようだ。

 ―――四方路由香ゆか。それは、俺も含めこの学校に通う生徒なら誰もが知っている、学校1の美少女である。しかも勉強、スポーツにおいても常に1位を獲得していると聞く。つまりスクールカーストのトップに君臨するような存在だ。当然俺の様な奴との関わりはない。


 鹿馬と話しながら噂の新しいクラスへと向かっていると、よく見知った顔を下駄箱で見つけた。


「おっす哲治てつじ。おはよう」

「おお光樹、はよー。優真もおはよーさん」

「ツジちゃんおはよーさん!」


 相変わらずの爽やかイケメンっぷりだ、と思いながら俺が声を掛けたのは、小中高と同じ学校に通っている瀬場せば哲治だ。どちらかというとクラスで目立たない方に属している俺とも、周りの目を気にせず仲良くしてくれるめちゃくちゃ良い奴。ちなみに多くの人から"ツジ"というあだ名で呼ばれている。

 似たようなタイプなのに鹿馬にはあまり良い印象がないのは、きっと哲治の方が長い間友達だからだろう。鹿馬がチャラいからとかではないだろう、きっと。


 3人で新しい教室へ行くと、そこは担任の先生もまだ来ていないというのにものすごい盛り上がりだった。その中心に居たのはやはり噂の女、四方路由香だった。

 皆に囲まれている四方路と、その周りの騒がしい空間が似合いそうな男女集団がわいわいと喋っているのを横目に見ながら、俺は真っ直ぐ自分の席であろう場所に向かった。


 自分の出席番号の席に行くと、そこにはすでに人がいた。しかもそこに居たのは、四方路由香程ではないがそこそこ有名な女子だった。たしか名前は曽刈美穂そかりみほ。巻かれた金髪がギャルっぽい。話したことないしちょっと怖いなあと思いながらも声をかける。


「えっと...曽刈さん、だよね?そこ、俺の席だと思うんだけど...」

「えっ、本当!?ごめん!あれ、じゃあウチの席は...?」

「そ、その辺じゃないかな?」


 そんなの自分で確認してくれと思い少し動揺してしまったが、俺以上に動揺している曽刈さんを見て冷静になり彼女の席があるであろう辺りを指さす。


「そっか。分かったーありがとね」


 そう言いながらふらふらと去っていく曽刈さん。あれは絶対に分かってないな。

 とりあえず自分の席に着き、ふうと一息つきながら、教室の様子を見渡した。そう、俺には早速やらなくてはならない事がある。この教室内の人間関係をできる限り理解することだ。観察だけで可能な限りやっておきたい。

 そう思って周りを見渡していると、同じ部活の奴と話していたであろう哲治が俺の元に来て、楽しそうに話しかけてきた。


「このクラス思ったより全然いい感じだわ。光樹はまた人間関係探ってんのかー?よくやるねぇ毎度毎度」

「まぁな。最初のチェックが肝心なんだよ。ここでありそうなペアをマークしておくんだよ」

「ほんと光樹は他人の恋愛事情にしか興味ないよなー。相変わらずすぎて安心するわ」


 そう、俺が先程から行っている人間関係の観察とは、いわゆるスクールカーストの様なものを観察しているのではない。俺が観察しているのはクラスメイトの恋愛事情なのだ。


「他人の恋愛事情を知るのが好きなんてやつは、少なくともこの学校の中だったら間違いなく俺だけだろうな」

「まぁ、俺は今年も色々協力してやるから安心しろよ」

「いつもサンキューな」

「いいってことよ」


 俺は恋愛が好きだ。だがそれは、自分が介入していない恋愛に限る。昔から恋愛映画、恋愛ドラマ、恋愛小説や恋愛マンガなどが大好きだったが、やはり本物の恋愛は現実に限る。

 とはいえ、俺のような目立たない奴が周りの人間の恋愛事情を知るとなると難しいこともある。だが、そこは人気者の瀬場哲治の協力もあり、俺は他人の恋愛を見て聞いて知って楽しむことができているのだ。本当にこいつには感謝してもしきれないな。

 

 そんなことを考えていたら、不意に馬鹿、間違えた鹿馬が横から声をかけてきた。


「光樹とツジちゃんさ、この後クラスで懇親会みたいなのやるんだけど、来ない?」

「おー、いいな。光樹はどうする?って...聞くまでもないか」


 若干の苦笑いを浮かべながら哲治が確認を取ってくる。

 当たり前だ。懇親会なんてもの、行くに決まっているだろう。懇親会と言ったら新しい恋愛が始まる第1歩だからな。

 楽しみで顔が緩まないように気をつけながら、俺は返事をした。


「ああ、もちろん行くよ」

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