第3話 星空の庭

 2日連続は珍しい。普段なら短くとも3日後だ。

 赤い月を見上げながらまたいつものように館への道を歩く。館の扉を開けば、虹の橋と夜空に輝く星が至るとこにちりばめられた不思議な空間だ。この組み合わせもそうだが、どこかちぐはぐな気もする。そして館は相変わらず不思議だ。いくら非常識とはいえ、空間の体積くらいは保ってもらわないと精神衛生上よろしくないと感じるのだ。

 アーチ状の橋の頂点まで歩くと、眼下に広がるのは本当に不思議な光景だ。円盤状に広がる虹の庭園に7色に狂い咲く薔薇。それに囲まれた東屋あずまや。何十億も価値のあるような鮮やかな輝きをもつ宝石にも匹敵する荘厳さを持つ庭園だった。東屋に入れば、新緑に萌える草原が迎え入れる。そこに伏して待っていたのは、1頭の牛だった。

 「来たかい?連日悪いねぇ。」

 昨日のネズミさんとは違って、自然のあるがままの姿だ。白黒斑点の絵にかいたようなまごうことなき牛だ。でもなぜこんなところに牛なのだろう。本当に不思議だ。

 「こんばんは。ここはきれいな場所ね。来るたびそう思ってた。こんな星空、見たことがなかったもの。」

 「それはこの夢を持つ身としてはうれしいねぇ。この景色はどうあがいても偽物だろうけど、それでも僕はこれに誇りを持っているのでね。素直な感想はありだたい。」

 話せるなら伝えようと思っていた言葉を口にすると、ねるような口調で返してきた。意外に陽気なようだ。

 「ここにはのような面白おかしい手品はないけれど、この草原は気持ちいいよ。ささ、座って話をしようじゃないか。」

 そうして2回目の夢の語らいが始まった。


 「じゃあ早速だ。子から話はあらかた聞いているんだろう?じゃあ説明はいらないよな。」

 そうはじめたウシさんは重そうな見た目にはやはりあわない軽い声で話す。

 「僕はいつもここにいてね、それでも飽きないものだよ。君は星は好きかい?」

 「まぁ、嫌いではないです。」

 「さっきみたいに楽にしてもらってもいいよ。ぼくとしても、君と仲良くなりたいんだ。ここの星たちはね。私が自由に決めたんだ。もちろん、君の記憶にある星空を参考にした部分もあるよ。ほら、北の方を見てごらん。ちょうど君が来たところさ。」

 言われた通り後ろを向くと、そこには全天を回す北極星とその周りをまわる星座がありありと映っていた。

 「……記憶を、のぞけるんですね。」

 まぁ夢なのでそういうこともあるのだろう。夢というのは断片的な記憶のつぎはぎと聞いたことがある。別に不愉快になったわけでもないが、

 「あぁ、すまないね。不愉快だったかな?もちろん夢の使いとして礼儀はわきまえているさ。この話は子はしていないようだね。僕ら夢の使いはね、君の持っている記憶の一部分を見ることができるんだ。それぞれ違う記憶が見えるようになってる。僕は星と空。まぁほかの使いが何を見れるのかは、彼ら彼女らに聞くといい。自分自身の個性みたいなものさ。意図したことではないんだけどね。この姿みたいに。」

 「その姿、あなたたちが十二支の姿をとっているのも、私がそう望んだ、ってことなのよね。」

 「ご明察。……どうしたんだい?」

 「いえ、ただ。――私は何がしたいんだろうって。」

 そういいながら膝を抱えた。北極星を中心に、ゆっくりと、でも目に見てわかる速度で回るプラネタリウムのような星空を眺めつつ、愚痴めいた言葉をため息の代わりについた。

 「私は、普通でいいのに。朝起きて、学校へ行って、夕方戻ってきて、たまに本を読んで、眠って終わり。そんな1日がいいのに。でも、これは私が望んだ夢らしくて、じゃあこの夢を見せている、望んでいる私が本当の私で、望んでいないと思ってる今の私は偽物なの?って。この夢を見てから――いえ、もしかしたらもっと前にも、こんなこと思ってたかも。私が本当に私なのか、わからなかった。」

 「そうだねぇ、それはだれしも経験するようなことだと思うよ。」

 私の愚痴を聞いたウシさんはのっそりと立ち上がり、私のすぐ隣にきた。

 「さぁ、お乗り。」

 「え?」

 「いい景色を見せてあげよう。何、落ちることはない。なにせここは夢なのだから。大船に乗ったつもりで、ささ。」

 「え、えぇ……。」


 急なことに思考が追いつかないが、とりあえずウシさんの背中に乗った。夢だから都合の良いことに、着ている服に引っかかったり、落ちたりということにはならず、無事に跨がれた。

 「じゃあ、行くよ。」

 そういうとウシさんはふわあ、と浮かび上がり、夜空を駆けていく。案外はやくて少し胃が縮んだような気がした。慣性とか空気抵抗というのを感じることなく、加速していき流星群のように周りの景色が後ろに流れ、星の色が青紫にあせていく。

 そうしてしばらくしていると黄色がかった星が目の前にあった。太陽のように光るそれは。よく見ると炎のようなものが湧き出ているのがみえた。

 「これはね、北極星さ。さっきまで見てた。」

 「これが、北極星……。」

 「そう、正確には今の、ね。こぐま座のアルファ星、ポラリスと、人の世では言われている。今からおよそ1万4千年前は、こと座のベガが北極だったのさ。それからも、およそ2千年、3千年をかけて北極星は代替わりをしているんだ。」

 「知らなかった……。どうしてあなたは知っているの?」

 「ははは、それを聞くのは野暮というものだ。夢の不思議、とでも思っておいてくれ。」

 そうはぐらかされるも、私の視線と思考の半分は今も燃え続ける黄色の恒星に奪われていた。

 「人の世で北極というものが指標になったとき、それはこの星ではなく、別の星を指していた。少しずつ動いていたとしても、彼らにとっては夜空のただ1点を指し続ける希望の光だ。あまねく星々にのせられた神々や神具を回し続ける、神々の存在する天の中心。それはさぞや、神々しく見えたのだろうね。」

 であったことはないが、夜の静寂とハーモニーを奏でられる吟遊詩人というのは、こういった声を奏でるのだろう。

 「さて、そんな星もいまではすっかり学校で習う、方角の基準であって、こぐま座の尾っぽの先、という認識でしかなくなってしまった、いまだにあがめ尊敬する人はいるとしてもね。大多数にとってはそうだ。そして、昔信じられていた北極星とは、ちがう存在だ。」

 「人の勝手ね。都合のいいように、そう思っているだけ。本当の姿は……」

 「「この、美しい星。」」

 そう重ねられた声に思わず少し体がこわばった。

 「ふふ、当たったみたいだね。」

 そう嬉しそうにウシさんは続ける。

 「そう、だれが決めたわけでもなく、この星は光り続けている。そういうモノだと決めたのは、人間さ。90年後くらいには、別の星が北極星と言われるようになる。"元"北極星なんて言われるようになるが、そう呼ばれたらこの星は変わるかい?」

 思わず首を振った。それでは伝わらないと思ったのでくちにだそうとした。

 でも言わなくてもそれは通じたらしい。

 「正解だ。何も変わらない。けれどね、逆に考えれば人にとっては変わったということになるのさ。これは今度また考えてみるといい。次の夢で逢うときの宿題にしておこう。」

 「……私、宿題は出た日に終わらせるタイプなの。もう提出してもいいかしら。」

 「いいや、今度来た時に聞かせておくれ。僕はじっくり待つのが好きなのさ。それに君はこの夢は苦手だろう?でも、ほかの使いたちとも話せば好きになるかもしれない。次に来る頃に、そのことも含めておしえてくれないかな。」

 諭されるようなこえで言われ、少し恥ずかしくなった。もう1度、この光景を目に焼き付ける。結局、ここにつれてこられた真意はわからなかったけど、胸の内はすっきりとしていた。

 「そうね。あの庭の花たちももっと見たいから、また来るわ。」

 そう素直になれない返事をすると、

 「いい答えだ。君らしい。さ、もう夜の時間は終わりだ。願わくば、君の明日が、穏やかでありますよう……」

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